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漢方診療・再発見


2 漢方医学の構造
加島 雅之
熊本赤十字病院 総合内科
  熊本大学大学院医学教育部
  病態解析講座 医学情報医学分野
 


 本稿では、漢方医学の主だった伝統的流派とその中でも「中医学」を中心にその構造を紹介する。なお、ここで使用する「漢方」という用語は、約2000年前に中国で原型が形成され、その後、東アジアを中心に広がった伝統医学の諸体系を指している。

1.漢方医学の主だった伝統的流派

 漢方医学は約2000年の歴史と、東アジアのほぼ全域という広大な地域に広がった医学である。また、過去の業績の現代科学のような厳密な検証や証明の上に成立した学問ではない。そのために複数の流派が存在する。ここでは、現在我が国に存在する主だった伝統的流派の概要を解説する。
 漢方医学は約2000年前の中国に淵源を発する医学であり、当然、日本も中国の医学を受容する形で医学を形成してきた。特に安土桃山時代に同時代である中国の明代中期の医学を日本に体系的に導入した曲直瀬 道三(まなせ どうさん)を始祖とする曲直瀬流医学(下記に述べる古方派の誕生以降、後世派と呼ばれる)が江戸時代中期まで日本の漢方の主流派を占めていた。しかし、江戸時代後期に吉益 東洞(よします とうどう)を中心とする古方派と呼ばれる、それまでの医学理論の一切を否定し、傷寒論(しょうかんろん)・金匱要略(きんきようりゃく)という古典に載った処方を中心に使用する一派が誕生したことで大混乱を来した。以降、個々の医師は程度の差はあれ、自身の中で後世派と古方派の方法論を折衷する医学を形成していくこととなる。時は明治を迎え、政府により漢方の廃止政策がとられ、一旦、江戸時代からの伝統をひく漢方は終焉を迎えることとなったが、明治末より数人の医師の手で復活がはかられ、古方派を中心に復興がなされた。復活後も古方派・後世派の矛盾は存在し続けていたが、昭和初期に漢方の普及を第一目的として、それぞれの流派が齟齬を来さない程度の形での漢方医学の紹介がなされるようになり、現在の日本の漢方医学の原型が形成される。
 一方で中国では中華民国時代に日本の明治政府と同様に政府による漢方廃止政策がなされるが、政治的混乱が続いていたために伝統医学の系譜が途絶えることを免れた。中華人民共和国になるに到り、政府の方針の下、正式な医学として漢方医学の再編散がなされた。
 これを中医学(ちゅういがく)と呼ぶ。日中国交正常化以降、中医学が本格的に日本に流入することとなった。古方派を除く伝統漢方医学はその基本的理論を共有しており、その最もまとまった最大公約数的な内容をもつのは中医学である。以降、断りなく漢方医学という語を用いる場合には古方派を除く伝統漢方医学を指して用いる。

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2.漢方医学の構造

 漢方では「証」といわれる独自の診断概念に従い治療を行う。漢方医学に近似できる中医学の診断治療体系を「弁証論治(べんしょうろんち)」と表現する。一方で、日本の古方派のそれは「方証相対(ほうしょうそうたい)」と表現される。どちらも「証」に基づいて、治療方針や具体的な治療法を選択することを意味するが、方証相対における“証”はある薬剤が有効な症状・症候の組み合わせ、すなわち「症候群」的表現として理解されるのに対して、弁証論治の意味するところの“証”は漢方医学理論に基づいた疾病の状態の説明、つまりは“病態”を意味する。漢方医学の“証”を理解するためには当然、「何によって、どこで何が、どのように異常な状態となっているのか」というcontextを充足しなくてはならない。よって、変化する主体としての身体の構成要素・病態の場としてのfunctional unitsや病因を理解する必要がある。その主だったものを次項以降、紹介したい。

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3.身体の構成要素の概念

 漢方医学では身体の構成要素(総称して“精気”という)を主に気・血・津液の3つの流体に弁別する。「気」とは、生体内のfunctionおよび気体の総称ともいえる概念。具体的な働きとしては、第1に体の物質を動かす作用、第2に適切な場所に物質や組織を留め置く作用、第3に病原に対して闘う作用、第4に物質の代謝を行う作用、第5に組織に熱量を供給する作用の5つとなる。また、病態としては、気が不足した状態である「気虚」、気の流れが停滞した「気滞」に主に2つに分けられる。「血」は物質としては血液と同様のものであるが、想定されている機能は西洋医学のそれとは異なる。血は組織の潤いや円滑な運動を支える存在、過剰な活動を抑える存在として理解される。その病態は血が不足した「血虚」、血の停滞を意味する「血瘀(けつお)」、また血瘀を背景に病的な血が存在する「瘀血(おけつ)」という病態がある。 瘀血は気や血の流通を阻害する。「津液(しんえき)」は体内での血液以外の体液を意味する。その病態は「津液不足」と津液の停滞である「水停内湿」が基本である。また、水停内湿を背景として変性した水分である「痰」がある。ここでいう痰は気道分泌物のみを意味するのではなく、全身の全てに存在し得り、気・血・津液の流通を阻害する。

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4.身体のfunctional unitsとしての五臓六腑

 身体の器官を漢方医学的にみるならば、とりもなおさず精気の流通・生成・代謝・調整を行う組織である。その中でも最も重要な存在は精気の生成・貯蔵・調節を主に行う心・肺・脾・肝・腎の五臓と、精気の流通・代謝を主に行う胃・小腸・大腸・胆・膀胱・三焦(さんしょう)の六腑である。これらの臓器は必ずしも解剖学的な部位のみを意味するのではなく、その作用を担うある組織の一群をさすfunctional unitsとして理解される。それらを統括する存在が五臓であるが西洋医学の同じ名の臓器とはかなり概念が異なる。「心」は血の循環の中枢であるとともに、意識の原動力として位置づけられる。「肺」は呼吸を行うことで気の産生・代謝を行い、同時に全身の気・津液の分配を行う。「脾」は栄養物の消化吸収、全身への運搬を行い、気や津液の局所循環を管理すると同時に血が血管へ漏出するのを防止する。「肝」は気・血のベクトルをコントロールし情緒に強い影響力を持つ。「腎」は津液の代謝を行い尿の生成を行うのみならず、生まれながらの生命の源となる物質である「精」を貯蔵する器官であるため、成長・老化・生殖能力を支配する。

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5.病因

  漢方医学における病因はそれ自身が気の一形態であり、気の運動の異常を来す過度の感情、精気の消耗を来す過労・過度のセックス、精気の停滞を来す運動不足、自然界の気の運動に従わない生活、外傷が想定されている。また、発病因子を「邪」と呼ぶが、外界由来の邪を「外邪」、体内由来の邪を「内邪」と呼ぶ。外邪の代表が風・寒・熱・湿・燥・暑の6つの気候因子である。この中で風が侵襲した場合の症状が「カゼ症候群」の初期症状であり、 これを漢字で「風邪」と書く所以である。内邪には前述の痰・瘀血や腸管での消化不十分な食物の停滞したものである「食積(しょくしゃく)」がある。

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6.まとめ

 漢方医学は独特の理論に基づいた体系に従い病態をとらえて治療を行う。ともすればある種の薬剤が西洋医学的には様々な症状・病態にまたがって有効であり、また西洋医学的には同一の病態に鑑別があることが奇異にとらえられることも多い漢方薬もこうした病態概念の改善を機序としていることを考えれば理解されよう。今後、漢方の理解・研究に際して漢方医学の体系を十分に考慮して行うことは、新たな着想・発展に資するものと考える。


筆者紹介
加島 雅之(かしま まさゆき) 写真
氏名 加島 雅之(かしま まさゆき) 
所属 熊本赤十字病院 総合内科
熊本大学大学院医学教育部 病態解析講座 医療情報医学分野
略歴
2002年 国立宮崎医科大学医学部(現:国立宮崎大学医学部医学科)卒業
2002年 熊本大学医学部総合診療部入局
2002年 熊本大学医学部第2内科(血液・膠原病内科)勤務
熊本赤十字病院勤務
2003年 国立熊本病院(現:国立熊本医療センター)勤務
2004年 沖縄県立中部病院 総合内科国内留学
熊本赤十字病院 救急部勤務
2005年 熊本赤十字病院 内科勤務〜
2006年 亀田総合病院感染症科短期留学
2007年 熊本大学大学院 社会人大学院入学(医療情報医学)
日本東洋医学会熊本県部会 幹事 2007年度〜
熊本県東方医学研修会 理事 2008年度〜
日本中医交流協会 理事 2008年度〜
第15回国際東洋医学会 プログラム委員
研究テーマ 救急疾患・難治性疾患における漢方医学の包括的応用
漢方医学の普遍的法則性の発見と実践応用できるシステムの開発


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