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低分子リフォールディング剤

(株)同仁化学研究所 佐々本 一美

 

 ポストゲノム時代を迎え、組み換え蛋白質の受託生産ビジネス が盛んである。遺伝情報から読みとれるのは蛋白質の配列であり、 形、すなわち生物学的な活性については、どのような発現系を用 いるかによって全く異なる。最も汎用される大腸菌の場合、多く の外来蛋白質は封入体とよばれる凝集体を形成し、これが組み換 え蛋白質合成における最も大きな障害になっている。封入体が生 成した場合、変性剤や界面活性剤を用いて可溶化する。この活性 を失った状態から正しい構造に蛋白質を巻き戻せるかどうかが、 最もクリティカルな部分である。このリフォールディングには一 般的な効果的手法は存在せず、蛋白質によって試行錯誤が避けら れない1)

 ジスルフィド(-S-S-)結合をもつ蛋白質の場合、正しくS-S結 合を架けるには、チオール化合物(RSH)からなるレドックス・ バッファーに希釈して変性剤を除き、S-S結合をゆっくり架け直 せばよい。チオレートアニオン(RS-)が蛋白質内のS-S結合を 求核的に攻撃し、部分的にS-S結合が切れることでコンフォメー ションの自由度が増し、よりエネルギー的に安定なコンフォメー ションをとり易くなる。さらに、その状態で新たな分子内S−S 結合が形成される。このように、基本的にチオール求核反応の連 鎖であるリフォールディングを支配しているのは、RS- とS−S結合との反応の速度論的要因、および、蛋白質側の熱力学的要因 であると考えられる。

Fig.1 リフォールディング反応

 

 チオール化合物としては、グルタチオン(GSH)やシステイン、 DTTなどがレドックス・バッファーとして用いられるが、RS - の生成比、すなわちチオールの pKa 値が反応速度に大きな影響を与えることは、上記の議論からも理解できる。 pK a 値はそれぞれ、GSH やシステインが8.7、DTT は9.2 および 10.1 である。 したがって中性 pH では殆どが非解離型(RSH)となっている。 これに対して、生体内でリフォールディングを司っている酵素 protein disulfide isomerase(PDI)は、-Cys-Gly-His-Cys- という配列の活性部位が2箇所あり、片方のシステイン残基の pKa 値は 6.7 と非常に低くなっている。遊離のシステインと比べて100倍も酸性が高くなっているのは、空間的に近傍に位置する他 の残基の影響だが、低分子でも低い pKa 値を持ったものであれば同様の効果が期待できる(以前この稿でも紹介した BMC は、比較的に低い値をもっている(8.3, 9.9)2)。 しかしこれまで用いられてきたのは、BMC も含め全て脂肪族チオール化合物であり、低い pKa 値を達成するのは無理である。かといって、PDI のような酵素を使用するのは、コストが高く、かつ精製操作が複雑になる といった問題を抱えている。

Fig.2 化合物1の構造

 

 Lees らが報告している芳香族チオール(化合物1)3) は pKa 値が 6.6 と、PDI とほぼ同等の値をもっている(水溶性を付与する意味で、他端にカルボキシル基がついているが、SH 基の求核性に影響しないように共役しない位置にある)。論文では蛋白質とし て、リフォールディングの研究で汎用される RNase A(4個のS-S結合をもっている)を用い、ランダムにS-S結合が形成された 状態(scrambled)および完全に還元された状態からの巻き戻し 反応において GSH と性能を比較している。それによると、この in vitro リフォールディングの系において、化合物1は GSH の5−6倍の反応速度を示し、レドックス・バッファーとして有用で あると思われる。

 蛋白質の機能はいうまでもなく、その形(フォールド)にあり、 その意味で正しい形を作りあげるリフォールディングをコント ロールすることは、極めて重要な技術といえる。無論、求核性だ けではなく様々な要因がリフォールディングを支配しているが、 何ら認識能を持たない低分子でもシャペロンとしての可能性を秘 めていることが分かる。培養系へ添加するだけでいい真の低分子 シャペロンが開発される日もそう遠くではないかも知れない。

 

参考文献

1) 津本 浩平、三沢 悟、熊谷 泉、蛋白質・核酸・酵素2001, 46, 1238.

2) K. J. Woycechowsky, K. D. Wittrup and R. T. Raines, Chem. Biol.,1999, 6, 871.

3) J. D. Gough, R. H. Williams, Jr., A. E. Donofrio and W. J. Lees,J. Am. Chem,. Soc., 2002, 124,3885.