エイズから見た感染症研究の最前線その3 ウイルスのレセプターへの吸着と感染の機構multiple-site binding 熊本大学大学院医学薬学研究部感染防御学分野 原田信志 |
ウイルスは細胞への感染なしには増殖できない。ウイルスが細胞へ感染するためには、まず、ウイルス表面の蛋白リガンドの細胞表面に存在するレセプターへの附着が必要である。この現象を「吸着」と呼んでいる。ウイルス学的には、その後、ウイルスコアの細胞への「侵入」と「脱殻」という過程を経て初期の感染が進行する。ウイルスにもいろいろな種類があり、いろいろな分類法が使われるが、そのひとつにエンベロープを持つものと持たないウイルスに大別する方法がある。エンベロープを持たないポリオウイルスは、吸着後、単なるtranslocationで侵入・脱殻が行われると思われる。エンベロープを持つインフルエンザウイルスではendocytosis、エイズのウイルスであるHIV-1ではdirect fusionで感染が成立すると言われる。しかし、それらの詳細な吸着後の機序にはまだ分からない点が多い。
個々のウイルスでレセプターの同定は盛んに行われる。インフルエンザウイルスのsialic acid、HIV-1のCD4とケモカインレセプター(CXCR4かCCR5)などである。これらのレセプターの同定は、ウイルスの感染をその最初のステップで抑えるという意味で、抗ウイルス剤開発の有効な手段となりえる。しかしながら、ウイルス特有の酵素を阻害する他の抗ウイルス剤やワクチンにも共通していることだが、このようなウイルス感染症治療薬の最大の欠点は、極めて狭いウイルス株にしか有効でないことである(そのためウイルス感染症の治療では、もし有効な抗ウイルス剤があれば、どのウイルスに感染しているかの診断が極めて重要にな る)。もうひとつの大きな問題点は、ウイルスの変異による耐性株が1、2、3)、ほとんどのウイルスで簡単に出現することである。
これらの問題点を克服することは、ウイルス感染症で可能であろうか?広範囲のウイルスに効く抗ウイルス剤;どんなウイルスの変異にも対応できる抗ウイルス剤の開発の可能性は?それらの可能な方策は、多くのウイルスの感染成立に共通して重要な役割を担っている宿主細胞側の因子をつきとめることである。そして、その因子を抑制することで、可能であれば、それらの感染を制御することであろう。
エンベロープを持つウイルスでは、endocytosisかdirect fusionでウイルスは細胞内へ侵入する。この時、エンベロープと細胞膜との融合fusionが起こることは、両者に共通している。この過程はrabies4)、baculovirus5)、influenza virus6)、Semliki Forest virus7)などでかなり詳細に報告されている。エンベロープに存在する三量体のウイルス糖蛋白スパイクと細胞膜上のレセプター分子が結合し、その結合物が複数集合(multiple-site binding)することによりfusion poreを形成するためとされている。HIV-1でもこのような過程が感染成立に要求されるのか、fusion pore形成に必要な要素は何か、この要素を阻害することによりHIV-1の感染を抑制できるか、など調べた。
HIV-1の感染効率はウイルス1個当たりのgp120の量が多いか、あるいは細胞表面のウイルスレセプターの発現量が多いと上昇する。また、CD4とCXCR4のcolocalizationが起こると、CD4とCXCR4をレセプターとするX4タイプのHIV-1の感染価が増強する8)。これらの現象は1分子のgp120(実際は三量体)と1セットのレセプターとの結合が感染成立に充分であると仮定すると、説明できない。またsCD4を利用したHIV-1感染抑制のデータからも、HIV-1は複数のgp120とレセプターの結合complex、つまりmultiple-site bindingが必要であると報告されてい9)。このmultiple-site bindingはウイルスエンベロープと細胞膜(両者とも脂質二重膜)の流動性に依存して形成されると考えられている。膜流動性は温度依存的であると考えられるが、HIV-1の吸着を25、37、40
で行うと、感染価は吸着時の温度に依存して増加する。
細胞膜とエンベロープの流動性を5-doxyl stearic acidを用いた電子スピン共鳴法(ESR)で測定した(図1)。細胞膜の流動性order parameterは0.582〜0.598であった。一方、ウイルスエンベロープのorder parameterは0.685〜0.738で、細胞膜より流動性の低い硬い膜であった。
ウイルスのエンベロープでは細胞膜よりコレステロールの含量が高く、このことが膜の流動性を低くしていると考えられた。また、HIV-1はコレステロール含量の高い膜部分raftから選択的に出芽していることを示している。細胞膜およびエンベロープの流動性は温度依存的であり、低温では低く、高温では高かった。ESRを用いることにより、正確に生細胞の膜とウイルス粒子エンベロープの流動性を測定できた。
細胞膜の流動性に影響をあたえる因子であるキシロカイン、d-α-phosphatidylcholine dipalmitoyl (DPPC)などを作用させ、細胞膜とHIV-1感染性との関連を求めた。細胞膜の流動性が亢進すると、対数的に感染性は増加した。流動性が5%増加すると感染価は2.4倍、5%低下するとHIV-1感染は56%抑制された(図2)。
このように細胞膜あるいはエンベロープの僅かな流動性の変化は、HIV-1の感染成立に大きく反映されることがわかった。細胞膜流動性を抑制する物質は、少なくともHIV-1の感染を阻害するものとして使えることも示唆されている。
細胞に室温でHIV-1を吸着させ洗浄後、40
あるいはキシロカイン(37
)で1時間処理すると、感染価の増加が認められる。この吸着後感染増強は、高温あるいはキシロカイン処理時にCXCR4のアンタゴニストであるT140を加えると完全に抑制される10)。このことは、高温やキシロカインによる膜流動性の亢進が、室温下で細胞にゆるやかに吸着したウイルスのエンベロープの流動性をも亢進させ、multiple-site bindingを促進させたと思われる。また、T140で感染増強が阻止されることから、multiple-site bindingが起こっていると考えた。
室温、37
、40
で吸着し感染可能なウイルスは、ある特定のウイルス群が選択されているのか、あるいは偶然の確率で感染価が増加していくのか検討した。ウイルスを中和抗体あるいは細胞をT140で処理し、その後、室温、37
、40
で吸着を行い、それぞれのウイルスの抗体やT140に対する感受性が同じか、異なるかでgp120の不均一性が証明できるか試みた11)。室温吸着で感染可能なウイルスは、中和抗体やT140に対して感受性が低かった。このことは、通常のウイルスサンプルは必ずしも均一ではなく、吸着時の温度の条件である一定の性質を持ったグループが選択されると考えられた。つまり、低温吸着の条件では膜流動性が低く、感染に充分なmultiple-site bindingを形成するためには、ウイルスが多くのgp120あるいは多くのfunctional gp120を持っている方が感染成立のためには有利である。このような多くのgp120を持ったHIV-1は、また、中和抗体やT140に耐性である。
また、X4株のウイルスにルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだNL43-lucとR5株であるJR-FL-lucでは、JR-FL-lucが80倍も感染性が高い。しかも、JR-FL-lucではgp120/p24がNL43-lucより高く、多くのgp120がJR-FL-lucでは存在していると考えられる。このようなJR-FL-lucはNL43-lucより、その感染性が温度非依存的であった。これらのデータはmultiple-site bindingが感染に重要であり、それを左右する因子として膜の流動性とウイルスのgp120の量が考えられた(図3)。
Fusion poreの形成にmultiple-site bindingが必要だという概念は、ほとんどのエンベロープを有するウイルスに適用できると思われる。そうであれば、細胞膜あるいはエンベロープの流動性を制御して、エンベロープを有する多くのウイルスの感染をコントロールすることが可能であろう。コレステロールの脂質二重膜内での存在は膜の流動性をliquid ordered、つまり低下させることが良く知られている。コレステロールそのものは、直接ウイルスに作用させても感染性に影響を与えないという報告もあるが、コレステロール類似の構造を持った分子で、多くのエンベロープウイルスに抗ウイルス作用を持つものをスクリーニングして、その作用機序を解明すべきであろう。
参考文献
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11) Harada, S., K. Yusa, and Y. Maeda. 2004. Heterogeneity of envelope molecules shown by different sensitivities to anti-V3neutralizing antibody and CXCR4 antagonist regulates the formation of multiple-site binding of HIV-1. Microbiol. Immunol. 48: 357-365.
| 著者紹介 |
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| 氏名:原田信志 所属:熊本大学大学院医学薬学研究部 感染防御 住所:熊本市本荘1-1-1 |