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グリセリンからグリコールへの選択的転換

株式会社 同仁化学研究所 村井  雅樹

 近年、地球温暖化防止策として二酸化炭素排出を抑える運動が 盛んに行われている。現代人には必須の道具である自動車が排出 する二酸化炭素排出問題においても常に研究が行われ、燃料電池 自動車や水素自動車の開発が進められている。また、化学産業に おいても、バイオエタノールやバイオディーゼル燃料(BDF)が カーボンニュートラルバイオマスとして期待されている1)。「何 かを生産したり、一連の人為的活動を行った際に排出される二酸 化炭素と吸収される二酸化炭素が同じ量である。」という概念を カーボンニュートラルといい、地球規模での炭素の増大はないた め、二酸化炭素の排出を抑えることができると考えられる。その ため、地球環境にやさしい燃料として今後も生物由来油から作ら れるBDFの使用増加が予想される。

 一方、グリーンケミストリープログラムが、新しい時代の化学 として、日米欧こぞって行動計画の一つに取り上げられている。 グリーンケミストリーとは、「有害物を使わない、出さない。」と いう観点から「環境にやさしい化学合成」「地球環境汚染防止に繋 がる新しい合成法」と解釈することができる。グリーンケミスト リーの方向性である12 ヶ条からすれば、上述したBDFの増大とい う点においては、バイオマス(再生可能な生物由来資源)の利用 が望ましい1)。BDFとは植物油脂や動物油脂などの再生可能な資源 からつくられる軽油代替燃料であり、現在は脂肪酸メチルエステ ルのみが規格化されている。原料となる油脂のエステル交換を行 い、グリセリンを取り除き粘度を下げることでディーゼルエンジ ンに使用できるようにしている。メチルエステル化によって原料 油脂から副産物であるグリセリンが生成されるため、BDFの増大 に伴って余剰のグリセリンが増大される。グリーンケミストリー の観点からもこの余剰なグリセリンをどうやって化学工業原料へ と変換するかの研究がなされている。また、グリセリンをジオー ル類やジヒドロキシアセトン、グリセロリン酸へと変換した原料 は医薬品や化粧品等の原料として使用することも可能であるため、 効率的なグリセリンの変換に関する多くの研究が報告されている。

 今回、触媒を用いた水素化分解によってグリセリンを1,2-プロ パンジオールに変換する方法として、水素化反応条件によって反 応を効率化した報告と、触媒担体としてカーボンナノチューブを 利用した報告の2つを紹介する。

 Satoらは、グリセリンがアルミナに担持された銅触媒上では 常圧の水素圧でヒドロキシアセトン(HA)の脱水反応を経て1,2-プロパンジオール(1,2-PDO) へと変換される(Scheme1)こ とを示した2)


Scheme 1

Scheme 1


 HAはグリセリンから1,2-PDOへの変換反応の中間体であり、 グリセリンのHAと1,2-PDOへの選択性は反応温度に依存する。HAと1,2-PDOへの 変換率は190℃以上の温度で100%に達し、1,2-PDOへの 選択性は190℃で最大に達し、収率は最大値を示 す。一方、HAへの選択性は190℃で最低に達する。つまり、HA の1,2-PDOへの水素化は190℃前後の温度が望ましいことを示す (Fig.1)。


Fig.1

Fig. 1 Changes in catalytic activity of Cu/Al2O3 with reaction temperature for the reaction of glycerol. (a)Conversion of glycerol, (b)selectivity to 1,2-POD, (c)selectivity to HA, (d) selectivity to EG. Reaction conditions: calalyst weight, 2.9 g (2.4 cm3); feed rate of 30 wt% glycerol solution, 1.8 cm3h-1; H2 flow rate, 360 cm3 min-1.
(S. Sato et al., Chem. Lett., 2009, 28(6) ;Ref.No. CY-RT 09- 073


 次に、210℃、常圧条件での水素流速の変化に伴うグリセリン の転換率をFig.2に示す。その結果、1,2-PDOへの転換率は水素 流速が360 cm3/minで一定となり、速いほうが高いことを示す。


Fig.2

Fig. 2 Changes in catalytic activity of Cu/Al2O3 with H2 flow rate at 210℃ . Symbols and reaction conditions are the same as those in Fig.1 .
(S. Sato et al., Chem. Lett., 2009, 28(6) ;Ref.No. CY-RT 09-073)


 カルボニル化合物の水素化反応は発熱反応であるため、グリ セリンの水素化反応において、1,2-PDOへの水素化は熱力学的に 低温が望ましい。温度勾配による選択率の結果をTable1に示す。180-145℃においては93 mol%以上の1,2-PDOの選択性が確認さ れ、最高収率を得ることができる。170-135℃においては未反 応のグリセリンが多く残っていたことからHAへの選択性を示す には温度が低いことが重要であることが示唆された。そのため、 HAの1,2-PDOへの水素化反応は平衡を右にシフトさせるために 190℃以下で行うべきである。


Table 1 Catalytic conversion of glycerol at gradient temperaturea

Table 1

aCatalyst, Cu/Al2O3(N242)8.7g(7.2cm3);H2,360cm3min-1.
Conversion of glycerol, 100%.Other by products are methanol and 1-proanol.
(S. Sato et al., Chem. Lett., 2009, 28(6) ;Ref.No. CY-RT 09-073)


 Satoらの以前の研究でアルミナ担持銅触媒は250℃でHAへの 選択性が90 mol%以上に達したことから、グリセリンのHAへの 脱水反応は250℃の高温が望ましいが、250℃では炭素間結合の 開裂が起こるため、水素気流下での1,2-PDOの選択的生成には190℃の 低温が望ましい。つまり、グリセリンのHAへの脱水とそ の後の1,2-PDOへの水素化は180-145℃の間の温度勾配で効率的 に進行する。グリセリンのHAへの脱水反応を高温で行い、その 後の1,2-PDOへの水素化反応を低温で行う、という2段階操作が1,2-PDOへの 高い選択性を可能とした。

 一方、Wangらは、カーボンナノチューブ担持のRuナノ粒子が グリセリン水溶液のグリコール類(1,2-PODとエチレングリコー ル)の水素化分解において効果的な反応性を示すことを示した3)
 Ru触媒の担体として、カーボンナノチューブの他、活性炭、 酸化チタン、グラファイト、アルミナを用いて比較したところ カーボンナノチューブを用いたものがグリセリン変換率、1,2-PDO選択性 で他の担体より良い結果を示した。さらに、1時 間当たりのRu種1モル当たりの生成物モル数(TOF; Turnover Frequency) と選択性、グリコールの収率はRu粒子の平均径に依 存し、TOFは連続的に衰退する。一方で1,2-PDOの選択性はRu粒子の 平均径の増大に伴って増大する(Fig.3)。つまり、触媒性 能においては、Ru粒子径が選択性に大きな影響をもたらす。


Fig.3

Fig. 3 Dependence of glycerol conversion, selectivity, and yield of glycols on the mean size of Ru particles. (■) yield of glycols (1,2-POD and EG),
(*) TOF, (△) 1,2-POD selectivity, (○) EG selectivity.
(S. Sato et al., Chem. Lett., 2009, 28(6) ;Ref.No. CY-RT 09-073)


 粒子径5 nmのRu粒子がグリコールを生成するグリセリンの水 素化分解においては最適であり、粒子径がこれ以上でも以下でも グリコールの収率は低くなる。つまり、グリコールの変換は本質 的にRuナノ粒子の平均径に依存し、平均径5 nmのRuがグリコー ルの高収率を示す。
 カーボンナノチューブ担持のRu触媒は活性炭やアルミナなど 他の担体に比べて異なる構造を有しており、Ruナノ粒子の構造が グリセリンの1,2-PDOへの水素化には重要であることを示した。

 グリーンケミストリーの観点からもグリセリンは動植物油脂あ るいは簡単な工程によって糖からも得られる再生可能な資源及び 食糧として重要である。近年、グリセリンを価値ある有益な化学 物質へと変換しようとする試みが多くなされており、まだ発展途 上の段階である。この研究に関するさらなる発展に期待したい。

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参考文献

1) P.T. Anastas and, J.C. Warner, Green Chemistry: Theory and Practice 1998.
2) S.Sato, M.Akiyama, K.Inui, and M.Yokota, Chem. Lett., 2009, 560.
3) J.Wang, S.Shen, B.Li, H.Lin, and Y.Yuan, Chem. Lett., 2009, 572.

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