生体中には極めて多くの種類のアミノ基含有成分が存在している。従って、前号で述べた試薬類(第1及び第2アミノ基用試薬)を用いた場合、ほとんど全てのアミン類が誘導体化されてしまい、目的成分を計測するとき、誘導体化の前後におけるクリーンアップ処理が極めて複雑になる場合が多い。特に、カテコールアミンやセロトニンなどは生体中に極めて微量しか存在しておらず、またその前駆体や代謝物が多く共存している。従って、これらアミン類の測定には特に高感度かつ高選択的な蛍光試薬(あるいは反応)が必要である。次に示すアミン類を計測する場合、その成分に特有の試薬あるいは反応の使用が有利になる1)。
カテコールアミンに選択的な蛍光誘導体化反応として、トリヒドロキシインドール(THI)法及びエチレンジアミン(ED)法が使用されてきた(Fig.1A及びB)。THI法及びED法は、ポストカラム誘導体化法に用いられる。これらの方法の中で、THI法は選択性に優れているが、感度の点でやや問題がある。特に、ドパミンに対する感度が低い。
最近、1, 2-ジフェニルエチレンジアミン(メソ体、DPE)がカテコールアミンの測定に汎用されている(Fig.1C)。DPEは、ヘキサシアノ鉄(V)酸カリウムの存在下、緩和な条件(pH6.5-6.8, 37-50℃)でカテコールアミンと反応する。DPE法は、すべてのカテコールアミン類に対して最も感度が高く、検出限界は約5fmolである。また、プレ及びポストカラム法の両方に適用できる。
DPE反応は、4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル化合物の測定にも利用されている。これら化合物を、電解酸化または過ヨウ素酸酸化してo-キノン体とし、DPE反応により蛍光誘導体化する。これをポストカラム蛍光誘導体化HPLCに利用してカテコールアミン及びその代謝物を一斉分析できる。
セロトニンはそれ自身が比較的強い自然蛍光(励起及び発光極大波長、それぞれ280nm及び350nm付近)を持っており、その代謝物も同様の蛍光を有しているので、セロトニン関連物質の同時定量も可能である。より感度の高い分析のためにOPAによるポストカラム蛍光誘導体化HPLCも報告されている。
近年の大きな社会問題である高齢化やストレス社会において、脳機能や精神疾患研究が重要になっている。これらの研究のために、神経伝達物質であるセロトニン関連物質の計測に対し、さらなる高感度化が要求されるようになった。次の蛍光反応が開発され、その使用が注目されている。
セロトニンを含む5-ヒドロキシインドール化合物は、ベンジルアミンとヘキサシアノ鉄(V)酸カリウムの存在下、緩和な条件で(pH9、37℃、数分)蛍光反応する(Fig. 2)。この反応は、プレ及びポストラベル法の両方に適用でき、検出限界はいずれの場合も数fmol/注入量である。
ヒスタミンはチオール化合物の非存在下、OPAと反応する(Fig. 3)。この誘導体化法はヒスタミンに選択性が高く、プレ及びポストカラム誘導体化HPLCに応用されている。
グアニジノ化合物及びアルギニンは、9, 10-フェナンスラキノン(PQ)又はベンゾインと蛍光反応する(Fig. 4)。PQは、アルカリ性、続いて酸性条件下でグアニジノ化合物と反応し、蛍光性物質に導かれる。蛍光性物質が単一でないため、本試薬はポストカラム蛍光誘導体化のみに用いられる。一方、ベンゾインは同様の条件で反応が進行し、生じる蛍光物質が単一であるため、プレ及びポストカラム法の両方に用いることが可能である。ベンゾインを用いるプレカラム誘導体化HPLCにおけるグアニジノ化合物の検出限界は0.2pmol/注入量である。
トリプトファン及びインドールアミン類は酸化剤の存在下、ホルムアルデヒド、クロロアセトアルデヒド又はメトキシアセトアルデヒドとかなり過激な条件(酸性、100℃, 50-60分)で蛍光反応する。この反応はプレカラムHPLCに適用できる。
フェニルグリオキサール(PGO)はトリプトファンと極めて選択的に反応(酸性、100℃、15分間)する(Fig. 5)。この反応のプレカラムHPLCは、検出限界が0.2pmol/注入量である。
カテコールアミン(エピネフリン、ノルエピネフリン、ドパミンなど)は、神経伝達物質やホルモンとして生体の恒常性を保っている物質で、その生体内濃度は各種の病態とも深く関与している。しかし、生体試料中の濃度は極めて低く、また類縁化合物も多く存在するので、その測定には極めて高い選択性と高感度性が要求される。DPEを用いる血漿カテコールアミン類のプレカラムHPLC測定法(Chart1)を紹介する。これは、血漿から陽イオン交換カートリッジでアミン類を固相抽出し、抽出液のカテコールアミンだけを蛍光誘導体化することに基づいている。この方法により、従来法では測定が困難であったドパミンも精度良く測定できる(Fig. 6)。
(イ)血漿
血漿中には、主にセロトニン(5HT)及びその主代謝物である5-ヒドロキシインドール-3-酢酸(5HIAA)が存在する。血漿中のこれらアミン量が異常を示す疾患として、カルチノイド腫瘍、ダンピング症候群、喘息及び偏頭痛などが報告されている。血漿中のセロトニン関連物質の定量は、これらの疾患の診断及び治療予後のモニタリングを行ううえで重要である。この計測に、ベンジルアミンを誘導体化試薬とするポストカラムHPLC蛍光検出法が開発されている。内標準物質に5-ヒドロキシ-3-アセトアミド(5HA)を使用する。
血漿サンプルの前処理 5HTは、主に血小板に存在している。従って、血漿分析に際しては、血小板の影響を除く必要があるため、本測定では無血小板血漿を用いる。
ヒト血漿(無血小板血漿)200μLに0.5μM 5HA(I. S.)40μL及び1.5M過塩素酸80μLを加え混和し、除タンパク及び抽出を行う。混液を1300gで10分間遠心・分離後、上清をフィルター(0.45μm、アセチルセルロース製)でろ過し、このろ液100μLをHPLCに注入する。
ポストカラムHPLC蛍光検出システムをFig. 7に示す。本法の検出限度は10-50fmol/注入量である。
健常人、喘息患者及びカルチノイド患者血漿から得られるクロマトグラムをFig. 8の(A),(B)及び(C)にそれぞれ示す。血漿中の5HT及び5HIAAが、簡便な除タンパク法のみによる前処理操作で20分以内に分離検出される。本法は、カルチノイド腫瘍や喘息などの疾患の診断、治療予後のモニタリングに有効である。
(ロ)脳
5HTの重要な生理的役割として中枢における神経伝達物質としての働きがあり、精神機能、情動運動、知覚、自立機能に関与するものとして注目されている。前述の方法を、ラット脳各部位の5HT及びその代謝物である5-ヒドロキシトリプトフォール(5HOL)、5HIAAの同時定量に適用している。
ラット脳サンプルの調製 摘出ラット脳を大脳皮質、線状体、海馬、視床下部に分画し、それぞれ0.5M過塩素酸(含0.02w/v%アスコルビン酸)でホモジネート(1:5, w/v)し、このホモジネート液に1μM 5HA(I. S.)50μLを加え、混和後、遠心分離する。上清をフィルターでろ過し、その100μLをHPLCに注入する。
1例として大脳皮質より得られたクロマトグラムをFig. 9に示す。脳内の5HT、5HOL及び5HIAAを感度よく、同時定量できる。
神経伝達物質の1つであるセロトニンの脳内インビボ計測は、感情障害などの脳神経科学研究、薬物の作用機序の解明や薬物療法の評価に重要である。ベンジルアミンをプレカラム試薬に用いる標記測定法が報告されている。これは、微小透析プローブの半透膜を通し、ラット脳内の小分子を抽出し、その中のセロトニンのみをベンジルアミンで選択的に蛍光誘導体化することに基づく。
ラット脳から微小透析法(Fig. 10)によって、5分間サンプリングした透析液(10μL)に、ベンジルアミン溶液*10μLを加え、室温で2分間放置した後、その5μLをHPLCに注入する。
*ベンジルアミン溶液:0.3M CAPS緩衝液(pH12.0)-メタノール混液(1:9, v/v)、0.2Mベンジルアミン溶液[水-メタノール混液(1:9, v/v)で調製]、100mMヘキサシアノ鉄(V)酸カリウム溶液[水-メタノール混液(1:1, v/v)で調製]、及びメタノールを5:9:3:3(v/v)の割合で混合し調製。
脳微小透析中セロトニンは、前頭葉及び海馬で約5分、線状体で約10分以内に分離検出された(Fig. 11)。検出限界は、約75 amol/注入量と高感度である。これにより、従来の脳微小透析-HPLC-電気化学検出法では困難であった、短周期(2-3分間)での脳内インビボ計測が可能になった。
最近、ベンジルアミンが、セロトニンとの誘導体化とは異なった条件で、エピネフリンとも反応する(Fig. 2)ことが見いだされ6-7)、これを用いる微小透析-蛍光HPLCによるラット脳内エピネフリンのインビボ計測も報告されている8)。
以上の実用例は、生体成分に対し固有の蛍光誘導体化試薬を用いることによって、比較的簡便な前処理により生体試料中の特定成分が計測可能になることを示した。このように、例えばカテコールアミンやセロトニンの測定に見られるように、誘導体化試薬の選択に際しては、先ず、目的成分とのみ反応する試薬を用いるべきであろう。
参考文献
1)大倉洋甫, 能田 均, ドージンニュース, No. 64, p. 3(1993).
2)A. Mitsui, H. Nohta, Y. Ohkura, J. Chromatogr., 344, 61(1985).
3)J. Ishida, R. Iisuka, M. Yamaguchi, Clin. Chem., 39(11), 2355(1993).
4)石田淳一, 山口政俊, Jasco Report, 39(1), 17(1997).
5)J. Ishida, T. Yoshitake, K. Fujino, K. Kawano, J. Kehr, M. Yamaguchi, Anal. Chim. Acta, 365, 227(1998).
6)H. Nohta, T. Yukizawa, M. Yoshimura, J. Ishida, M. Yamaguchi, Anal. Chim. Acta, 344, 233(1997).
7)M. Yamaguchi, J. Ishida, M. Yoshimura, Analyst, 123, 307(1998).
8)M. Yamaguchi, T. Yoshitake, K. Fujino, K. Kawano, J. Kehr, J. Ishida, Anal. Biochem., 270, 296(1999).