Topics on Chemistry

細胞膜の過酸化を見る試薬ーDPPP

(株)同仁化学研究所 佐々本 一美

  

我々の体は、長い進化の過程で酸素分子を積極的に取り入れるこ とで、陸上生活に必要な大きなエネルギーを産みだすことができ るようになった。同時に、酸素分子がもつ負の側面、すなわち「酸 化性」の脅威に晒されている。生体はこの酸化ストレスを常に受 けているが、その本体である(スーパーオキシドアニオン、ヒド ロキシラジカル、過酸化水素などの)活性酸素種による生体分子 の酸化的修飾は、各種の疾病や老化との関連で注目されている。例 えば、核酸の酸化損傷の代表的なものは8−ヒドロキシグアニン であり、タンパク質ではカルボニルタンパクがそうである。核酸 の障害は癌にむすびつき、また、タンパク質の場合は機能障害を 引き起こし、さらには、アミロイドーシスのような疾病との関係 も議論されている。

脂質は、これら核酸やタンパク質よりも酸化をうけ易く、ヒドロペルオキシド(LOOH、図1)や、さらに分解が進んだ二次生成 物であるアルデヒド化合物などを生成する。それらはさらにタンパク質の求核部位と反応し複雑な修飾体が形成され、タンパク質の劣化を引き起こすことになる。特に、脂質過酸化の初期に多量 に生成するヒドロペルオキシド類は、酸化ストレスマーカーとして近年関心を集めている。

脂質過酸化は細胞膜の構成成分であるリン脂質の不飽和脂肪酸部分に活性酸素が付加する反応であるが、良く知られた病態として、 脂質部分が酸化されたLDLをマクロファージが取り込み、泡沫細胞化されることによって起こる動脈硬化がある。また臨床検査の分野では、生体内での活性酸素産生や臓器の酸素障害、防御機構の低下などの推測に用いられている(因みに、血清中の脂質過酸 化物濃度は 2.0〜6.0μmol/l)。

図1 リン脂質の過酸化反応

 

その簡便性から汎用されている脂質過酸化物測定法として、チオバルビツール酸(TBA)法1)があるが、この方法はヒドロペルオ キシド類を測定するのではなく、その代表的な二次生成物であるマロンジアルデヒド(MDA)を主に測定している。試料はもちろん化学的な処理で破壊されるが、他の過酸化脂質由来の化合物とも反応するため、必ずしもヒドロペルオキシド類の定量法とは言えない。過酸化脂質の多様性や安定性の低さなどが、選択的な測定を難しくしている。

図2 DPPPと過酸化脂質との反応

 

DPPPはヒドロペルオキシド類と定量的に反応し、蛍光性の酸化物(DPPP=O、図2)を与えるため、これまで主として HPLC ポストカラム分析系に応用され、生体試料や食品中のヒドロペルオキシド類の高感度定量法として報告されている。2) 最近、沖本らは DPPP のマウス好中球(PMN)細胞膜の過酸化物の非破壊的な定量分析への応用を報告している。 3) DPPPは細胞とインキュベーション(37 ℃、10 分)することで 容易に細胞に導入される。これに過酸化水素あるいはメチルリノレイン酸ヒドロペルオキシ ド(MeLOOH)を加えたところ、濃度依存的に蛍光増強が見られ た。過酸化水素と比較し、MeLOOH では非常に大きな蛍光増強があり、導入されたDPPPが細胞膜にとどまり、膜中での濃度が高いMeLOOH と選択的に反応していることが確かめられた。さらに、蛍光顕微鏡下で細胞膜リン脂質の過酸化を可視化することができた。また、DPPP を導入した細胞をPMAで刺激後、時間をおってDPPP=Oの蛍光が増強する様子も確認されている。

このようにDPPPは膜の過酸化のみを選択的に捕らえることができ、また、反応が化学量論的に進むため、定量性にも優れている。 他の蛍光性プローブとしてフルオレッセイン系の DCFH やローダミン系の DHR 123 があるが、これらは LOOH のみならず過酸化水素やパーオキシナイトライト(ONOO -)にも反応するなど、選択性に問題がある。また、細胞質内の過酸化を測定するためのもので(DHR 123 はミトコンドリア集積性がある)、主な過酸化の場である細胞膜を見ることができない。DPPP は生きた細胞の膜の過酸化を、直接蛍光シグナルとして捕えることができる 唯一のプローブとして、今後の応用が期待される。

 

参考文献

1) K. Yagi, Methods Enzymol., 105, 328 - 331 (1984)
2) K. Akasaka,T. Suzuki, H. Ohrui and H. Meguro, Anal Lett., 20, 731-745,797-807(1987).
3) Y. Okimoto, A. Watanabe, E. Niki, T.Yamashita and N. Noguchi, FEBS Lett., 474,137-140(2000).

 

 

品  名 容量  価格(¥) コード番号

DPPP 10mg  8,500   340-07471