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タンパク質の蛍光標識技術

九州大学大学院 宗 伸明

 タンパク質の蛍光標識技術は、タンパク質の検出や定量のみならず、細胞内タンパク質の挙動解析やタンパク質間相互作用の研究において極めて重要である。タンパク質を蛍光標識する従来法として最も基本的な手法は、エステル化等により活性化した蛍光基をタンパク質のアミノ酸残基と化学反応させて標識する手法であるが、この手法では蛍光基の修飾位置や標識数を制御することができず、且つ標識に伴うタンパク質構造の劣化が懸念される。一方、1990年代初頭にオワンクラゲからのGFP遺伝子がクローニングされて以来、GFPをはじめとした種々の蛍光タンパク質を利用する手法も広く用いられるようになっている。しかし、蛍光タンパク質は標識体としては大きすぎるため(GFPで27kDa)、蛍光標識されたタンパク質が本来の挙動を示さない恐れがあるという問題がある。

 このような中、蛍光色素分子を用いる化学的手法と遺伝子工学的手法を組み合わせた新しい蛍光標識技術の開発に関する研究が近年盛んに行われている1)。その例として、suppressor tRNAを用いる手法、プロテインスプライシングを用いる手法、O6-alkylguanine-DNA alkyltransferaseを用いる手法、ビオチンリガーゼを用いる手法、FlAsHを用いる手法、蛍光基修飾NTA-Ni 2+錯体を用いる手法等が報告されている。これらの手法は蛍光標識に伴うタンパク質構造への影響を大きく軽減できるという点で何れも魅力的であるが、中でもFlAsHあるいは蛍光基修飾NTA-Ni2+錯体を用いる手法は、タンパク質計測用蛍光プローブとも言うべき機能性蛍光分子とこれに対応したペプチドタグとのアフィニティー反応を利用するという方法論的特長から、タンパク質の任意の位置に蛍光修飾を行うことが可能である、標識操作が簡便である、可逆的な標識が可能である、といった利点を有しており、非常に興味深い。しかしながら、FlAsHを用いる手法では、ペプチドタグであるtetracystein motifの認識に伴い、蛍光強度は単純に増大する。一方、蛍光基修飾NTA-Ni2+錯体としてはフルオレセイン系、シアニン系、ローダミン系の蛍光基を修飾したものが報告されているが、ペプチドタグであるHis-tagの認識に伴う顕著な蛍光強度変化は観測されないため、使用時には結合しなかった遊離の蛍光錯体を洗浄・分離するステップが必要不可欠となる。蛍光偏光測定や蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用した測定法を用いることも可能であるが、その応用範囲は大きく限定されてしまう。

 最近、我々は新規タンパク質計測用蛍光プローブ(dansyl-NTA-Ni2+complex)とこれに対応する新規ペプチドタグ(His-Trp-tag)を用いた新しい蛍光標識法を開発した(Fig.12)。dansyl-NTA-Ni2+ complexは場感受性蛍光基であるダンシル基を修飾したNTA-Ni2+錯体であり(Fig.2)、His-Trp-tagは疎水性部位を有するトリプトファン(Trp)を単数から複数個通常のHis-tagに連結したペプチドタグである(Fig.3)。このdansyl-NTA-Ni2+ complexをHis-Trp-tagと作用させた場合、蛍光強度の増大に加えて蛍光波長のブルーシフトが観測される。これは、dansyl-NTA-Ni2+ complexのNTA-Ni2+ complex部位がHis-Trp-tagのHis-tag部位に通常のアフィニティー反応に基づき配位した後、更にダンシル基が配位により接近したタグ中のTrp部位と疎水性相互作用に基づき会合することによる。本手法において、標識に伴う蛍光変化は、His-Trp-tag中のTrpの数が増大するに従って顕著となった。また、本手法は非常に可逆性に優れており、EDTAの添加による標識の解消とNi2+の添加による再標識を効率的に行うことが可能であった。本蛍光標識手法では標識に伴い蛍光強度だけでなく蛍光波長がシフトするため、従来法と異なり蛍光強度比に基づくタンパク質検出を行うことが可能となる。今回は蛍光基としてダンシル基を、His-tag部位に連結するアミノ酸としてTrpを用いたが、これらは適切な他の異なる場感受性蛍光基とアミノ酸に置き換えることも可能であり、この詳細については現在検討中である。本手法はタンパク質のin vivo蛍光標識法としての利用に加え、B/F分離を必要としないin vitroあるいはon chipにおける新しいone potタンパク質蛍光検出法としても有効性を発揮することが期待できる。

参考文献

1) 総説として;I. Chen, A. Y. Ting, Curr. Opin. Biotechnol., 2005, 16, 35.

2) 瀬戸大輔, 宗 伸明, 中野幸二, 今任稔彦, 第42回化学関連支部合同九州大会講演予稿集, 2005, 42.

著者紹介
氏名 宗 伸明(Nobuaki Soh)
年齢 29歳
所属 九州大学大学院工学研究院応用化学部門 助手
連絡先 【伊都地区(新キャンパス)】
〒819-0395 福岡県福岡市西区元岡744
Tel : 092-802-2891 E-mail:soh@cstf.kyushu-u.ac.jp
【箱崎地区】
〒812-8581 福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
Tel : 092-642-4134 Fax : 092-642-4134
(E-mailは共通)
学位 博士(工学)
研究テーマ 1) タンパク質・活性酸素種を主な計測ターゲットとした分子プローブの開発
2) 新規バイオ材料の開発と分析化学的応用