DOJIN NEWS
 トップページ > 簡単でエコな定性分析
topic

簡単でエコな定性分析

株式会社同仁化学研究所 上薗 貴広

 ある特定の化合物の検出や化学反応の進行を、目視による色の変化だけで確認することは出来ないのであろうか。

 比色指示薬による定性分析は、今もなお、盛んな方法である。この方法では、どのようにターゲット分子と指示薬とを相互作用させるかをまず考えなければならない。近年では、溶液中の水素結合を利用したアニオン分子の定性分析1,2)やオルガノゲルでの非共有結合(水素結合、πスタッキング、van der Waals力)を利用した定性分析3)が報告されている。

 最近、固相の電荷移動錯体形成(Charge-transfer Complexation)に基づく超分子比色指示薬により、様々な芳香族化合物や芳香族異性体の定性分析が報告されたので紹介する4)

 固相では、含まれる分子の立体構造が規則的で特異な反応場になるため、分子間相互作用や規則的配列を利用した化学反応、不斉反応、立体規則性反応、包接結晶形成に基づく分子認識と反応場の提供、機能材料の開発など、幅広く研究されている。また、無溶媒系であることから、環境問題に関心の高い現代に合致しているグリーンケミストリーである。

 Darshakらは、アクセプター分子であるナフタレンジイミド(NDI)誘導体と様々な芳香族化合物を1:1のモル比で共粉砕し、1分以内に目視による色の変化を確認、更に30分後にはより鮮やかな色の変化を観察している(Fig. 1)。NDIは微黄色であるが、NDIと芳香族類1-5が電荷移動錯体形成した1 NDIは橙黄色、2 NDIは黄色、3 NDIは灰緑色、4 NDIは暗黄色、5 NDIは橙色に変色している (Fig. 2(a))。共粉砕後の可視吸収スペクトルの極大吸収強度はより大きくなっており、これは電荷移動錯体形成によるp電子軌道相互作用を示唆している(Fig. 2(b))。共粉砕により目視で識別できる検出下限量は1.0 mg(約6.25 nmol)である。NDIと5を共粉砕したものと、溶液から共結晶化したもののX線粉末回折パターンは同じであることから、両者は同じ結晶構造であると考えられる。また、共結晶化した5 NDIの結晶構造は、NDIと5の分子面が接近しており、分子面間の距離は3.316〜3.390Åであることから、電荷移動錯体を形成していることが分かっている。

Fig.1

Fig. 1 NDI誘導体と芳香族類の構造


Fig.2(a)
Fig. 2(a)

NDI誘導体とポリ芳香族類1-5の共粉砕粉末
(Darshak R,et al., Chem.Lett., 2008, 550. Ref.No.CY-RT08-065)


Fig.2(b)
Fig. 2(b)

1NDI-5NDIの固相吸収スペクトル
(Darshak R,et al., Chem.Lett., 2008, 550. Ref.No.CY-RT08-065)


 更に、ドナー分子として2-置換ナフタレン類を用いた場合、ドナー性が強い分子ほど電荷移動吸収帯が長波長側へシフトし、Hammett則と極大吸収波長の相関性が得られていることから、固相の電荷移動錯体形成は、置換基の誘起効果に左右されることが示唆される。

 本手法では溶液中で色の変化のない芳香族化合物類でも色の変化が見られており、芳香族化合物の位置異性体の判別にも応用されている。また興味深いことに、室温で液体であるomp-クレゾールもそれぞれ異なる色の変化が見られている。

 更に、内分泌攪乱化学物質で難分解性の芳香族化合物であるビスフェノールA(6)、4-ノニルフェノール(7)、1,5-ジアミノナフタレン(8)、ジベンゾフラン(9)も検出が可能である。

 この手法は、電荷移動錯体以外の相互作用を利用したり、異なったアクセプター分子と組み合わせることで、2次元アレイ5,6)に適用でき、より複雑な芳香族化合物や有機化合物の異性体の正確な定性が可能である。今後は、麻薬やさらに高い毒性の環境汚染物質の検出への応用が可能と期待される。


参考文献

1) Jong Hwa Jung, Soo Jin Lee, Jong Seung Kim, Woo Song Lee, Yoshiteru Sakata and Takahiro Kaneda, Org.Lett., 2006, 8, 3009.

2) Yu-Ping Tseng, Guan-Min Tu, Chia-Hung Lin, Chi-Tong Chang, Chi-Yung Lin, and Yao-Pin Yen, Org.Biomol.Chem., 2007, 5, 3592.

3) Pritam Mukhopadhyay, Yuya Iwashita, Michihiro Shirakawa, Shin-ichiro Kawano, Norifumi Fujita, and Seiji Shinkai, Angew.Chem.,Int.Ed., 2006, 45, 1592.

4) Darshak R. Trivedi, Yuzo Fujiki, Yuta Goto, Norifumi Fujita, Seiji Shinkai and Kazuki Sada, Chem.Lett., 2008, 550.

5) Neal A. Rakow, Avijit Sen, Michael C. Janzen, Jennifer B. Ponder, and Kenneth S. Suslick, Angew.Chem.,Int.Ed., 2005, 44, 4528.

6) Neal A. Rakow, Kenneth S. Suslick, Nature, 2000, 406, 710.

▲ページのトップへ

Copyright(c) 1996-2008 DOJINDO LABORATORIES,ALL Rights Reserved.