Topics on Chemistry

VNC細菌の検出法

同仁化学研究所 高木 真由美

 食品・環境中に存在する細菌を検出することは、衛生上非常に 重要である。現在、細菌の検出には培地で細菌を培養し、生成し たコロニー数を計数する寒天平板培地法が主に用いられている。 しかし最近になって、生きているが培養できない状態(VNC状態: viable but non-culturable)にある細菌が環境中に多く存在していることが分かってきた1)。VNC細菌がどのような機序で培養可能な状態にもどるのか、またその逆の経路をとる引き金が何なの かは、まだはっきりしていない。寒天平板培地法は、培養に時間 がかかる、VNC細菌の検出が難しいために細菌数を過小評価して しまうといった欠点がある。食品中でVNC状態にあり寒天平板培 地法では検出できなかった細菌が、増殖しやすい環境に置かれる ことにより急激に増殖し、人体に悪影響を及ぼす危険性も考えら れる。そのため寒天平板培地法に代わる新しい細菌検出法が研究 されている2-4)

 現在用いられている、主な細菌検出法をいくつか挙げる。

1)全菌数直接計数法(TDC法)

acridine orange(AO)、DAPI等でDNA、RNAを蛍光染色するなどして、蛍光顕微鏡で細菌を計数する。全菌数を求めるこ とができるが、死菌も計数してしまう。

2)蛍光活性染色法

6-carboxyfluorescein diacetateは生細胞内でエステラーゼによって分解され、緑色蛍光性を示す6-carboxyfluoresceinを 生成するため、エステラーゼ活性を有する細菌を計数すること ができる。また、呼吸活性を有する細菌の検出には5-cyano- 2,3-ditolyl-tetrazolium chloride(CTC)が用いられている。

3)小暮法(DVC法)

細菌の分裂を阻害する抗菌剤を試料に加えて、増殖能を有する 細菌を伸張させる。伸張した細菌を計数することにより増殖能 を持つ細菌数を求めることができるが、環境中に存在する細菌 は大きさが多様のため計数が難しい。

4)Qantitative DVC法(qDVC法)

増殖能を持つ細菌を特異的に溶菌させ、処理前後の菌数を比較 することにより生菌を計数する。

5)蛍光in situハイブリダイゼーション法(FISH法)

菌体内のrRNAを標的としたオリゴヌクレオチドをプローブと して用いて、細菌を検出する。検出感度は細胞内のrRNAに依 存するため、貧栄養な環境に生息する細菌に対しては十分な蛍 光強度が得られないことがある。

6)遺伝子増幅法

in situ PCR法やin situ LAMP法により、細胞内でPCRを行い、細胞内の特定遺伝子を増幅して、特定細菌を検出する手 法である。

7)変性剤濃度匂配ゲル電気泳動法(DGGE法)

同じ長さのDNA断片を塩基配列の違いに基づき分離する電気 泳動法である。多種多様な細菌を解析できる。

 このように細菌の検出法は目的によって様々であるが、その中で も呼吸活性を有する細菌の検出にはCTCが有用である。CTCは 当初、エールリッヒ腹水腫瘍細胞の酸化還活性の研究に用いられて

いたが5)、最近では主に環境中の細菌の検出に用いられている。

 CTCは、細菌の呼吸活性に伴う電子伝達系の作用でCTC formazan(CTF)に還元され、水に不溶性となり細菌細胞内に蛍光 性沈澱として蓄積する。CTCは水溶性で、水溶液中で無蛍光であ る。一方CTFは低粘性溶液中では蛍光を持たないが、高粘性溶液 中や固体状態では赤色蛍光を発する。染色された細菌をフローサ イトメトリーで検出したり、細菌をブラックメンブランフィル ターで捕集した後蛍光顕微鏡で観察することで、呼吸活性を有す る細菌数を求めることができる。シアン化物など電子伝達阻害剤 によって還元抑制されることも確認されている。インキュベー ション時間はおよそ30分から4時間と短時間であるため、寒天平 板培地法に比べ迅速に細菌を検出することができる。

 Coallierらは、環境水中のEnterobacter clocaeを試料として、AOによる全菌数直接計数法、寒天平板培地法、DVC法、CTC法 の比較を行った2)。全菌数直接計数法は死菌も検出してしまうため 細菌数は最も多く数えられ、続いてCTC法、DVC法、寒天平板 培地法の順に計数値は小さくなった。CTC法は、DVC法とほぼ 同じ計数を与えたが、インキュベーション時間が短く細菌の計数 も容易であったと報告されている。また、遊離残留塩素による影 響は寒天平板培地法が最も大きかったため、CTC法が環境水中の VNC細菌検出に適した方法であることを示した。

 最近では、汚染させた食品を試料として用い、CTCとFITCラ ベル化 抗O157:H7抗体とで二重染色を行い、蛍光顕微鏡観察及びフローサイトメトリーを行った例がある3)。CTCの、食品衛生における有用性を示唆する報告である。

 私達が安全に生活するためにVNC細菌を迅速簡便に検出できる 方法は必要不可欠である。上に述べてきたようにCTC法を初めと する優れた細菌検出法が既に報告されている。しかし、その一方 で寒天平板培地法の簡便性に及ばないことも事実である。新しい 細菌検出法の開発が、今後期待される。

参考文献

1) e. g. R. A. Bovill, J. A. Shalloross, B. M. Markey, J. Appl. Bacteriol., 77, 353 (1994).

2) J. Coallier, M. Pr思ost, A. Rompr・ Can. J. Microbiol., 40, 830 (1994).

3) N. Yamaguchi, M. Sasada, M. Yamanaka, M. Nasu, Cytometry, 54A, 27 (2003).

4) 見坂武彦, 那須正夫, ファルマシア, 39, 137 (2003).

5) E. Sevrin, J. Stellmash, H.-M. Nachtigal, Anal. Chim. Acta, 170, 341 (1985).