EDTAはFeイオンを結合すると、還元条件下でラジカルを発生し生体高分子を切断する性質をもっています。DNA結合蛋白質のDNA上の結合部位を、FeEDTAによる切断抵抗性領域として同定する「DNAフットプリンティング法」、蛋白質複合体中で表面に露出した部分を切断感受性領域として調べる「プロテインフットプリンティング法」は、最近の生命科学では広く利用されています。FeEDTAのこの反応性を利用し、蛋白質の特定部位にFeEDTAを結合し、その周辺の接触する核酸や蛋白質を同定し、また接触点を同定する目的で、BABE(p-bromoacetamidobenzyl EDTA)が生命科学研究に広く利用されるようになってきました。
BABEは、当初、金属を生体物質に結合させる架橋試薬として開発され、EDTA部位に放射性111In3+を結合させ、抗腫瘍性抗生物質であるブレオマイシンA2の末端に結合し、その集積でマウスの腫瘍部位を同定するなどの、薬理学的・臨床的な利用が計られてきました。最近になって、Feイオンを結合したBABE(FeBABE)が蛋白のペプチド結合と核酸ホスホジエステル結合の両方を選択的に、しかしアミノ酸配列・ヌクレオチド配列に関係なく、非特異的に切断する活性が注目され、その有用性が認められたことで効率的合成法が開発されました。
蛋白結合性のEDTA化合物は一般にMeares試薬と呼ばれます。BABEはbromoacetamido結合によって、蛋白質のシステイン残基のSH基と温和な条件で反応します。蛋白質の天然のシステイン残基あるいは遺伝子工学的手法によって導入したシステイン残基に、Feイオンを結合したBABE(FeBABE)を結合し、アスコルビン酸と過酸化水素を加えると活性ラジカルが発生し、ラジカル飛程距離内の核酸や蛋白質の主鎖の切断が起きます。この切断反応は秒単位で進行するので、反応は10秒から10分程度の短時間で進行し、FeBABEの分子構造から推定して、蛋白質システイン残基から12Åの位置にFeイオンが配置されるため、開裂するのはその周辺に限られます。切断個所をヌクレオチド配列やアミノ酸配列から解析することで、接触していた相手物質とその分子上の接触点を同定することが出来、蛋白質非結合型の切断試薬では得られない、蛋白質の三次元構造に関する情報までも得ることができます。核酸の切断に関してはヒドロキシルラジカルを介した酸化的な反応によるものと考えられていますが、ペプチド結合切断の機構としてはそれ以上に、鉄に配位したペルオキソ中間体によるカルボニル炭素の求核攻撃説が提唱されています。
最近、蛋白質のリジン残基や末端アミノ基に、2-iminothiolane(2-IT)を介在させることで、FeBABEを結合する応用法が開発されたことに依って、FeBABEの利用範囲はさらに拡大してきました。
FeBABEの蛋白−蛋白相互作用の接点解析に利用した例としては、大腸菌チトクロームbdオキシダーゼのサブユニットIとUの接点の同定、大腸菌RNAポリメラーゼのα,β,β’,σサブユニット間の接点の同定などがあります。一方、核酸切断から蛋白質の結合領域を同定した研究としては、大腸菌RNAポリメラーゼの遺伝子プロモーター結合域の同定や、リボゾーム蛋白質のRNA結合点の同定などがあります。
このように高分解能の構造情報が得られない複雑な蛋白質集合体のサブユニット内、あるいは、さらにそれらと相互作用する核酸分子との空間的関係を解明するのに有効であり、今後広く利用されると期待されます。今回、FeBABEは凍結乾燥品と溶液タイプを用意いたしました。凍結乾燥品は水、緩衝液、DMSOなどで溶解して御使用ください。溶液タイプは蛋白への結合に必要な塩基を調製してありますのですぐに用いることができます。