株式会社 同仁化学研究所 宮崎 公徳
近年、目覚ましい進展を見せているプロテオミクスは、いつどこでどのタンパク質がどれだけ発現しているかを系統的、網羅的に解析する技術や方法論であるが、生化学研究においてタンパク質の検出と定量は、今もなお多くの要望がある分野である。昨年、簡便な操作で高感度にタンパク質の定量と検出が行える、新規な蛍光性プローブが報告されたので、紹介する1)。
蛍光性プローブを用いた検出や測定は簡便かつ高感度な分析法であり、プローブ分子がイオンや有機または無機の分子と相互作用することで、スペクトルや蛍光強度が変化することを利用して濃度の変化を知る方法であり、Fura 2をはじめ、Fluo 3、Fluo 4に代表されるカルシウムの測定はその代表的なものである。また蛍光色素を抗体やその他の標的分子に標識することで、標的分子の追跡や、抗原物質の存在を検出する方法は、蛍光染色やフローサイトメトリーなどで多く利用されている。一方、溶液中のタンパク定量の方法としては()吸光法、(
)Biuret法、(
)Lowry法、(
)Bicinchoninate法(BCA法)(
)Bradford法、(
)蛍光法、(
)WST法が知られている。中でも蛍光法は、fluorescamineやCyanin色素を使用し、fluorescamine の場合、タンパク質がないと蛍光を生じないが、タンパクの一級アミンに反応することで、395 nmで励起され495 nmに緑色の強い蛍光を生じる。Cyanin色素はタンパクとSDSとの複合体に疎水的に結合して蛍光強度の増大を示すものである。SDS-PAGEゲル用としてはSYPRO
Rubyなどの蛍光色素が知られている。しかしながら蛍光分光法や他の分析法を用いるこれらの試薬は、タンパク測定において(
)反応時間が長いこと、(
)色素の会合の問題、(
)ストークスシフトの小ささ、(
)検量線が非直線的かつS字カーブであるなど幾つかの短所を持っている。SYPRO
RubyはSDS-PAGE中のタンパクをターゲットにした高感度な蛍光色素であるが、ゲルの固定操作や染色、染色後の過剰な色素の除去に長時間を必要とする。
鈴木、横山が開発した蛍光プローブは、()レーザー光源に適した励起波長を有する(
)共存物質による影響を受けにくい(
)高いモル吸光係数と量子収率を有するため低濃度でも使用できる(
)疎水結合や静電的相互作用を利用する(
)ゲル染色時にSDSや過剰の色素の除去操作が不要であるなどの特長を有している。
蛍光色素を用いた検出は、外部環境が疎水的になることで、色素の量子収率が増大し蛍光スペクトルに大きな変化をもたらす分子内電荷移動反応(ICT)が原理となっている。鈴木、横山は、ICTを利用して溶液中のタンパク質と相互作用することで、色素の量子収率がタンパク量に比例して直線的に応答する新規の蛍光プローブを合成した(Fig.1)。化合物 (1)はウシ血清アルブミン(BSA)の存在下で励起極大582 nm、蛍光波長650nmの蛍光を発する。化合物 (1)自身は量子収率0.001以下で非常に弱い発光しか持たないが、BSAと相互作用することで、量子収率0.31となり、650〜660nm付近に蛍光を発するようになる。一方、化合物 (2)はBSA存在下で480 nmに励起極大を示し、540 nmに蛍光を発する。これらのスペクトル変化は溶液中のBSA量に直線的に応答し、化合物 (1)の650nmの蛍光強度をBSA濃度に対してプロットすると、BSA濃度1000μg/mlまでの良い直線関係を示し(r>0.996)、検出下限はBSA濃度100ng/ml(S/N比3.0)である。
タンパク定量における問題の一つとして、従来のタンパク検出法の多くはタンパク質の種類によって、その定量値が変動することが挙げられる。これはタンパク質のアミノ酸配列、等電点(pI)、タンパク質の構造、特定の側鎖の存在に関係している。多くのタンパク定量法では、BSAまたはIgGを標準サンプルとして検量線を作成するが、これ以外のタンパク質の場合には検量線の傾きが標準サンプルのBSAやIgGの場合とずれるため、その傾きの比を取って補正を行う必要がある。
しかしながら前述の化合物 (1)をBradford法やBCA法といった既存のタンパク検出試薬と比較したところ、異なったタンパク質に対しても検量線の傾きのずれが非常に小さい(Table1)。従ってBSAで作成した検量線がBSA以外のタンパク定量にもそのまま適用できるという特長を持っている。
さらに、多くのタンパク試料溶液にはバッファーを始めとする無機塩や界面活性剤、キレート剤、チオール化合物、還元剤が存在する場合あり、これらがタンパク定量を妨害する場合がある。1000μg/mlのBSA濃度で1.0μMの化合物 (1)を用いて種々の共存物質の影響を測定したところ、無機塩やキレート剤、還元剤は化合物 (1)によるBSAの定量に影響しない。また、多くの界面活性剤も時としてタンパク定量を妨害することが知られているが、化合物 (1)がBSAの存在下でその蛍光強度が10%影響される界面活性剤濃度としては、SDSで1%、CHAPSで0.8%、Tween20が0.5%、Triton-X100が1%であり、通常タンパク定量で使用される濃度よりも高濃度であり実際上は問題がないと考えられる。
次に、化合物 (1)をBSA及びヒツジIgGの電気泳動ゲルの染色に応用している。
SYPRORubyのような市販の蛍光色素は染色に長時間(一晩)を要し、SDSと過剰の色素を完全に除くために60分洗浄する必要がある。化合物 (1)を用いたゲル染色は、ゲル中のSDSや過剰の色素の除去を必要とせず、わずか30分で終了しすぐに蛍光検出によって画像解析ができる。
以上のように、今回紹介した新規のタンパク染色用蛍光色素は、共存物質によって妨害を受けにくく、またタンパク質種間の感度差の小さいタンパク定量試薬としての応用が可能と期待される。さらにSDS-PAGEの簡便なゲル蛍光染色剤としても応用可能であると期待される。
参考文献
1) Y. Suzuki and K. Yokoyama, J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 17799.