RNAiのがん創薬への応用

(RNAi therapy against cancer)

顔写真 大塚 雅巳
(Masami Otsuka)
熊本大学大学院医学薬学研究部
顔写真 岡本 良成
(Yoshinari Okamoto)
熊本大学大学院医学薬学研究部

 

[Summary]

Novel heterocyclic compounds comprising a dimethylaminopyridine and metal-chelating side chains have been designed and synthesized aiming at specific inhibition of zinc finger proteins involved in the replication of human immunodeficiency virus. A novel metal chelator comprising a 4-(naphthalene-1-yl)pyridine and 2-aminoethanethiol showed inhibitory activity against human protein farnesyltransferase with IC50 1.9mM and induced morphological change in K-ras-NRK cells.

キーワード:HIV-EP1、Sp1、ファルネシルトランスフェラーゼ

1.はじめに

 生体内には鉄、銅、亜鉛などさまざまな金属を含む蛋白質が存在し、生体反応において重要な役割を果たしている。鉄を含むヘモグロビンは酸素運搬機能を持ち、銅を含むプラストシアニンは藻類の光合成において働いている。亜鉛蛋白質にはプロテアーゼ、転写因子など多くが知られているが、アンジオテンシン変換酵素、ファルネシルトランスフェラーゼなど創薬の標的として重要なものが含まれている。

 筆者らは金属と結合する人工キレーターの設計と合成を行ってきた。これを亜鉛蛋白質の機能を阻害する人工キレーターへと展開することができれば、亜鉛蛋白質の関与する生体反応の解明や医薬への応用が期待される。人工キレーターにより亜鉛蛋白質を阻害するためにはFig.1に示す2通りの方法が考えられる。ひとつは人工キレーターを用いて亜鉛蛋白質から亜鉛を引き抜くことである。亜鉛を失った亜鉛蛋白質はもはや機能を示さないであろう。もうひとつは、亜鉛蛋白質の活性中心の亜鉛に人工キレーターを結合させ、活性部位の機能を妨げることである。筆者らはこうしたアプローチにより、亜鉛フィンガー転写因子HIV-EP1や発癌のプロセスに関連する亜鉛酵素ファルネシルトランスフェラーゼを阻害する人工キレーターを設計したので以下に述べる。

2.亜鉛フィンガー蛋白質の阻害

 エイズ感染細胞と正常細胞の違いは、エイズウイルスの遺伝子が組み込まれていることである。ヒト免疫細胞にエイズウイルスが感染するとウイルスのRNAは逆転写酵素によりDNAに変換され宿主ヒトのDNAの中に組み込まれる。これをプロウイルスと呼ぶ。組み込まれたウイルスはすぐにはエイズの症状を起こさず、この状態で10年間ほど潜伏するが、細胞外からある種の刺激がくるとプロウイルスが転写され、ウイルスの宿主細胞からの出芽増殖が始まる。

 エイズプロウイルスの転写は宿主の転写装置を利用して行われる。エイズプロウイルスの両末端に存在するロングターミナルリピート(LTR)には2つの連続したκB配列、3つの連続したGCボックス、1つのTATAボックスという塩基配列が含まれ、ここに種々の転写因子が結合しエイズウイルスの転写を制御している。HIV-EP1はエイズウイルスのLTRのκB配列に結合するものとして石井らにより単離された亜鉛フィンガー蛋白質で、2つのシステインと2つのヒスチジンで亜鉛に結合したC2H2型亜鉛フィンガーを2つ持っている1)。Sp1はTijanらにより単離された基本転写因子で恒常的に発現しており、3つのC2H2型亜鉛フィンガーを持っている。Sp1はGCボックスと呼ばれる塩基配列に結合する2)

 筆者らはさきに、抗癌性抗生物質ブレオマイシンの構造を基盤とし、ジメチルアミノピリジンを中心にβ-アミノアラニン、β-ヒドロキシヒスチジンからなる人工キレーターを合成した。一方、スーパーオキシドディスムターゼやカルボキシペプチダーゼといった亜鉛含有酵素はその亜鉛結合部分にカルボキシル基やイミダゾール基をもっている。これらの亜鉛蛋白質の構造的特徴を上記のブレオマイシン類似化合物に加味するという分子設計で、新しい亜鉛キレーターとして、ジメチルアミノピリジンに2つのヒスチジンを対照的に配した化合物1をはじめ、種々の類似化合物(Fig.2)を考え合成した3〜6)。これらの化合物は亜鉛と結合し、その亜鉛結合部位はピリミジンとイミダゾールあるいはカルボキシル基の部分であることがNMRの実験から示唆された。

 これらの化合物のHIV-EP1のDNA結合機能への影響を検討した(Fig.3)。その結果、イミダゾールを持つ化合物14は300μMの濃度でHIV-EP1とDNAの結合を阻害した。ところで亜鉛フィンガー蛋白質はその亜鉛結合部分にシステインを持っていることから、化合物14のイミダゾール部分をメルカプト基に置き換えたシステイン類似化合物56を合成したところ、これらは30μMの濃度でHIV-EP1とDNAの結合を阻害した。メルカプト基の導入により作用が強まったということができる。この阻害における亜鉛の効果を調べたところ、イミダゾール化合物14の場合は亜鉛イオンの添加によりHIV-EP1はDNA結合力を回復したのに対し、メルカプト化合物56はDNA結合力を回復しなかった。このことはイミダゾール化合物14Fig.1(a)のようにHIV-EP1から亜鉛を引き抜いて阻害しているのに対し、メルカプト化合物56Fig.1(b)のようにHIV-EP1の亜鉛部分に結合して阻害していることを示唆する。

 一方これらの化合物のSp1への影響を検討し、HIV-EP1への作用と比較した(Fig.3)。化合物1、ent-12は300μMの濃度でHIV-EP1もSp1もよく阻害した。カルボン酸誘導体34は300μMの濃度ではHIV-EP1よりもSp1をよく阻害した。化合物56はその合成前駆体によらず30μMの濃度でHIV-EP1もSp1もよく阻害した。ジスルフィド化合物710はHIV-EP1に対して良い阻害効果を示した。Sp1に対しては短い側鎖の化合物79は阻害効果が弱いのに対し、長い側鎖の化合物 810においてかなりの阻害がみられた。S-アルキル化合物1113は300μMにおいてHIV-EP1に対して中程度の阻害を示したが、Sp1に対する阻害効果は弱かった。また、種々の側鎖を持った化合物1416のなかで化合物14はHIV-EP1は阻害せずにSp1を阻害した。このように、キレート側鎖の構造変換により亜鉛フィンガー蛋白質を識別阻害することが可能であるという知見を得た。

3.ファルネシルトランスフェラーゼの阻害

 従来、抗がん剤はランダムスクリーニングを中心とする探索により見出されてきたが、発がんの分子機構が解明されるにつれ、がん治療のための種々の分子標的に特化した創薬がなされるようになった。

 多くの哺乳動物のがん細胞から見いだされるがん遺伝子rasは低分子量G蛋白質Rasをコードしている。増殖因子が受容体に結合すると、Ras蛋白質がGTPと結合した活性型となり、細胞の増殖・分化が起こるが、正常ras遺伝子に1塩基変異が起こるとRas蛋白質は活性型のまま維持され、がん化を引き起こす。

 Ras蛋白質はC末端にCAAXボックスと呼ばれる特有のアミノ酸配列を持っている。この部分のシステイン残基が酵素ファルネシルトランスフェラーゼによりファルネシル化され細胞膜に結合することが、変異Ras蛋白質が、がん化を引き起こすために必須である。従って、ファルネシルトランスフェラーゼは抗がん剤開発のための重要な分子標的とされ、阻害剤の研究が活発になされている。

 ファルネシルトランスフェラーゼはβサブユニットに亜鉛を含む亜鉛酵素である。亜鉛部位は、その近傍に基質ファルネシルピロリン酸、Ras蛋白質CAAXボックスを結合し、酵素活性に重要と推察される。

 筆者らは、上記のように人工キレーターの分子設計を行い、ピリジンの両側に金属キレート性側鎖を導入した化合物の亜鉛蛋白質阻害剤としての有用性を明らかにしてきた。Fig.3に示したように、メルカプト化合物5は最も強い亜鉛フィンガー蛋白質の阻害活性を示した。この化合物にファルネシルトランスフェラーゼ認識部位を導入することにより、特異性を実現することが可能と考えた。ファルネシルトランスフェラーゼの亜鉛部位の近傍にはトリプトファン、フェニルアラニン、チロシンなどの10個の芳香族アミノ酸残基が集まった芳香族ポケットが存在することがX線結晶解析により明らかにされている。そこで、化合物5のジメチルアミノ基の部位に芳香族側鎖としてナフチル基を導入した化合物17をデザインした(Fig.4)7)

 化合物17の合成は次のようにして行った(Fig.5)。クロロピリジン18とボロン酸誘導体19を用いた鈴木カップリングによりピリジン4位にナフチル基の導入された化合物20を得た。このジエステルをジアルコール21を経てジアルデヒド22へと導き、これに側鎖を連結して目的とする化合物17を得た。

 化合物17は良好なファルネシルトランスフェラーゼ阻害活性を示した(Table1)。ヒトのファルネシルトランスフェラーゼとCAAXモチーフを含むペプチド基質、トリチウム標識ファルネシルピロリン酸を用いたアッセイを行ったところ化合物17のIC50は1.9μMであり、既知のファルネシルトランスフェラーゼ阻害物質ManumycinやSCH44342と同程度のものであった。ナフチル基を持たない化合物5のIC50が620μMであったことから、化合物17におけるナフチル基の効果は明らかである。また、1,10-フェナンスロリン、ジピリジル、エチレンジアミンなどの通常の金属キレーターは殆ど阻害効果を示さないことから、阻害には金属結合力だけでなく、ナフチル部分によるファルネシルトランスフェラーゼの芳香族ポケットとの相互作用が重要であると推察される。

 化合物17によるファルネシルトランスフェラーゼの阻害における亜鉛イオンの影響を検討した。亜鉛イオンと化合物17を同時に存在させて上記のアッセイを行うと、阻害は起こらなかった。しかし、はじめに化合物17とファルネシルトランスフェラーゼを5分間インキュベートさせてから亜鉛イオンを加えると、阻害が起こった。5分間のうちに化合物17はファルネシルトランスフェラーゼの亜鉛部位に強固に結合するため、後から亜鉛イオンを添加しても化合物17とファルネシルトランスフェラーゼの結合には影響しなかったのであろう。

 さらに化合物17はK-ras-NRK細胞に作用させると、その形態変化を誘導し、増殖を阻害することが示された。

4.おわりに

 ピリジンと金属キレート性側鎖からなる基本骨格をもつ化合物を種々合成し、亜鉛フィンガー蛋白質およびファルネシルトランスフェラーゼを阻害することができた。ファルネシルトランスフェラーゼを阻害する化合物17は、亜鉛結合部位と標的蛋白質認識部位を組み合わせることにより、亜鉛蛋白質を特異的に阻害する物質の分子設計が可能であることを示している。本研究の亜鉛結合部位は筆者らが独自に開発したものであるが、同仁化学研究所から発売されている金属キレーターを高次機能化するという分子設計も可能であろう。

 本稿で述べた実験は藤田美歌子博士、濱崎昭行博士を中心に行ったものであり、杉浦幸雄教授(同志社女子大学)、井上純一郎教授(東京大学)、石井俊輔博士(理化学研究所)には亜鉛フィンガーの、玉野井冬彦教授(カリフォルニア大学)、梅澤一夫教授(慶応義塾大学)にはファルネシルトランスフェラーゼのご指導をいただき、共同研究として行ったものである。

参考文献

1) T. Maekawa, H. Sakura, T. Sudo, S. Ishii, J. Biol. Chem., 1989, 264, 14591.

2) P. G. Mitchell, R. Tijan, Science, 1989, 245, 371.

3) M. Otsuka, M. Fujita, Y. Sugiura, S. Ishii, T. Aoki, T. Yamamoto, J. Inoue, J. Med. Chem., 1994, 37, 4267.

4) M. Otsuka, M. Fujita, T. Aoki, S. Ishii, Y. Sugiura, T. Yamamoto, J. Inoue, J. Med. Chem., 1995, 38, 3264.

5) M. Fujita, M. Otsuka, Y. Sugiura, J. Med. Chem., 1996, 39, 503.

6) M. Otsuka, M. Fujita, Y. Sugiura, T. Yamamoto, J. Inoue, T. Maekawa, S. Ishii, Bioorg. Med. Chem., 1997, 5, 205.

7) A. Hamasaki, H. Naka, F. Tamanoi, K. Umezawa, M. Otsuka, Bioorg. Med. Chem. Lett., 2003, 13, 1523.

氏名 大塚雅巳(Masami Otsuka)
所属 熊本大学大学院医学薬学研究部
連絡先 〒862-0973熊本県熊本市大江本町5-1
TEL:096-371-4620 Fax:096-371-4620
出身大学 東京大学薬学部
学位 薬学博士
研究テーマ 生体機能分子の合成、生物有機化学

氏名 岡本良成(Yoshinari Okamoto)
所属 熊本大学大学院医学薬学研究部
連絡先 〒862-0973熊本県熊本市大江本町5-1
TEL:096-371-4624 Fax:096-371-4624
出身大学 熊本大学薬学部
学位 薬学博士
研究テーマ 生体機能分子の合成、複素環化学