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隅田 泰生 (Yasuo Suda) 鹿児島大学大学院理工学研究科 ナノ構造先端材料工学専攻 |
[Summary]
Heparin, used clinically as an anticoagulant, is a highly sulfated natural polysaccharide and is composed of various distinct partial structures. Recently, heparin has drawn more attention, since it possesses regulatory functions for cell proliferation, through the direct binding interaction with growth factors. We have studied heparin-platelet and heparin-von Willbrand factor interactions using a synthetic approach with structurally defined heparin partial structures. Through this work, we found that the assembly of the structurally defined oligosaccharides was needed to mimic nature, and we also lacked sufficient mass of oligosaccharides to study their function at the molecular level. To resolve both issues, we have developed a novel, molecular level technology ミ the oligosaccharide-immobilized chip (named Sugar Chip). This permits real-time and high-throughput analysis of oligosaccharide-protein interactions without any labeling of the targeted protein, using these Sugar Chips and the surface plasmon resonance (SPR) apparatus.
キーワード:ヘパリン、構造特異性、オリゴ糖鎖、部分構造、結合相互作用、無標識、チップ、表面プラズモン共鳴、血小板、フォンビルブラント因子、糖鎖結合性蛋白質
抗血液凝固剤として知られるヘパリンは、高濃度に硫酸化されている天然多糖であり、抗血液凝固活性以外にも近年では細胞増殖の調製因子としての活性が注目されている1-5)。ヘパリンの構造的特徴は、一言でいえば不均一、即ち非常に多くの部分構造の混合物であるということである。たとえば、図1にはヘパリンの部分構造の1つを示している。この中の右から3つ目からの五糖構造は、抗血液凝固活性を担う最小単位であるAntithrombin IIIとの結合ドメインとして同定されたもの6,7)である。五糖には3単位のグルコサミンと2単位のウロン酸があるが、全て構造が異なっている糖分子から構成されている。
ヘパリンは抗血液凝固剤であり、第2次大戦頃から臨床の場において使用されているが、1970年頃からヘパリンによって血小板が凝集するという現象論が報告されていた8)。筆者は、この現象を分子レベルで解析する研究を、1988年頃からDr. Sobel(現在、米国ワシントン大学医学部)とともに行った。前述したように、ヘパリンの構造は単純ではなく、また血小板のどの蛋白質がこの現象に関係しているかという情報もなかった。そこで、まずヘパリンを既知の3つの方法で低分子化した後、分子量と電荷によって分画し、一連の低分子化ヘパリン(LMWH)を調製し、それらの活性を測定することによって、血小板に結合するヘパリンの部分構造を推定しようとした9)。3つの方法は、図2に示すが、亜硝酸での分解、過ヨウ素酸でvic-diolの酸化と引き続くb脱離反応による分解、酵素(ヘパリナーゼ I)による酵素消化である。
ラジオアイソトープ標識したヘパリンの血小板への結合を、調製したLMWHがどれくらい強く阻害するかを調べるBinding Competition Assayを行った。実験を迅速に行うためにラジオアイソトープとして125ヨウ素を用いたが、そのために混合するだけでヘパリンの水酸基と共有結合できる新規修飾試薬も開発した10)。それぞれの阻害活性を各々のLMWHの血小板への結合能として評価し、図3に示した。横軸はLMWHの平均分子量、縦軸は血小板への結合能である。いずれも分子量が大きいほど結合活性が高くなっているが、色分けしている様に、ヘパリンの低分子化の方法によって傾向が異なることがわかった。即ち、ヘパリナーゼで低分子化したLMWH(HI-Hep)と亜硝酸分解のLMWH(NA-Hep)はほぼ同じ集合の中にあるが、過ヨウ素酸とアルカリで分解して調製したLMWH(PI-Hep)はそれらより上にプロットされた。即ちより強い活性を持つ集合を形成していることがわかった。一方、これらLMWHの抗血液凝固活性は抗第10因子活性(anti-Xa活性、antithrombin IIIとヘパリンの活性をもっとも直接的に見ることができる)を調べてみると、図中に数字(大きいほど活性が高い)を示したように、PI-Hepの活性はほとんどないことがわかった。
低分子化反応によって消失する構造を考える(図2参照)と、PI-HepではAntithrombin IIIに結合する五糖構造の中にvic-diol構造があり、これが過ヨウ素酸で酸化して環が開裂し、引き続くアルカリ処理でβ脱離がおこるので、五糖構造が消失する。それ故、PI-Hepはanti-Xa活性が激減すると考えられるが、結果はその通りになっていた。一方、血小板結合能はanti-Xa活性ほどはっきりしていないが、分子量11000程度のLMWHを比較してみると、PI-Hepは分画していないヘパリンと変わらない活性を持っているが、Hi-Hepは半分以下の活性となっている。即ち、ヘパリナーゼ処理によって消失した構造が血小板結合に重要な役割を持っていると考え、図中のGlcNS6S-IdoA2Sと略した二糖構造を血小板結合最小構造と推定した。
推定した二糖構造がはたして本当に血小板結合性があるのか、これを確定させるためにこの二糖構造を合成することにした11)。図4に合成ルートを示したが、硫酸化オリゴ糖の合成は初めてだったので、大学院生と試行錯誤しながら進め、1年以上がかかったが、SynDSと命名した二糖を10数ミリグラム得た。
この合成硫酸化二糖(SynDS)の活性を、同様の結合阻害実験を行い調べた。陽性コントロールとしてはヘパリン、二糖の比較対照としてはヘパリンをヘパリナーゼで徹底的に消化して得られる二糖構造(図中DigDSと略)を用いた。DigDSはSynDSと同じ数の硫酸基、カルボキシル基を持つ二糖であるが、構造は全く異なる。SynDSは、陽性コントロールのヘパリンと比べると活性は弱く、かなりの高濃度を必要とするが、DigDSと比べると明確に活性があることが示された。これから、ヘパリン中のヘパリナーゼ消化で消失する二糖構造GlcNS6S-IdoA2Sを血小板結合に関する最小構造と結論した。
ところで図3のように、活性はLMWHの分子量に依存していた。このことは、最小二糖構造に基づくクラスター効果の影響であると考え、次に複数のGlcNS6S-IdoA2Sユニットを有する構造明確な合成化合物を得ることを目指した。
この際、硫酸化糖であることから、工夫が必要になった。即ち、一般的な方法では、まず保護基を有する糖鎖前駆体を調製し、それを集合化した後、脱保護、硫酸化を行う。しかし、実際やってみると二糖構造が3単位ある化合物までは、何とか合成することができたが12)、4単位以上では硫酸基がすべて入らず、不均一な化合物ができてしまった。そこで、二糖では硫酸基をすべて導入できていることから発想を変えて、ユニットの硫酸化二糖構造を完成させたのち、マイルドな反応によって、ユニットごと集合させる方法を考えた(図6参照)。
いくつかの方法を検討した結果、還元アミノ化法が硫酸基に影響を与えない最適の方法であることを見出した13,14)。そのために、最小二糖構造の還元末端側にグルコースを導入した三糖体をまず合成した。また、還元アミノ化反応を詳細に検討したところ、反応液のpHを3〜4に保つことが重要であることもわかり、このpH領域で反応が起こるアミノ基として芳香族アミンを有するリンカー化合物を設計した(図7参照)。芳香族アミノ基は疎水性があるため、疎水性相互作用に基づく非特異吸着があることが懸念されるが、グルコースを末端に持つ化合物の場合、反応後グルコース部位が親水性のリンカーとしても働くので、非特異吸着を最少にする効果も期待した。
この方法で、調製した化合物の一例を図8に示す。精製がやや困難であったことから、単離収率は60%程度にとどまっているが、硫酸基の脱離もなく、1ステップで硫酸化二糖を集合化した化合物を調製できた。この化合物の同定・確認には、ちょうど市場にでてきた陰イオンを高分解能、かつ高感度で測定できるESI-TOF/MSが役に立った。
このようにして、図9に示すように、複数の硫酸化二糖構造を有する一連の構造明確な化合物群を得ることができた。
そして、血小板への結合挙動を調べたところ、図10に示すように、二糖構造1つだけでは活性を示さない濃度範囲でも、2,3ユニットと増やしていくと活性は明確に存在することが示された。分子量17000程度のヘパリンに比べるとまだ活性は1/500程度にとどまっているが、二糖という非常に小さな単位でも、集合化すれば活性を測定することができることが明確になった。
フォンビルブラント因子(vWF)は血小板止血に関与する重要な血液蛋白質であり、血管内皮の損傷部に吸着してそのコンフォメーションが変化すると血小板のGpIbと結合するようになり、結果として血小板を損傷した血管部へ集積させる作用を持つ。しかし、作用のバランスが壊れると血栓症を引き起こすので、特に血管狭窄によって内皮損傷が起こる外科手術後の重篤なトラブルの原因となる。そのため、vWFと血小板GpIbとの結合を阻害する様々な薬剤が開発されているが、ヘパリンにその作用があることがSobelらによって見つけられていた15)。しかし、ヘパリンをそのまま使うと抗血液凝固作用が大きく、ブリーディング(出血傾向)が起こるので、ヘパリン中の作用部位を特定させ、新規薬剤のリーディング化合物を見つけることは重要であった。
ヘパリンの血小板結合を調べるのと同じ方法を採用した。即ち、ヘパリンをヘパリナーゼまたは過ヨウ素酸とアルカリで低分子化したLMWHを、ヘパリンビーズへのvWFの結合阻害実験と、vWF依存性の血小板凝集阻害実験に供した。図11に示すように、この場合もPI-HepはHI-Hepに比べて高い阻害活性を有していた。即ち、血小板結合と同様に、ヘパリナーゼ消化によって消失する二糖構造GlcNS6S-IdoA2Sが関与することが示唆された16)。
そこで、合成していた集合化化合物を用いて、ヘパリンビーズへのvWFの結合阻害実験を行った。血小板とは異なり、この場合は2単位のGlcNS6S-IdoA2Sでは活性を持たず、3単位持つ化合物でようやく活性が認められた。さらに、血小板とは異なり、3単位でもお互いのユニット間の距離が近い化合物がより高い活性を有した。これらから、ヘパリンのvWF結合にはGlcNS6S-IdoA2Sユニットが3単位以上連結している部分が必要であることが示唆された(図12)。
一連のヘパリンの研究から、特定の硫酸化オリゴ糖鎖の活性を調べるためには、それを集合化することが重要であることがわかった。即ち、ヘパリンのような直線性の高分子でも、そのユニットを2次元的に並べれば、活性を評価できる。また、生体内にはムチン糖鎖に代表されるように、オリゴ糖鎖は集合して存在する事が多いことも、集合化を考えなければならない大きな理由である。また、集合化化合物の合成は可能となったが、依然として時間と労力がかかり、構造明確な化合物の量的な不足は常につきまとうこともわかった。これらを解決するために、糖鎖をチップに2次元的に固定し、それを表面プラズモン共鳴(SPR)のセンサーチップに用いることができれば、構造明確なオリゴ糖鎖を複数回使用できるので、量的な問題の解決法の1つになる。また、対象の蛋白質をラジオアイソトープなどで標識することなく、かつリアルタイムで結合挙動を観測できる。さらに、結合相手が不明でも、SPRを用いれば、結合だけは観測できるので、結合を観測した後に質量分析を用いて、蛋白質を同定するというアイデアも生まれた(図13参照)。
それでは、どのように糖鎖をチップに固定すれば簡単に糖鎖と蛋白質の結合を調べることができるか検討した。もっとも単純、かつ世の中にあった技術としては、チップ上に疎水性の膜を調製しておき、それに疎水化した糖鎖を吸着させるという方法があった。そこで、まずこの方法が適当なものであるか検討するために、図14のように疎水化した硫酸化二糖構造(Hydro-mono-GlcNS6S-IdoA2S-Glc)を合成した。
オクタンチオール基で表面に膜を作製した金チップ18,19)に、図14のように合成したHydro-mono-GlcNS6S-IdoA2S-Glc (Compound 6) を濃度をあげながら添加していくと、SPRのシグナル強度の上昇が見られた。上昇が飽和に達するまで疎水化した二糖構造を添加した後、vWFのヘパリン結合ドメインの合成ペプチド(vWF−ペプチド)を流すとさらにSPRシグナルの上昇が見られた(図15a)。
濃度との関係をプロットすると、飽和曲線がかけたので、この方法で糖鎖チップは調製できたと一旦は考えた。しかし、ネガティブコントロールとして用いた疎水化マルトース(Compound 7)を固定化したチップに対しても、vWFペプチドを流したときにSPRシグナルの上昇が見られた(図15b)。vWFとαグルコースの結合があるとは思えず、SPRシグナルの上昇は、非特異的相互作用であることが予想された。
これを確かめるために、疎水化マルトースを固定化したチップにBSAを流したところ、非常に大きなSPRシグナルの上昇が見られた。この上昇は、疎水部分へのBSAの非特異的吸着と考えられ、この疎水性に基づく固定化は難しいと結論した。
次に、チップ上に固定したアビジンと糖鎖に導入したビオチンとの強い特異的結合を利用した固定化を検討した。これに関しては、別の成書20)を参考していただきたいが、アビジンに起因する非特異的吸着を避けることはできず、常にネガティブコントロールを同時に測定し、SPRシグナルの差を常に測定する必要があることがわかった。
今までの検討から、疎水性の脂質や、アビジンといった物質を介して糖鎖を固定化すると、非特異吸着の問題を避けることができないことがわかった。そこで、糖鎖に金チップに直接結合できる官能基を導入して「糖鎖リガンド複合体」を調製し、それを用いて、糖鎖を固定化することとした。こうすれば、固定化する糖鎖の数(相対濃度)は比較的簡単にコントロールできるという予想もあった。
糖鎖と金チップをつなぐリンカーとしては、糖鎖の集合化合物を合成する際に有効であった還元アミノ化反応を効率よく進めることができる芳香族アミンと、金とAu-S結合を作ることができ、かつ分子内環構造を有するチオクト酸を用いることにした。分子内環化SS結合があるため、一時的に還元環境に晒されてSS結合が解離しても、すぐに空気酸化を受けて元の構造に戻ることが予想され、糖鎖リガンド複合体を精製する際に手間取らないと考えたこともチオクト酸を採用した理由である。図16に示したように、末端にグルコースを導入したヘパリン部分二糖構造(GlcNS6S-IdoA2S-Glc)をまず完成させた後、リンカーを反応させ、60%以上の収率でリガンド複合体、Mono-GlcNS6S-IdoA2S-Glcを得た。前述したように、末端のグルコースは親水性のリンカーとしても機能し、糖鎖を金チップから離して、蛋白質の結合を容易にすること、また疎水性に基づく非特異吸着を最小限にすることを期待した。
合成したリガンド複合体Mono-GlcNS6S-IdoA2S-Glc(Compound 13)を50%メタノール溶液で10μMに調製し、その溶液にSPRの金チップを浸せきし、室温で終夜反応させ、固定化チップを調製した。これに 2 μMのvWFペプチド を流したところ、標準的なSPRセンサグラムが得られた(図17a)。一方、疎水性を利用した固定化法では非常に大きなSPRシグナルと、バッファーで洗浄してもチップ上に吸着したままだったBSAを流した場合には、かなりの高濃度の溶液を流した場合でも、非常に小さなSPRシグナルしか観測されず、またバッファーの洗浄後速やかにベースラインに戻ったことから、このチップにはBSAはほとんど結合しないことが示された。即ち、糖鎖をこの方法で金チップに直接結合させることによって、非特異的吸着をほぼ無視できる系を構築することができた。vWFペプチドを結合させた後、800秒間バッファーで洗浄しても残っているSPRシグナル量を平衡結合量(equilibrium binding) とし、vWFの濃度に対してプロットすると、図17bが得られた。この図からKD値を210nMと推定した。この値は、ラジオアイソトープラベルしたヘパリンを用いて得られた報告値(370±200nM)21)と大差なかった。比較対照として、グルコースにリンカーを導入したリガンド複合体(Mono-Glc, Compound 14)を用いて、同様の実験を行った。この際vWFペプチドの濃度を上げても、全くSPRシグナルの上昇は見られず、非特異的吸着を無視できる系であることが確認された(図17b)。
このチップを用いて、vWFのヘパリン結合ドメインを含む部分リコンビナント蛋白質(vWF-A1)22,23)の結合挙動を観測した。蛋白質濃度の上昇にともなってSPRシグナルの上昇が見られ、KD値は 1.2 μMと推定できた。
このように、モノバレントのリガンド複合体を用いて、糖鎖と糖鎖結合性の蛋白質の結合挙動をリアルタイムで測定することができるようになった。この場合、リガンドの固定化は容易であり、チップ上にリガンドはほぼ均一に分散していると考えられるが、糖鎖クラスターの密度(オリゴ糖鎖のチップ表面の濃度)はリガンド複合体溶液の濃度や金チップの状態(凹凸)に依存する。それらに依存しない系を構築するために、複数ユニットのオリゴ糖鎖が常に2〜5nmの距離内に集合した状態でチップ上に固定化されたMulti-valent型のリガンド複合体について次に検討した。
Ashtonらの報告24)を参考にして、Tri-およびTetra-valentリンカーとリガンド複合体の合成を図18,19のように行い、それぞれTri-GlcNS6S-IdoA2S-Glc、Tetra-GlcNS6S-IdoA2S-Glc-longを合成した。この過程で、集合化する糖鎖の大きさにもよるが、集合化する糖鎖の数が多くなるに従い、リンカー中のSS部位が金チップ表面に接触しにくくなるという立体反発的な要素が大きくなる事がわかった。そのため、分岐部分とチオクト酸部分の間のスペーサーを長くする必要があった。この際、疎水性を高めないためにオリゴエチレングリコールの利用が効果的であった。
Tri-GlcNS6S-IdoA2S-Glc (Compound 25)およびTetra-GlcNS6S-IdoA2S-Glc-long (Compound 42) を固定化したチップへ1.5 μM のBSAを流した時には、Mono- GlcNS6S-IdoA2S-Glcを固定化したチップと同様(図17)、SPRシグナルは僅かに上昇するが、バッファーで洗うと直ちにベースラインに戻り、BSAはこのチップにはほとんど結合しない、即ち非特異吸着は無視できることが分った。
このように、直接結合型のリンカーを用いて糖鎖を金チップに固定化すると、非特異吸着は無視できることが明らかとなったので、次に固定化された糖鎖リガンドの密度の影響を検討した。即ち、硫酸化二糖構造をもつMon-, Tri-, およびTetra-valent リガンド複合体と、糖鎖構造をもたないMono-Glc (Compound 8)を混合した溶液を先ず調製し、それに金チップを浸漬することによってチップ上の相対リガンド濃度が違うチップを調製した。
相対濃度は、各々のチップをATR-FT-IRで測定し、1200から1303cm-1に現れる硫酸基の吸収を積分して定量した。図20aにMono-GlcNS6S0IdoA2S-GlcとMono-Glcをそれぞれ混合比を変えて作成したチップのATR-FT-IRスペクトルを、20b-20dには相対濃度と、仕込み比の関係を示した。
いずれの場合も、仕込み比と相対濃度には直線関係が成り立っており、硫酸化二糖はチップ上で均一に分散して固定化されていることが示唆された。また、仕込み比を変えることでチップ上の硫酸化二糖構造の相対濃度を調整できることも明らかとなった。
リコンビナントのヒトvWf-A1 domain (rhvWf-A1) 22,23)をモデル蛋白質に用いて、3つのリガンド複合体について、チップ上の糖鎖の密度(100%と50%)と結合親和性の相関について検討し、表1に結果をまとめた。
リガンド複合体中の硫酸化二糖構造の数が増えていくにつれて、小さなKD(高い親和性)を有することが明確になっている。Mono-valentリガンド複合体と比べると、その親和性は3倍程度高い。この理由は、解離速度定数kdが小さいことから、クラスター化されたリガンドの場合は数nm以内に糖鎖が存在しているため、結合と解離の平衡にあるとき、解離した蛋白質がすぐ近くのリガンドに再び結合することが出来、その結果ネットの解離速度定数が小さくなっていると解釈できる。リガンド複合体の濃度を50%に低下させると、クラスター化リガンドの効果はさらに明確になった。即ち、Tri-valentやTetra-valentのリガンド複合体はKDの値はほとんど変わらなかったが、Mono-valentリガンド複合体ではKDは1.5倍になっていた。
次に、部分構造ではなく全ヒトvWF蛋白質について検討した。この蛋白質は単量体でも分子質量が270kDaもある巨大な蛋白質であるだけではなく、自己会合性が高く、一般に溶液中で存在しているときはその分子量は数百万におよび、また会合に伴いへパリン結合ドメインも複数有している。3種類のリガンド複合体の濃度をそれぞれ100%と20%に変化させて調製したチップを用いてvWFの結合活性を調べ、表2に結果をまとめた。
先の表1の結果とは異なり、推定したKD値は全てほぼ同じであった。全vWF蛋白質の場合は会合してへパリン結合ドメインが複数あるため、チップ上の硫酸化二糖の密度の影響がほとんどないのであろう。
なお、vWF-ペプチドとMono-valentリガンドの結合を調べると、相対密度が40%以上ないと結合が見られなかった(図21)。
これらから、チップ上の糖鎖の相対密度、またリガンドのMulti-valencyを変化させて結合相互作用を評価することによって、蛋白質の糖鎖結合ドメインがシングルかマルチかという判断をすることも出来ることが示された。
最後に、調製した硫酸化二糖構造を固定化したチップを用いて、結合阻害実験を行ってみた。すなわち、チップはTri-GlcNS6S-IdoA2S-Glcを固定化して調製し、200 nM のbFGF(塩基性繊維芽細胞増殖因子) と阻害剤としてへパリンを濃度を変えて加え、そのときのSPRシグナルの変化を測定した。図22(a)にはSPRシグナルの変化を、図22(b)には阻害剤のへパリン(平均分子量15000)の濃度と、結合したbFGFの濃度をプロットした。図22(b)から、へパリンの阻害濃度IC50は50-100nMであると見積もることが出来た。なお、この値はbFGFのへパラン硫酸プロテオグリカンへのKD値25)と近いものであり、この方法の有用性が示唆された。
へパリンと血小板、またvWFとの相互作用を、構造明確なオリゴ糖鎖を用いることによって、分子レベルでの解析を行うという目的で始めた研究が、糖鎖固定化チップ(他との差別化のために、シュガーチップと総称している)の開発に繋がった。現在では、リガンド複合体の数も70種類程度にのぼり、糖鎖と結合する蛋白質をSPR法で系統的に解析したデータベースも整備することが出来た。また、シュガーチップを調製する技術を金ナノ粒子に応用し、糖鎖固定化金ナノ粒子(SGNPと総称)の開発にも成功した26)。SGNPは高価なSPR測定機器を用いることなく、糖鎖と蛋白質の相互作用を可視で判断できるものである。そして、研究成果の社会還元を目指し、本年9月に起業し、シュガーチップを用いた受託研究やSGNPの販売を行うことが出来るようになった27)。なお、糖鎖チップや糖鎖アレイの技術は、世界中で開発されている28-33)。しかし、そのほとんどは、対象とする蛋白質をあらかじめ蛍光色素や酵素で標識するか、結合後に抗体を組み合わせて蛋白質が結合した糖鎖を同定するものであり、SPRと組み合わせることで網羅的な解析を可能とする技術はわれわれ以外にはほとんど報告がないことを追記する。
わが国の糖鎖研究は世界をリードする立場を保っている。我々の技術が、わが国の糖鎖研究の国際優位性を保つのに役立つこと、さらに現在開発研究を進めているシュガーチップ技術を用いた各種疾患の検査・診断技術の開発を通じて、世界人類に貢献したいと考えている。
本研究は、筆者の前任地の大阪大学大学院理学研究科楠本研究室で開始し、鹿児島大学で確立させることが出来たものであり、日本学術振興会の重点領域研究(代表者、楠本正一大阪大学教授、現&サントリー生物有機科学研究所長)、(独)科学技術振興機構の権利化試験事業およびプレベンチャー事業(代表者:筆者)のサポートを受けた。文中にも述べたが、現ワシントン大学医学部のSobel教授は、この研究を開始したときからの共同研究者である。また、化合物の合成やSPR実験では、大学院生であった市山君(現、大日本住友製薬)、越田君(現、北海道大学助手)、荒野君(現、東亞合成化学)をはじめとして、多くの方々のサポートを頂いた。ここに深く感謝します。また、本稿の執筆の機会を与えて下さった!同仁化学研究所の関係各位に深謝します。
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氏名 | 隅田 泰生(Yasuo Suda) |
所属 | 鹿児島大学大学院理工学研究科 ナノ構造先端材料工学専攻 |
連絡先 | 〒890-0065鹿児島県鹿児島市郡元 1-21-40 |
出身大学 | 大阪大学大学院工学研究科 |
研究テーマ | 糖鎖生物化学に関する研究 |
専門分野 | 糖鎖生化学、ナノテクノロジー |