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高性能FlAsH誘導体

株式会社 同仁化学研究所 岩永 竜弥

 現在、細胞を生きたままその機能を調べるという目的で、細胞内の特定の分子と特異的に結合する、さまざまな分子や技術が開発されている。

 特に、タンパク質標識技術として近年広く用いられてきているGFP(Green Fluorescent Protein)のような、さまざまな可視蛍光タンパク質(VFPs; Visible Fluorescent Proteins)は、遺伝子組み換え技術により蛍光化したタンパク質を発現させ、解析する手法の1つである。しかし、このような標識プローブとしてのVFPsは分子量が大きく、細胞内での立体障害で挙動が変化してしまう可能性がある。  新しい蛍光標識技術の開発に関する研究の中でFlAsHを用いた手法は、VFPsに比べて分子量が小さいため、タンパク質の構造への影響が少なくなるという利点がある。  Tsienらの開発したタンパク質標識試薬であるFlAsH-EDT2は、無蛍光性で膜浸透性を持ち、ターゲットとなるtetracystein motif (Cys-Cys-Xaa-Xaa-Cys-Cys, Xaaはcystein以外のアミノ酸)を正確に認識して、強い蛍光を発する安定な錯体を形成することが知られている1)。また、VFPsに比べて小さく、立体化学的な妨害が減少するため、パルスチェースを使った実験手法やCALIを使った実験手法が報告されている2)

   今回紹介するのは、Spagnuoloらによって開発されたフッ素基を導入したF2FlAsHとF4FlAsHである3)。 彼らは、モデルターゲットとしてペプチドシーケンス(FLNCCPGCCMEP, P12)との複合体、F2FlAsH-P12およびF4FlAsH-P12を合成し、その性能を評価した。 F2FlAsH-P12はFlAsH-P12に比べ、4倍の蛍光強度を示し、7nm大きなストークスシフトを持つ。
 また、水銀ランプによる光照射(490〜560nm, 70mW/cm2, 120min.)による光退色の評価では、F2FlAsH-P12はFlAsH-P12に比べて50倍の光安定性を有していた。  FlAsH-P12、F2FlAsH-P12、F4FlAsH-P12をリン酸バッファーに溶解して、pHを7.8から5.6に変化させると、FlAsH-P12の吸収は50%減少したのに対して、F2FlAsH-P12、F4FlAsH-P12は16%の減少しかなく、pH依存性が低いことを示した。  F2FlAsH-P12(λex=500nm,λem=522nm)の蛍光スペクトルとF4FlAsH-P12(λex=528nm,λem=544nm)の吸収スペクトルは大きく重なる部分があるため、蛍光エネルギー共鳴転移(FRET; Fluorescence Resonance Energy Transfer)を起こすのに有利なJ値を持つ。さらにF2FlAsH-P12(ドナー)とF4FlAsH-P12(アクセプター)の結合によるRo値は、54Åであり、FRETが作用する範囲が大きいことを示した。これは様々に開発されている他の二砒素化合物群のFRETドナーとアクセプターにも新しい可能性を示した。

 このように、SpagnuoloらはFlAsHにフッ素を導入することにより、より高感度で光安定性の高いタンパク質標識試薬を得ることに成功した。今後、この成果はタンパク質の構造変化や分子相互作用の動態研究に応用される、非常に魅力的な技術であると期待される。

参考文献

1) B. Albert Griffin, Stephen R. Adams, Roger Y. Tsien, Science, 1998, 281, 269-272.

2) Oded Tour, Rene M Meijer, David A Zacharias, Stephen R Adams, Roger Y. Tsien, Nat. Biotechnol., 2003, 21, 1505-1508.

3) Carla C. Spagnuolo, Rudolf J. Vermeij, Elizabeth A. Jares-Erijman, J. Am. Chem. Soc., 2006, 12040-12041.