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亜鉛二核錯体複合体を用いた細菌のイメージング 

株式会社同仁化学研究所 江副 公俊

  細菌のイメージング技術の発展は、健康・環境分野における応用として非常に期待されている。わずかな病原性細菌を高感度に検出する必要がある食品や飲料水などの食品分野がその代表的な例である。また、細胞に感染している細菌を選択的に認識・検出することができれば、免疫システムの解析や抗菌剤候補を選定する場合などにおいて、非常に有効な手法となる。
  最近Smithらが、ある近赤外蛍光プローブを用いin vivoイメージングが可能であるという研究の成果を報告した1)。ここにその手法を、バックグラウンドを交えながらご紹介する。

  当初、Smithらはリン酸と高い結合性を有する亜鉛二核錯体に注目した。
  彼らは、アントラセン蛍光色素との複合体(プローブ1)(Fig.1)を用い、Jurkat細胞において、正常な細胞と対比してアポトーシス状態である細胞のみを選択的に認識できることを発見した2)
  アポトーシス初期段階では細胞表面層にホスファチジルセリン(PS)が露出してくる。このため、アポトーシスを識別する上で、この細胞表面層のアニオン電荷を持つPSは格好の目印となる。PSは陰イオン性であるため、亜鉛二核錯体(陽イオン性)を認識素子としてもつ(プローブ1)と高い結合を示す(Fig.2)。

  この陰イオン認識性という亜鉛二核錯体の特徴に着目したSmithらは、細胞膜にホスファチジルグリセロールなどのリン脂質があることで膜表面がマイナス帯電している細菌の認識も可能ではないかと考えた。そこで、アントラセン基に変え、蛍光団としてダンシル基を有する新たな蛍光プローブ2(Fig.3, λex =355 nm λem =560 nm)を作成した。

  Smith らはこのプローブ2を使って、ヒトの唾液を検体とし、蛍光イメージング実験を行った。その結果、動物細胞が共存している中から、選択的にE.coli , P.aeruginosa(グラム陰性菌)や S.aureus(グラム陽性菌)だけを認識し蛍光検出することに成功した3)

  これらin vitroでの結果を基に、Smith らは次なるステップとしてin vivoイメージングを試みた1)。ここで用いたものが、近赤外蛍光プローブと亜鉛二核錯体との複合体(プローブ3)(Fig.4, λmax abs: 794 nm, λem =810 nm) である。

  彼らはヌードマウスを用いて実験を行った。先ず、ヌードマウス大腿筋に細菌を感染させる。その後、直ちに、静脈注射により近赤外蛍光プローブ3を投与する。プローブは血流によって、細菌感染した大腿部にまで運ばれ、陰イオン性の細菌膜表面を認識し選択的に結合する。こうしてプローブが徐々に患部(投与した大腿部)に集積され、18時間後には最も強い蛍光が観察された(Fig.5)。
  亜鉛二核錯体がリン酸に対して選択的な標識能力を持つということを利用すれば、高感度検出やイメージングといった分野など幅広い応用が可能になるのではないかと考える。更なる研究が重ねられると共に、興味深い成果が得られることに期待したい。

参考文献

1)W.Matthew Leevy, Seth T. Gammon, Hua Jiang, James R. Johnson, Dustin J. Maxwell, Erin N. Jackson, Manuel MarqueZ,David Piwnica-Worms, and Bradley D. Smith,J. Am. Chem. Soc., , 2006, 128,16476-16477.

2)C.Lakshmi, Roger G. Hanshaw and Bradley D. Smith, Tetrahedron,2004, 60, 11307-11315.

3)W.Matthew Leevy, James R. Johnson, C. Lakshmi, Joshua Morris, Manuel Marquez and Bradley D. Smith, Chem.Commun,, 2006, 1595-1597.