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チオールバイオイメージングに特化した新規蛍光プローブ

株式会社同仁化学研究所 藤野 怜香

 古くからチオールは生命科学分野において盛んに研究されてきた。グルタチオン、システイン、ホモシステインなどに代表される生体チオールは、生体酸化還元ホメオスタシスを維持し、代謝をつかさどる重要物質のひとつである。例えば、グルタチオンは酸化ストレスと密接に関係していることがわかっており、ホモシステインなどの特定チオールは多くの疾患に関連していることが報告されている。

 これらチオール研究に欠かせないのが光学的検出法である。チオールプローブとしてよく知られているDTNB(エルマンズ試薬)は、紫外-可視吸収スペクトルでチオールの検出・定量を可能にする(Fig. 1)。その他、求電子基を有することでチオール選択性を持たせた多くの色素が存在しているが、それらはon/offシグナル比が低く、また、洗浄・単離を必要とするため迅速な定量は難しいという欠点がある。

 現在、チオール検出色素は蛍光turn-onプローブが開発されたことにより目覚しい進歩を遂げている。これらの色素は、チオールとの反応により分子内のPET効果(Photoinduced Electron Transfer Effect)が遮断され、元々消光分子であった物質が蛍光分子に変換されることで蛍光を発するようになる。しかし、これらの多くは水溶性が低いために共溶媒として有機溶媒の使用を余儀なくされる。また、チオール以外の求核攻撃や加水分解を受けやすく、副反応による感度・選択性の低下が認められる。

 最近、これら欠点を克服し、赤色発光するチオールプローブがBouffardらによって報告されたので1)、ここに紹介する。現在一般的に用いられている蛍光プローブは、紫外-緑色励起で発光するものがほとんどであるが、長波長プローブは光散乱を抑え、光透過性を増し、自家蛍光を減らし、細胞の光安定性を増大させることから、バイオイメージングに最適なプローブであると言える。

Fig.1

Fig. 1 Reaction of DTNB with Thiol


 チオール高選択性を兼ね備えたプローブはドナー-アクセプター型の骨格で構成されている。電子吸引性のスルホニル基はチオールと反応して脱離し、吸収・発光スペクトルで大きく長波長シフトした色素を生成する(Fig. 2)。

 電子吸引基は今までアレーンスルホナートを用いるのが主流であったが、アレーンスルホンアミドに変換したことで、酸素・窒素の求核攻撃に対して耐性が増し、同時にチオール選択性も向上している。また、エチレングリコール鎖の効果で高い水溶性も備わっている。

 プローブのチオール選択性は非常に高く、系中にチオールが共存するときのみしか蛍光反応を示さない。さらに蛍光シグナルはブランクと比較して60-120倍強度を増すことが確認されている。またブランクの上昇は、アミン類、活性酸素種、還元剤が存在しても観測されることはない。加えて、加水分解に対する耐性も非常に高いことがわかっている。

 水溶液中では、プローブは極大吸収波長405 nmで、蛍光を発生しない(λex = 560 nm, ΦF = 0.0008)。これは、スルホンアミド保護された状態では電荷移動の性質がなく、電子吸引基に効果的なドナー励起PET効果があることに起因している。脱保護により生成する色素は極大吸収波長563 nmと赤色域に長波長シフトすることから、push-pull型の発色団に効果的に非局在化が起こっていることがわかる。

 色素の蛍光量子収量は0.01(λex = 623 nm)と元々はほんのわずかである。しかし、蛍光量子収量は培地に依存して変化が見られる。生体高分子存在下では、細胞表面での相互作用または吸着作用により、色素の蛍光量子収量は大きく増加する。一方、プローブは発光しないままである。この培地依存性はバイオイメージングにおいて大変都合がよい。

 生細胞内チオールモニタリングでは、プローブは細胞透過性を示し、蛍光顕微鏡で強い蛍光が見られる。遊離のチオールがない細胞では蛍光シグナルはまったく観測されていない。このことは、生細胞における他の検体においてもプローブのチオール選択性が保持されることを意味する。

Fig.2

Fig. 2 Formation of Fluorochrome from Thiol Probe


 以上のように、プローブは高いon/off比を持つチオール選択的turn-on蛍光プローブである。従来のチオールプローブの欠点をなくし、生体高分子の存在下でプローブとしてのより良い効果を発揮することから、今後in vivoでの小動物イメージングへの応用が期待される。また、この合成法を利用することで、スルホニル基、側鎖、π-共役ブリッジ、電子受容体それぞれのコンポーネントを多様に組み合わせることが可能になる。近赤外発光チオールプローブや、その他さまざまな新規プローブの合成への応用も期待される。


参考文献

1) J. Bouffard, Y. Kim, T. M. Swager, R. Weissleder, S. A. Hilderbrand, Org. Lett., 2008, 10 (1), 37-40.

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