前回、エキシマー蛍光誘導体化法及びそのポリアミン類計測へ の適用について説明した。ポリアミン類は分子内に2〜4個のア
ミノ基を有しており、それらがいずれもピレン試薬で誘導体化さ れることでエキシマー蛍光現象が発現する。カルボキシル基用の ピレン誘導体化試薬(PBH)を使用することにより、分子内に複
数個のカルボン酸構造を有するポリカルボン酸も同様にエキシ マー蛍光誘導体化が可能である。ここではジカルボン酸分析への 適用について述べる。
ヒト尿中ジカルボン酸(Chart 1)は、特定酵素の欠損を起因とする種々の有機酸尿症等において増加するので、その測定は疾病 の診断や病因究明に利用されている。有機酸尿症の多くは先天的 な代謝異常が原因であったり、乳幼児期に発症したりすることが 多いので、その簡便なマススクリーニングや精査診断法の開発が 望まれている。これまでのところ、GC/MSによる一斉分析が行わ れているが、前処理法の煩雑さ、長い分析時間や高い分析コスト の面等に問題があり、マススクリーニング法への適用はなされて いない。そこで、尿中ジカルボン酸分析にエキシマー蛍光誘導体 化法を適用し、有機酸尿症のマススクリーニングのための蛍光ス ペクトル法(バッチ法)及び精査診断のためのHPLC法を開発し た。それらの操作法をChart 1に示す。
蛍光スペクトル分析(マススクリーニング): 尿中には種々のジカルボン酸類が存在する。それらをエキシマー蛍光誘導体化し、そ の蛍光強度を計測することにより、添加した試薬(PBH)やモノ カルボン酸類の妨害をほとんど受けることなく、ジカルボン酸類 を選択的に計測することができる。本法の定量では、ジカルボン 酸量の総和をアジピン酸量として求める。
尿をジメチルスルホキシドで10倍希釈し、PBHで誘導体化す る。反応液を50 %テトラヒドロフランで10000倍希釈し、蛍光スペクトルを計測する。図1(A)及び(B)に、それぞれ健常人及び U型グルタル酸尿症(有機酸尿症の一種)患者から得られたスペ クトルを示す。総ジカルボン酸量は、それぞれ0.38及び10.7 (μmolアジピン酸/mL尿)であった。このように、健常人尿中に は数十〜数百nmol/mL尿程度のジカルボン酸しか含まれていない が、患者尿中にはその数十〜数千倍のジカルボン酸が含まれてい る。従って、スペクトル分析によりエキシマー蛍光強度を計測す ることで、有機酸尿症のマススクリーニングが可能である。
HPLC分析(精査診断法):マススクリーニングにより有機酸尿症 患者を抽出した後、その精査診断を行う必要がある。そのために
は、ジカルボン酸類を分別定量することが必須で、HPLC法を開発した。
蛍光スペクトル法で得られた反応液を67%アセトニトリル (HPLC移動相)で10倍希釈したものをHPLCに注入する(Chart 1)。このとき、健常人及びU型グルタル酸尿症患者から得られたク
ロマトグラムを図2(A)及び(B)に示す。各ジカルボン酸(グルタ
ル酸、アジピン酸、スベリン酸及びセバシン酸)が分離定量された。 HPLC条件を変えることにより、その他のジカルボン酸の分離定量 も可能で、これにより本症の精査診断が可能になるであろう。
これらの方法は、従来のGC/MSよりはるかに簡便であり、本症のマススクリーニング及び精査診断に有効である。
ポリフェノール化合物は、その分子内に複数個のフェノール性 水酸基を有しているので、ピレン構造を有する水酸基用のラベル 化試薬(PBC)との組み合わせによりそれらのエキシマー蛍光検 出が可能である。ここではビスフェノール化合物(Chart 2)分析への適用について述べる。
外因性内分泌攪乱物質(環境ホルモン)との疑いが指摘されて いるビスフェノールAは、ポリカーボネート樹脂やエポキシ樹脂 などの原料として用いられている。そのため、これら樹脂からの 溶出が大きな社会問題となっており、特に乳幼児に対する影響が 懸念されている。そこでエキシマー蛍光誘導体化法によるポリ カーボネート製ほ乳びん溶出液中のビスフェノールA分析法を開 発した。
ほ乳びん溶出液の前処理法、誘導体化法及び分析条件をChart 2に、この操作法に従って分析したときのクロマトグラムを図3に 示す。本法で、未使用未洗浄ほ乳びんから極微量のビスフェノー ルAの溶出が確認されたが、溶出される量は使用・洗浄と共に徐々 に低い値となった(表1)。ポリカーボネート製ほ乳びんを乳幼児 に対して使用する場合には、使用前に良く洗浄し、樹脂表面に付 着しているビスフェノールAだけでも除去してやる必要があるこ とを示唆している。
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ほ乳びん
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ビスフェノールAの溶出量(ppb) | ||
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未洗浄ほ乳びん
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1度洗浄したほ乳びん
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3度洗浄したほ乳びん
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1
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0.002
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0.001
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<0.001
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2
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0.053
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0.013
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<0.001
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3
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0.028
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0.008
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<0.001
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4
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0.015
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0.004
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<0.001
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このように、エキシマー蛍光誘導体化は高選択性、高感度性を 併せ持つ実用的な蛍光誘導体化の手段である。現在、同様の構造 を有する医薬品や生体成分、あるいは他の化合物群(糖、チオー ル類など)への適用研究を進めている。
感度や選択性を向上させる試みとして、蛍光共鳴エネルギー移 動(FRET)等の蛍光特性を利用する蛍光誘導体化法の研究も行っ ている4)。
また、誘導体化という項目をもっと広く解釈すれば、各種成分 を対象にした電気化学や化学発光、MS検出用の誘導体化法も報 告されている。蛍光誘導体化法との棲み分けがどのようになされ るのか、これからの動向を見守りたい。
10回にわたり、主として生体関連物質についての蛍光誘導体化 法を概観した。蛍光誘導体化法は『単なる前処理法』の一環でし かないという捉え方をされることも多いが、我々がそうであるよ うに、多くの研究者は自らが挑戦してきた誘導体化の方法論が『単 なる前処理法』ではないと自負しているに違いない。蛍光誘導体 化法に馴染みのない方も『論より実』、それぞれの研究分野に本法 を取り入れられることを期待したい。分析領域の今後の発展のた めに、我々も微力ながらお手伝いしていくつもりである。
約3年間、本稿にお付き合いいただいた方に心よりお礼申し上 げます。
参考文献
1) 山口政俊ら、第13回生体成分の分析化学シンポジウム講演要旨集 p103 (1999).
2) 荒木淳也ら、日本分析化学会第49年会講演要旨集 p115 (2000).
3) 吉田秀幸ら、日本薬学会第121年会講演要旨集4 p121 (2001).
4) 吉武誠ら、日本薬学会第121年会講演要旨集4 p121 (2001).
| 著者紹介 | |
|---|---|
| 氏 名 | 山口 政俊(Masatoshi Yamaguchi) |
| 所属 | 福岡大学薬学部薬品分析学教室 教授 |
| 出身大学 | 九州大学大学院薬学研究科博士課程退学 |
| 学位 | 薬学博士 |
| 臨床・医薬品・薬学研究を志向する分析化学 | |
| 趣味 | スポーツ(見る・聞く・試す) |
| 連絡先 | 〒814-0180 福岡市城南区七隈8-19-1 TEL:092-871-6631 ext.6618 FAX:092-863-0389 E-mail: masayama@fukuoka-u.ac.jp |
| 氏 名 | 能田 均(Hitoshi Nohta) |
| 所属 | 福岡大学薬学部薬品分析学教室 助教授 |
| 出身大学 | 九州大学大学院薬学研究科博士課程退学 |
| 学位 | 薬学博士 |
| 蛍光、化学発光を利用する分析法の開発 | |
| 趣味 | テレビショッピング、100円ショッピング |
| 連絡先 | 〒814-0180 福岡市城南区七隈8-19-1 TEL:092-871-6631 ext.6619 FAX:092-863-0389 E-mail: nohta@fukuoka-u.ac.jp |