ペブチドプローブを用いた蛋白リン酸化酵素類の可視化 |
(株)同仁化学研究所 大瀬戸 文夫
細胞生物学・薬理学・免疫学をはじめとする生物学あるいは医学の分野においては、細胞内情報伝達に関する研究はますます盛んに行われている。更には、癌をはじめとする各種疾病のメカニズムを情報伝達と結び付けて研究しようとする動きも盛んである。細胞の受けた刺激は様々な細胞応答として現れるが、そこに至る間には、各種低分子化合物やタンパク質の関与があることが徐々に明らかにされつつある。最近では、それら情報伝達物質の細胞内での時間的、空間的局在を明らかにするための細胞内イメージングに関する研究も盛んである。
細胞機能を解析する方法には、放射性同位元素(RI)を用いる手法、吸光・蛍光・化学発光など光化学的手法あるいは電気化学的方法などがある。その中でも、蛍光分析は極めて高感度な分析手法であり、細胞内機能物質の蛍光検出はもとより、共焦点レーザー顕微鏡などの測定機器の利用によって、高い時間分解能・空間分解能をもとにした動的解析、可視化が可能である。多くの場合、細胞を破壊せず試薬を導入することが可能であり、より負荷の少ない「自然」に近い状態で細胞を観察することが可能である。
近年、蛍光試薬及び測定機器の発達により、細胞内での様々な情報伝達物質の動的解析が可能になってきている。特にセカンドメッセンジャ−として機能するカルシウムイオンに関して言えば、Fura 2 をはじめとする数多くの優れた蛍光性カルシウムプローブにより、細胞内の濃度変化を可視化し、動的に捉えることが可能となった。しかしながら、cAMPやIP3などカルシウム以外のセカンドメッセンジャー類、タンパクキナーゼやフォスファターゼ類、その他情報伝達関連物質の殆どは、それぞれに特異的なプローブがなく、細胞内における動的解析が遅れているのが現状である。
最近になって、情報伝達物質、特にキナーゼ類の細胞内可視化の方法として、その特異的な基質に蛍光基を導入し、リン酸化/脱リン酸化の過程を蛍光変化で追う新しいタイプのプローブが開発され注目を集めている。その研究の中から、PKA(cAMP依存性タンパクキナーゼ)の細胞内での動的解析に関する研究を中心に、蛍光性ペプチドプローブの特性について概説する。
細胞にもたらされた情報は、一般的には細胞膜表面の受容体に捕捉され、セカンドメッセンジャーを介して細胞内部へ伝達されていく1)。cAMP(環状AMP)は、カルシウムイオンと並び、セカンドメッセンジャーとして細胞内情報伝達系において重要な役割を演じており、PKAを活性化し、特異的遺伝子発現などの様々な細胞応答を調節している。すなわち、Gタンパクに共役する細胞表面受容体にリガンドが結合すると、活性化Gタンパクを介してアデニル酸シクラーゼが活性化され、細胞内のcAMP濃度を上昇させる。cAMPはPKAの調節ドメイン(regulatory domain)に結合して活性化し触媒ドメイン(catalytic domain)の解離を促す。活性化した触媒ドメインは核内に移動しCREB(cAMP responsive element binding protein)をリン酸化し、最終的にCRE(cAMP responsive element)を活性化して最終的な遺伝子発現へと導く2)。
また、PKAはCa2+/カルモジュリン依存性タンパクキナーゼII(CaMKII)同様、脳内の海馬における記憶の形成やその長期増強(LTP:long term potentiation)などに深く関与していることが次第に明らかになってきており3)、したがって、cAMPからPKAに至る情報伝達系の、細胞内における動的解析および可視化を実現する特異的なプローブの開発が望まれている。
McIlroyらは、PKC(リン脂質/カルシウム依存性タンパクキナーゼ)の特異的基質であり、4つのPKC依存性のリン酸化部位を含むアミノ酸25個からなるペプチド(MARCKS:KKKKKRFSFKKSFKLSGFSFKKNKK)を用い、そのN末端をCysに変え、蛍光基としてacrylodanを付加した蛍光性ペプチドプローブを合成した4)。このプローブはPKCの活性化によりリン酸化を受け、蛍光強度が減少するものである。PKAおよびCaMKIIなど他のキナーゼによる蛍光強度の減少が殆ど観測されないことから、これはPKCに特異的な変化であり、したがってこの基質はPKCのプローブとなることを示している。この結果は、キナーゼプローブの設計において重要な知見を与えている。すなわち、目的とするキナーゼの特異的基質から、そのリン酸化部位を含む最小限のペプチド配列を選び出し、リン酸化/脱リン酸化過程において構造変化を反映する部位に蛍光団を導入することにより、その蛍光性プローブを作成することが可能であるということである。したがって、どの配列を選び、どの部位に、どのような方法でどの蛍光団を導入するかが、ペプチドプローブ合成の鍵となってくる。
PKAのホロ酵素には少なくとも2種類(type I 及びtype II)あり、その中で、type IIはその調節ドメイン内に自己リン酸化部位(autophosphorylation site)を持っていることが知られている5)。東京薬科大学の工藤先生らは牛の心筋からtype II 型のPKA調節ドメインを抽出し、プロテアーゼ処理により切断したペプチド断片の中から、自己リン酸化部位を含む、81から99番目のアミノ酸19個からなるペプチド断片(R II Domain)を基本とし、C末端にacrylodanを付加したPKAの特異的蛍光性ペプチドプローブ、AR IIを開発した6)。AR IIは、524nm(λex:366 nm)に蛍光を示す。細胞膜透過性であるため、培養液に添加するだけで細胞内に負荷することが可能である。
AR II : DLDVPIPGRFDRRVSVAAC-Acrylodan試験管内で15μg/mlのAR IIを10mM の酢酸マグネシウム、1mMのEDTA及び0.5mMのATPと共にpH7.5のHEPESバッファーに溶解し、5から10μg/mlのPKA存在下、0.5mMのcAMP添加によるPKAの活性化によりAR IIの蛍光強度が減少することを観測している。PKA溶液の代りに、神経芽細胞腫の細胞溶解液を加え、cAMPを添加することにより同様に蛍光が減少することが観測された。液体クロマトグラフによる検討から、系内にリン酸化したAR IIが生成していることを確認している。更に、PKAの特異的阻害剤、H-89を添加すると蛍光強度の減少が抑制されることから、この蛍光変化はAR IIのリン酸化に起因していると考えられる。また、AR IIはCaMKIIの活性化条件下では全く蛍光変化を誘導しないことからも、PKA特異的なプローブであると言える。
DR II : DLDVPLPAKADRRVSVAAC-DACM
Tsienらは、cAMPのプローブとして、PKAのホロ酵素、触媒ドメイン及び調節ドメインそれぞれに fluorescein 及び rhodamineを導入したFlCRhRを合成している7)。cAMPの結合によりPKAが活性化し、その結果触媒ドメインが解離するときの蛍光波長変化からcAMPの活性変化を追うことが可能である。レシオメトリーが取れるという利点があるものの、PKAホロ酵素に直接蛍光団を付加した複雑なプローブであるため極めて合成が難しく、したがって、試薬として売り出されてはいるものの、大変高価なものとして知られている。また、分子量が大きいため、細胞内への負荷にはマイクロインジェクションが必要なことから、非常に取り扱い辛い点が上げあられる。一方、AR II 及びDR IIは、細胞膜透過性のオリゴペプチドであり、培養液に添加するだけで、容易に細胞内へ負荷することが可能である。また、合成が比較的容易であるため価格を低く抑えることが可能である。今後の情報伝達物質の動的解析に大いに貢献するプローブであると思われる。
Ca2+/カルモジュリン依存性キナーゼII(CaMKII)の基質でアミノ酸15個からなる合成ペプチド、Syntide 2を利用したCaMKII 用蛍光性ペプチドプローブAS2などが開発されるなど8)、目的とするキナーゼに特異的な基質を用いたペプチドプローブの開発は今後益々増えてくるものと予想される。あらかじめリン酸化したものはフォスファターゼの基質に利用することも可能であり、同様の考えのもと、チロシンキナーゼ、MAPKなど多くのキナ−ゼ、フォスファタ−ゼの蛍光基質の設計・合成が可能である。多くの特異的蛍光基質の出現と、したがってそれらを用いた細胞内での動的解析研究が、今後益々活発に行われることを期待している。
参考文献
1)B. Alberts, et al., The Cell, Garland publishing, New York, 1994.
2)M. Hagiwara, 生化学, 67, 1390(1995).
3)U. Frey, Y.-Y. Huang, E. R. Kandel, Science, 260, 1661(1993).
4)B. K. McIlroy, J. D. Walters, J. D. Johnson, Anal. Biochem., 195, 148(1991).
5)J. L. Meinkoth, Y. Ji, S. S. Taylor, J. R. Feramisco, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 9595(1990).
6)H. Higashi, K. Sato, A. Ohtake, A. Omori, S. Yoshida, Y. Kudo, FEBS Lett., 414, 55(1997).
7)S. R. Adams, A. T. Harootunian, Y. J. Buechler, S. S. Taylor, R. Y. Tsien, Nature, 349, 694 (1991).
8)H. Higashi, K. Sato, A. Omori, M. Sekiguchi, A. Ohtake, Y. Kudo, Neuroreport, 7, 2695(1996).