試料の前処理12 |
(株)同仁化学研究所 大倉洋甫
この連載は今回で最終回を迎える。
微量有機化合物の分析における試料の前処理法を概説してきた。主要ターゲットは生体試料中の物質であり、現在最も繁用され、かつここ当分の間なお繁用されるであろうHPLCを最終測定に用いることを念頭においた。
ご参考までに、従来説明した項目とそのドージンニュースにおける所在をあげておこう。
1項 | はじめに:77、11(1995) |
2項 | 何のための前処理か:同上 |
3項 | サンプリング:78、22(1996) |
4項 | 前処理法のラインナップ:同上 |
5項 | 汚染と対策:79、12(1996) |
6項 | 水づくり:同上 |
7項 | 液・液抽出:81、12(1996);82、19(1996);83、24(1996)。 |
8項 | 吸着と脱着(固・液抽出、固相抽出を含む):83、24(1996);84、20(1997) |
9項 | 透析:85、16(1997) |
10項 | 限界濾過:86、12(1998) |
11項 | 除たんぱく:87、10(1998) |
12項 | 簡単な分離分析技術利用による荒分け(PC、TLC、LC、電気泳動の利用):88、7(1998) |
試料溶液中の目的物質を選択的に濃縮する必要がある場合が多い。
溶液の濃縮を、遠心しながら減圧下に行う遠心減圧濃縮は、突沸による損失や汚染がなく、便利である。減圧遠心機が市販されており、微少容量でも取り扱える。
乾燥空気、窒素、ヘリウムなどのガスを溶液に吹きつけ、溶媒を揮散させる方法もよく使われ、微量試料のときは便利である。
熱不安定生物質の濃縮は凍結乾燥によって行う。勿論これは微少容量でも行える。
濃縮にはまた、固相抽出、荒分け用各種クロマトグラフィー、電気泳動、限外濾過(高分子物質の濃縮に好都合)、微量溶媒による液・液抽出、抽出液の微量溶媒(緩衝液を含む)を用いる逆抽出が役立つ。これらの方法は既に述べた。
試料溶液の濃縮や乾固にロータリエバポレーターを用いる方法が使えるが、微少試料溶液の場合は使用に工夫が必要となる。
言うまでもなく、誘導体化は有機化合物の測定における検出感度と選択制を高めるための主要な前処理の1つである。
これは分離分析において多用され、分析対象物質の分離に好都合で、使用する検出装置に好感度に応答するような誘導体を与える誘導体化試薬や反応によって行う必要がある。
誘導体化では、特定物質に固有の誘導体化を施すことは少ない。特定官能基に選択的な、すなわち、群特異的な誘導体化試薬を使うことが多い。従って易反応性で特徴的かつ好感度検出に有用な各種官能基用の誘導体化試薬が多数開発され、実用されている。このなかで多用されているものについてはキット化されて市販されているものもある。
誘導体化は、また、妨害物質の測定への影響を極力減少させる条件を検討して行う。このため、妨害物質や非分析対象物質に対する誘導体化反応の阻害剤や阻害反応条件を検討して利用する。例えば12項で述べたように、アミノ酸が妨害する場合には、Ni2+錯体を形成させ、マスキングを行う。
カラムを使う分離分析では、分離前に試料と誘導体化反応に附すプレカラム誘導体化(プレラベル化)と分離後に行うポストカラム誘導体化(ポストラベル化)の2方法の他に、カラム内、特にカラム入口附近で誘導体化を行うオンカラム誘導体化法がある。
プレカラム法は手操作で誘導体化反応が行われることが多く、この場合、生成誘導体が安定であることが要求されるが、反応が迅速であることを要しない。
ポストカラム法とオンカラム法では誘導体化と分離を連続的に行うことがほとんどであるので、誘導体は検出器を通るまで安定であればよいが、誘導体化反応は迅速であることが望ましい。その場合は、誘導体化反応のシステムは自動化HPLCシステムの一部として組み込むことができる。プレカラム法を自動化し、分離を連続的に行う場合もポストカラム法における誘導体化に関する諸要件と同様の要件が求められる。なお、GC及びGC・MS分析では一般にプレカラム法のみが用いられ、極性不揮発性物質を揮発性誘導体に変える。
自動HPLCシステムにおける流路は、コンピューター制御の自動カラムスイッチングにおけるモーターバルブを使用して、その切り替えを行う。勿論、手操作によるカラムスイッチングも非ルーチン分析のときは有用である。
HPLCにおいては、紫外可視光吸収基(発色団、UVラベル)、蛍光基(レーザー誘起蛍光、エキシマー蛍光、蛍光偏光解消などにも関与する発蛍光団;蛍光ラベル)、化学発光基(化学的励起により蛍光を発する化学発光団;化学発光ラベル)、電極活物質(電極活性団)の目的物質への導入、目的物質の変換が誘導体化としてなされる。
電気化学検出器のうち、ボルタンメトリー検出器や電導度検出器ではなく、クーロメトリー検出器を使うと、ポストカラム誘導体化法における酸化反応器として利用できる。
電気泳動及びキャピラリー電気泳動においても好感度化及び高選択性化のための誘導体化などが研究され、実用されつつある。
ご参考まで、同仁化学研究所が取扱う誘導体化(ラベル化)試薬のリストを本号に収載しておく。
ポストカラム誘導体化を利用した自動化HPLCの例を上げよう。血漿、血清、尿中などのカテコールアミン(アドレナリン、ノルアドレナリン及びドーパミン)を1, 2-ジフェニルエチレンジアミン(DPE;反応式はドージンニュース、84、20(1997)参照)によって誘導体化することに基づくもので、これを生体試料の自動前処理と組合せて自動分析計を構成したものである。(T. Iwaeda, K. Kuroki, H. Takahashi, Y. Saitoh, H. Watanabe, Y. Ohkura, to be prepared)。自動分析計のフローダイアグラムを図13-1に示す。
血漿、血清、尿などの生体試料は過塩素酸使用などの適当な方法で除たんぱくする。得た試験液を自動分析計へオートサンプラーを介して導入する。最初にエーテル結合充てん剤を充てんした第1のカラムに、溶離液A(酢酸塩・過塩素酸塩溶液)及びB(酢酸塩含有アセトニトリル)を用いて通す。カテコールアミン及び類似物質以外の成分をカラムスイッチングのモーターバルブの操作により捨てる。次にカテコールアミン含有フラクションをスルホプロピルレジンの強陽イオン交換体を充てんした第2のカラムに溶離液C(過塩素酸塩)を使用して更にクリーンアップする。最後に上記イオン交換体を充てんした第3のカラム(ほぼコンベンショナルサイズ)で溶離液Cを引き続き使用してカテコールアミンを精密分離する。溶出液に自動的に酸化剤溶液D(ヘキサシアノ鉄(III)酸溶液;DPE反応に必要な酸化剤)及び試薬溶液E(DPE溶液)を混合し、反応コイルに導いて蛍光反応を行う。ここで酸化剤の代りに、クーロメトリー検出器を用いてもよい(H. Nohta et al., J. Chromatogr., 467, 237(1989))。
上記の操作はすべてコンピューターコントロールされる。カテコールアミンの検出限界は20〜40fmol/注入量(S/N=5)である。血清カテコールアミンのクロマトグラムの例を参考までに図13-2に示す。この自動分析計は更に改良が加えられ、必要な試薬溶液とともに市販されている。なお、DPE反応をプレカラム誘導体化に用いたカテコールアミン分析計も市販されている。
(誘導体化に関する総説、解説が本ニュースの次号以降に掲載される予定である。)
LCにおけるクーロメトリー検出器は前項に述べた酸化反応器としてのみならず、妨害物質の酸化還元による不活性化反応器としても活用できる。
共沸混合物形成も必要なら利用することができる。
特に生体試料の場合、共存する妨害物質を特定の酵素を用いる反応によって非妨害物質に変換することも前処理に利用される。
12回に亘り、主として生体試料をターゲットとする前処理技術を概観した。ここに一括してみると、一昔前からの固相抽出用カートリッジ、微量化に対応した限外濾過器、日本では少し使いにくい事情のある超臨界流体抽出法、溶媒抽出の加圧、加熱による高効率化と微量化、各種高感度高選択的誘導体化試薬、エレクトロニクス・コンピューター利用による処理の自動化などが目ぼしいものである。省力的で低コストの画期的な前処理法の出現を期待する。
本稿で述べた事項は前処理の骨組みに過ぎない。詳細で各論的でかつ理論的な事項は、昨今、いろいろの学会誌が前処理の特集などを載せているので、それらも参照しながら文献をみて欲しい。
最近、ますます超微量分析が要求されるようになった。これは目的物質などによる汚染のない試薬、水を含む溶媒類などを厳しく要求していることになる。
約3年間、本稿におつきあいいただいたかた方に心より厚くお礼申し上げる。内輪で申し訳ないが、同仁化学研究所の本ニュース担当のかた方には深謝する。これらのかた方には、筆者が中国天津に出向していた関係で多大の労力をおかけした。
著者プロフィール
大倉 洋甫(Yosuke OHKURA)
所属:同仁化学研究所・九州大学名誉教授
昭和28年九州大学医学部薬学科卒、同47年九州大学薬学部教授、平成4年九州大学薬学部長、昭和60年日本分析化学会学会賞受賞。