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遺伝子治療用ベクターとしてのナノ粒子

(株)同仁化学研究所 佐々本 一美

 

ALIGN="JUSTIFY"> 細胞に遺伝子を導入するにはベクターと呼ばれる運び屋を用い るのが一般的だが、これにはウィルスを用いる方法と、そうでな い方法の2通りがある。前者はウィルスの扱いに慣れてないとで きないし、病原性の問題も依然として課題である。それに比べ非 ウィルス法は導入効率は劣るが、安全かつ操作が簡便であるとい う利点を持っている。近年、脂質系リポソームや合成ペプチドに 代表される非ウィルス系遺伝子導入試薬が各社から市販されるよ うになり、種々の培養細胞への導入効率も飛躍的に向上している。 遺伝子を核まで効率よく運ぶには、細胞表面への取りつき、細胞 内でのエンドソームから細胞質への移行、ベクターからの離脱、細 胞質から核への移行など、ちょっと考えただけでも多くの障害を 乗り越えなければならない。さらに治療に用いる場合、体内の特 定の細胞だけを狙ったターゲティングが重要になる。核にたどり 着くには気が遠くなりそうな生物学的な距離だが、鍵を握るのは やはりベクターの選択である。

 ここに紹介するのは、転移性癌の遺伝子治療にむけたベクター の開発である。癌は依然として人類に対して大きな脅威だが、転 移さえしなければその脅威もさほどでもない。転移した癌に対す る確立した治療法がない現在、遺伝子治療は多くの期待を集めて いる。そもそも癌の転移は、原発巣から離脱し、細胞外マトリッ クスと呼ばれる周辺組織に浸潤し、血管(血行性)もしくはリン パ管(リンパ行性)に進入、さらに遠隔組織に接着し、再び増殖 するといった長い旅の結果である。癌細胞はその増殖を支えるた めに、VEGF, bFGFといった血管新生因子を産生し、盛んに血管新生を促している。これらの因子に刺激された血管の内皮細胞は 血管外に移動し、新たに血管を形成する。したがってこの過程を ブロックすると、癌への栄養や酸素供給が絶たれ、いわゆる兵糧 攻めの状態となる。血管新生の際には、血管内皮細胞の表面に癌 細胞からの刺激を受けるための特殊なタンパク質が高発現してい るが、代表的なものがインテグリン・ファミリーの一つαvβ3である(図1)。 ALIGN="JUSTIFY">Hood ら1) は、インテグリンのアンタゴニストを表面に有するカチオン性のナノ粒子をベクターとした(図2)。 αvβ3を認識するアンタゴニスト部分はタウリンより7ステップで合成できる。 こ のアンタゴニストを3個結合したジアセチレン含有脂質と、フォ スファチジルコリン骨格を有するジアセチレン含有脂質、および カチオン性脂質の3者を混合し、得られたベシクルを光照射に よって高分子化すると 40 nm 前後の粒径のカチオン性ナノ粒子(αvβ 3-NP)が得られる。導入する遺伝子はシグナル伝達経路の Raf に注目し、この変異体(ATPμ-Raf)の cDNA を選択した。Raf の働きを抑えることで血管新生を抑制することができる。実 際、この αvβ3-NP と DNA の複合体(αvβ3-NP/Raf(-))を坦癌マ ウスに静注したところ、大腸癌(CT-26)の肺および肝転移巣の 顕著な退縮が見られた。

参考文献

1) M. Mizoguchi, M. Ishiyama, M. Shiga, K. Sasamoto, Anal. Commun., 35, 179 (1998).