同仁化学研究所 佐々本 一美
タンパク質の細胞内での機能や局在を調べるには、そのタンパク質を検出するための標識が必要になる。特に、共焦点レーザー顕微鏡などの装置の発達で、ケイ光標識したタンパク質の生きた細胞内での3次元の動きを可視化することも現在では可能である。 問題は如何に標識するかだが、最近よく用いられるGFPはアミノ酸238個と標識体としては大きすぎ、元々のタンパク質の機能に影響を与える恐れがある。目的とするタンパク質の性質をなるべく変えないためには低分子による標識が望ましいが、そのためには、タンパク質をin vitroで化学的に標識し、元の細胞に戻さなければならず1 )、特異的な細胞内での標識法(in vivo labeling)が望まれている。
In vivo labelingでは、標識体はまず細胞膜を通過し細胞内に進入し、無数に存在する生体分子とは相互作用せず、目的のタンパク質分子のみと結合しなければならず、高い親和性(nmol/lレベルの解離定数Kd)と特異性が要求される。このような高い親和性(低いKd値)を持つタンパク質とリガンドの組み合わせとしては例えば、抗原-抗体の系、ビオチン-アビジン系、グルタチオン-GST系、メトトレキセート-DHFR系、バンコマイシン-DAlaDAla系などがある。なかでもビオチン-アビジン系は最も代表的であるが(Kd ~ fmol/l)、グルタチオン同様、細胞には内因性のビオチンが存在するため、この系は現実的ではない。人工的なリガンドで、生体系と全く相互作用しないbio-orthogonalな系が望ましい。
Tsienら2)の報告したFlAsHは、目的のタンパク質にリガンド認識部位としてペプチド配列-CCXXCC-(Xはシステイン以外の任意のアミノ酸)を遺伝子工学的に導入し、リガンドである2個のヒ素を含むフルオレッセイン色素FlAsHがこの部分を特異的に認識するもので(Kd < 10 pmol/l)、結合によってリガンドのケイ光強度は50,000倍増加する。しかしこの場合は、内因性ジチオール類との非特異的な結合を避けるため、mmol/lオーダーのエタンジチオールなどを使用する必要がある。
これに対して、発現タンパク質マーカーとして汎用されているHis-Tagをリガンド認識部位として利用したGuignetら3)の報告がある。NTAプローブ(Fig.1)は、His-Tagと結合するNTA部分とケイ光消光性のローダミン色素とから成っている。彼らは、セロトニンレセプターである5HT3の異なる3つの部位にそれぞれHis6を導入し、細胞膜透過性のNTA-Iを用いて、このレセプターの構造や膜上での分布について解析している。His-Tagとの結合はキレート生成なので非常に早く(秒単位)、かつ可逆的であり、タンパク質の生きた細胞内での構造や局在を解析する有力な研究手段となりえる。ただし、His6との親和性は1~10μmol/l程度と若干低く特異性に欠けるため、His10を導入することで親和性を向上させている(~0.2μmol/l)。
FlAsHにおける非常に高い親和性はペプチドモチーフ中のシステインチオール基の空間的な配置が、リガンドのヒ素への配位にとってエントロピー的に非常に有利なためである。この様なケミカルな系(非共有結合型)と異なり、酵素と基質の組合わせによる共有結合型も報告されている4)。ヒトのDNA修復酵素であるO 6-alkylguanine-DNA alkyltransferase(hAGT)は、O 6-アルキルグアニンを基質とし、6位アルキル基を自身のチオール基に転移させる(Fig. 2)。この反応を利用すればhAGTをタンパク質に導入し、種々のケイ光性のO 6-アルキルグアニン誘導体を基質としたタンパク質のケイ光標識が可能である。最近のKepplerら5)の論文では、この技術を利用したマルチカラーの解析も報告されている。この場合には内因性のhAGTが問題となるため、実験にはhAGT欠損細胞を用いなければならない点が最大の弱点だと思われる。
この他、生物学的なアプローチとして、inteinのスプライシングに基づくin vivo labelingも数多く報告されてきており6,7)、今後の進展が期待される分野である。
文献及びノート
1) タンパク質の翻訳段階で導入する技術として、amber suppressor tRNAによる標識(Mendel, D., Cornish, V. W. and Schultz, P. G., Annu. Rev. Biophys. Biomol. Struct., 24, 435(1995))やピューロマイシンを用いるC端標識法(Nemoto, N., Miyamoto-Sato, E. and Yanagawa, H., FEBS Lett., 462, 43(1999))がある。
2) Griffin, B. A., Adams, S. R. and Tsien, R. Y., Specific Covalent Labeling of Recombinant Protein Molecules Inside Live Cells. Science, 281, 269 (1998).
3) Guignet, E. G., Hovius, R. and Vogel, H., Reversible Site-selective Labeling of Membrane Proteins in Live Cells. Nat. Biotechol., 22, 440 (2004).
4) Keppler, A., Gendreizig, S., Gronemeyer, T., Pick, H., Vogel, H. and Johnsson, K., A General Method for the Covalent Labeling of Fusion Proteins with Small Molecules In Vivo. Nat. Biotechnol., 21, 86, (2003).
5) Keppler, A., Pick, H., Arrivoli, C., Vogel, H. and Johnsson, K.,ハLabeling of Fusion Proteins with Synthetic Fluorophores in Live Cells. Proc. Natl. Acad. Sci., 101, 9955 (2004).
6) Giriat, I. and Muir, T. W., Protein Semi-Synthesis in Living Cells. J. Am. Chem. Soc., 125, 7180 (2003).
7) Yeo, D. S, Srinivasan, R., Uttamchandani, M., Chen, G. Y, Zhu, Q. and Yao, S. Q., Cell-permeable Small Molecule Probes for Site-specific Labeling of Proteins. Chem. Commun., 2870 (2003).