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ポルフィリンのテロメラーゼ阻害作用

 テロメア(telomere)は細胞の分裂回数を決めるいわゆる細胞寿命の本体として近年話題となっている。染色体の両末端に位置するテロメアはグアニンを多く含む単調な繰り返し構造を持っており、ヒトではTTAGGGを基本単位として、体細胞で6-10キロベース(kb)、精子で20kb繰り返されている。テロメアは分裂の度に5'末端が50-150塩基短縮してゆくため細胞分裂寿命の示標と考えられている。短くなったテロメアを複製・伸長する酵素テロメラーゼ(telomerase)は、生殖系、造血系を除く正常な体細胞では発現が抑制され、活性が見られないか非常に低いが、ヒト悪性腫瘍細胞の90%以上で活性が見られ、これによって癌細胞が不死化していると考えられている。したがって、この酵素テロメラーゼの阻害剤は腫瘍細胞の無限増殖を抑制することが期待され、現在、活発な開発競争が行われている。テロメラーゼの3次元構造はまだ解明されておらず、阻害剤の開発は主にアンチセンス戦略1)と、ここに紹介するG-quadruplex阻害2)の2つのアプローチがある。特に後者は最近大きな進展を見せ、注目されている。

 テロメアDNAは前述の如く、(ヒトを含む脊椎動物の場合)TTAGGGの6塩基の繰り返しであり、殆どは2本鎖構造をとっているが、3' 末端側には相補鎖との対をなさない1本鎖部分がはみ出していることが知られている3)。この部分はヒトでは150塩基以上と長く、テロメラーゼと直接結合しその活性を制御している部分である。ところが最近になって、この部分は1本鎖がかなりコンパクトに折り返された4本鎖構造(G-quadruplex 、図1A)をとっていることが分かってきた4)。グアニン間の結合は良く知られた Watson-Crick 型の塩基対形成ではなく、7位窒素が水素結合に関与する Hoogsteen 塩基対である(図1B)。図ではquadruplex を正方形として表しているが、このときの1辺の長さは10〜11Åである。この部分に特異的に結合できる化合物は、テロメラーゼ活性を阻害することで癌細胞の増殖を選択的に抑制することが期待される。

 ポルフィリン化合物は光増感作用によりDNA鎖を切断するため、癌治療に応用されており(フォトダイナミックス療法)、このためポルフィリン化合物とDNAとの相互作用は精力的に研究されてきた5)。特に、カチオン性のポルフィリン化合物である5,10,15,20-tetra-(N-methyl-4-pyridyl)porphine(TMPyP4、図2)はDNAと結合することが知られていたが6)、最近、Wheelhouse らによってヒトの HeLa 細胞のテロメラーゼ活性に対する阻害効果が確認された7), 8)。TMPyP4は平面構造をとり、隣接するピリジル基の窒素間距離は約9Åと、サイズもほぼ G-quadruplex に近く、また、カチオン性窒素はDNAリン酸基と静電的な相互作用をしている。彼等はポルフィリンのもつ光増感作用によってDNAを切断することによりTMPyP4とG-quadruplex との結合部位を詳細に検討し、図1Aに示すような外側からのスタッキングモデルを提唱している。また、このときのテロメラーゼに対するIC50値は6.5±1.4μMと強く阻害することが分かった。

 最近、ポルフィリンを含む一部の化合物は単に G-quadruplex に結合、安定化するのではなく、むしろ G-quadruplex 生成を促進しているのではないかという可能性が示唆されている9)。丁度、蛋白が分子シャペロンによって折り畳まれ機能性の高次構造をとるように、G-quadruplex 阻害剤は3'末端の単鎖部分を折り畳み G-quadruplex を形成している可能性がある。これによって telomerase による伸長反応を免れることが阻害のメカニズムであり、G-quadruplex の生物学的な意味もそこにあると考えられる。いずれにせよ、G-quadruplex 阻害剤はこれまで考えられてきたような単なる結合阻害ではなく、よりダイナミックなプロセスに関与している可能性が高く、TMPyP4を始めとするプローブ分子によって解明されることが期待される。

参考文献 1) J. Feng, W. D. Funk, S. S. Wang, S. L. Weinrich, A. A. Avillon, C. P. Chiu, R. R. Adams, E. Chang, R. C. Allsop and J. Yu, Science, 1995, 269, 1236-1241.
2) A. M. Zahler, J. R. Williamson, T. R. Cech and D. M. Prescott, Nature, 1991, 350, 718-720.
3) E. H. Blackburn and C. W. Greider, Eds.(1995)Telomerase, Cold Spring Harbor Press, New York.
4) W. I. Sundquist and A. Klug, Nature, 1989, 342, 825-829.
5) L. G. Marzilli, New J. Chem., 1990, 14, 409-420.
6) Y. Li, C. R. Geyer and D. Sen, Biochemistry, 1996, 35, 6911-6922.
7) R. T. Wheelhouse, D. Sun, H. Han, F. X. Han and L. H. Hurley, J. Am. Chem. Soc., 1998, 120, 3261-3262.
8) F. X. Han, R. T. Wheelhouse and L. H. Hurley, J. Am. Chem. Soc., 1999, 121, 3561-3570.
9) Chemical & Engineering News, July 5, 1999, p36-37 and references cited therein.