試料の前処理11


(株)同仁化学研究所  大倉 洋甫

 このシリーズでは、生体試料中などの微量有機化合物の分析を主としてHPLCで行なう際の試料の前処理の方法について、ごく簡単に説明している。1〜6項で基礎的な重要事項を総括し、7〜8項で溶媒等による抽出方法を固相抽出法を含めて概説した。9〜10項で分子サイズ別二分画法である透析と限外濾過の各方法の利用について概観した。11項で除たんぱくについて述べた。

12.簡単な分離分析技術利用による荒分け

 簡易・迅速で、かつ自動化できる前処理用分離技術として、固相抽出法(本シリーズ8項C;ドージンニュース 84)が広く活用されている。しかし、このもとになったペーパークロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー及びオープンカラムクロマトグラフィー、さらには簡易な電気泳動も前処理に利用すべき価値を有する方法である。

a.ペーパークロマトグラフィー及び薄層クロマトグラフィー
 これら旧来からの展開クロマトグラフィーも分析目的物質の試料からの荒分けには依然として有用である。 ペーパークロマトグラフィーは、使用する濾紙に含まれる約20%の水を固定相として利用する順相分配クロマトグラフィーとして用いるのが一般的である。従って分離可能な物質に制約があり、分離能もあまりよくなく、分離に長時間を要する。また、分離スポットの検出に強酸と高温が使えない。一般にはデンシトメーター*で検出する。便利な点は、目的物質あるいは目的物質群のスポット部分を切り取ることが容易であることであり、切り取った部分を溶媒などによる抽出に付す。(*クロマトスキャナー)
 薄層クロマトグラフィーは現在もかなり広く実用されている。これはこの方法の簡易さと経済性のみならず、予試験的に使うのにかなりの分離能を持っているからである。また、分離モードもシリカゲルやアルミナを固定相とする吸着モードのほか、オクタデシルシリカを固定相とする逆相分配モードなどが利用できる。薄層クロマトグラフィー用プレートの市販も利用に便宜を与えている。市販プレートは適当なサイズに切っても使用できる。分離した目的物質のスポット部分の薄層をかき取って(scrape off)抽出する(微量試料のプレパティブTLC)。かき取り装置が市販されている。
 高性能薄層クロマトグラフィー(HPTLC;メルク社提唱)用のプレートは数μm粒子径のシリカなどを用いて作成しており、分離能がよく実用に便利である。

b.オープンカラムクロマトグラフィー
 小カラムを用いるオープンカラムクロマトグラフィーの試料の前処理への応用は、いまも重要である。 この方法で微量試料を取り扱う場合、内径数mm、長さ100〜200mmのガラス管などをクロマト管として使い、分離には液体クロマトグラフィーにおけるすべての分離モード(吸着、分配、イオン交換、サイズ排除、生物学的親和性)を活用することができる。
 分離用充てん剤は現在のHPLC用のものを用いると、粒子径が小さすぎて(数μm〜subμm)、移動相を流すのが困難である。通常数十mesh〜数百meshのものを使用する。
 HPLCや通常の液体クロマトグラフィーと異なり、多種類の溶媒や溶液を移動相に順次使うことが多い。これは測定妨害物質や不要物質を充てん剤に吸着分配された状態から引き放し、除去するためである。移動相は通常重力により自然流下させるが、空気圧、窒素ガス圧、炭酸ガス圧などをかけて流速を大きくすることも試みる。カラム内における物質分配平衡が乱れない程度の高速にすることが好ましい。
 複雑な前処理操作の一部に、弱酸性陽イオン交換体のりん酸化セルロース(Cellex P)を使用した例をあげよう。ヒト血清中ポリアミンのプレカラム誘導体化HPLCである(M. Kai et al.,J.Chromatogr., 163, 151(1979))。生体ポリアミン(図11−1)のうち、スペルミン(II)、スペルミジン(I)及びプトレシン(III)は前立腺、胸腺、腫瘍細胞など細胞増殖の盛んな組織に多く、血中へ移動し、尿中に排泄される。これらは腫瘍マーカーとなり得るものである。
 これらの正常ヒト血中濃度はIII>I>IIの順で、これらの遊離型アミンとしての濃度は10〜200 pmol/mlである。カダベリン(IV)は正常ヒト血清中、遊離型では0〜20 pmol/ml存在し、肝障害時に血中及び尿中濃度が増大する。これらのアミンは血中及び尿中でも抱合体が存在し、主なものはアセチル体である。その濃度は遊離型の2〜4倍である。1,6- ヘキサンジアミンは生体(動植物全体)には存在しないと考えられており、内標準物質として利用する。
 ポリアミンの蛍光誘導体化にフルオレッサミンを使用しているが、これは第一アミンとのみ蛍光反応する(図11−2)ので、各ポリアミンの両端の2個のアミノ基を誘導体化する。この反応はポリアミンへの選択性がないので、ヒト血清中に存在する相対的に非常に多量で、かつ多種類のアミン及びアミノ酸を可及的に除去する試料の前処理操作が要求される。
 図11−3にヒト血清中遊離ポリアミン測定における前処理操作を示す。血清に内標準物質を添加し、除たんぱく操作及びクロロホルム・メタノールによる脂質の抽出除去を行う、得られる溶液をCellex P(Bio - Rad社)の小カラムを用いるクロマトグラフィーにかける。Cellex Pは小さなガラスクロマト管(長さ150mm、内径5mm)に高さ30mmのベッドを形成するように自然流下させてつめる(バイブレターで振動させながらつめた方がよい)。この陽イオン交換クロマトグラフィーにおいて、かなりの多量の妨害アミンを除去する。濃厚食塩液によりポリアミン画分を溶出させる。
 この溶出液にpH9.0でNi2+を加え、これまでの操作で除去されないで残ったアミノ酸類を錯体化し、フルオレッサミンと反応しないようにマスキングする。ついでフルオレッサミンを用いる蛍光誘導体化を行う。
 ポリアミンの蛍光誘導体はカルボキシル基を有しているので、コハク酸酸性で塩析しながら酢酸エチルで抽出する。酢酸エチル抽出液には多量のシクロヘキサンを加える。これは最後に行なうアルカリ性pHのほう酸塩バッファーを用いる逆抽出時に、水層との分離を改善し、ポリアミンの蛍光誘導体の抽出効率を高めるためである。この逆抽出も、これまでの操作で除去されなかった妨害物質を除去し、さらに濃縮を兼ねたものである。
アルカリ性抽出液を逆相分配HPLCにかけ、ポリアミンのフルオレッサミン誘導体を分離する。溶離は酸性pHの酢酸塩バッファーとメタノールの混液を移動相とし、メタノールの濃度グラジェント法で行なう。正常ヒト血清のクロマトグラムを図11−4(A)に、試薬ブランクのそれを同図(B)に示す。
 ブランクのクロマトグラムにスペルミジン、スペルミン及びプトレシンのピークが相対的に強く認められる。これは前処理に使う試薬、溶媒、器具などのポリアミン汚染によるものではなく、オープンカラム法で使用した陽イオン交換体が環境中のポリアミンを吸着し、汚染され易いことに基づく。因みに、環境中には動物の尿や精液(精液の臭いは大部分がポリアミンに由来すると思われる)、あるいは微生物を含む植物などに由来するポリアミンが相対的に多量に存在する。ここで使用したイオン交換体は前述の文献に記載された操作で丹念なポリアミン除去のための洗浄操作を施したものである。それにもかかわらず、これらのポリアミンのピークがまだ認められる。幸いに、このブランクのピーク高さあるいは面積の再現性は良好であるので、血清サンプルのピークからブランクを差し引くのに使える。

図1 生体ポリアミン→
図2 フルオレッサミンと第一アミンとの反応→
図3 ヒト血清中遊離ポリアミンのHPLC定量における前処理→
図4 正常ヒト血清中ポリアミン及び試薬ブランクのクロマトグラム→

c.電気泳動
 自由泳動法ではなく、不活性支持体を用いるゾーン電気泳動法を試料の前処理に使うことができる。支持体には濾紙、寒天(精製したらアガロース)ゲル、ポリアクリルアミドなどが使われる。分離ゾーンは一般的にはデンシトメーターで検出し、必要な物質の分離ゾーンを切り取るか、またはかき取って、溶媒抽出に付す。濾紙電気泳動法は荷電あるいは低分子物質やペプチドなどの前処理に、アガロースやポリアクリルアミドはペプチド、たんぱく質、核酸などの前処理に活用できる。