(株)同仁化学研究所 大倉 洋甫
この連載では、主に生体試料中の微量有機化合物分析を行う場合の試料の前処理の方法を概説している。1〜6項で前処理の基礎的事項、7項で液・液抽出、8項で固・液抽出(固相抽出を含む)、9項(前回)で透析について述べた。
10.限外濾過
限外濾過は透析と同様に高分子量物質群とより低分子量物質群を分子の大きさ別に2分画する方法である。これは試料液を細孔を有する限外濾過膜に通すことによって行われる。透析の場合と同様に、試料は一般的には生体液のような水系である。
この方法が透析と異なる点は次のとおりである。@高分子量物質群の方は膜の一方に濾過残渣の形で残るので、高分子量物質は濃縮されることになる。A低分子量物質群を含む濾液の方も希釈されることがない。従って、両方の画分の分析に使用し得る。B一般に透析より短時間で終了する。低分子量物質分画を分析する場合は、分析に必要な濾液量を得れば、限外濾過を中止できる。C多数の試料の同時処理が容易にできることが多い。D微量試料でも行うことができる。
このようなことから、限外濾過は蛋白質や核酸などの高分子量物質の分析では濃縮や脱塩に、生体試料中などの低分子量物質の分析では除蛋白に効率よく使用できることが分かる。
平板状や中空繊維(hollow fiber)状限外濾過膜の一方に試料液をおき、加圧(高圧窒素ガスなども利用可能)、減圧あるいは遠心力により低分子量物質を膜に通過させる。
通過限界分子量(分画分子量)500程度から種々の細孔径の限外濾過膜が市販されている。一般的には、低分子量画分測定の目的には分画分子量5,000〜10,000の膜が、高分子画分測定では10,000〜30,000の膜が用いられるようである。
濾過膜の材料にはセルロース、その他の多糖体、セルロースアセテート、ポリアクリルニトリル、ポリスルホンなどがある。これらの濾過材によっては、高分子量物質を強く吸着することがある。また疎水性低分子量物質(イオンを含む)は疎水性ポリマー膜に吸着されるものがある。従って、高い回収率が必要なときや、高感度分析の際は予め膜への吸着の程度を試験しておく必要がある。
限外濾過を普通の濾紙で減圧濾過するときのような早さで行うことはまずできない。これは膜の目づまりによるためである。
微量試料の濾過を減圧で行う際、長時間が必要なとき、濾液中の水や分析目的成分の蒸発が無視できないこともある。このような場合には、続けて行う定量操作に内標準法あるいは標準添加法を採用する。
透析用のコロジオンバッグやビスキングチューブに試料液を入れ、これをポリエチレングリコール、セファデックスなどの乾燥ゲル中に、必要あれば低温で放置しておくとゲルは低分子量物質とともに水を吸着して膨潤し、試料液中の高分子量物質は濃縮される。
限外濾過膜を装着した、種々の型のカートリッジが市販されている。これには遠心力による濾過を行うものが多く、便利である。これが多数試料の同時処理を容易にした。減圧濾過式の装置も市販されている。処理可能な試料液量は一般分析用では100μl〜2mlであるが、数十μlでも行える。
分画分子量が約500の限外濾過膜を用いた減圧濾過による前処理の例をあげよう。ヒト血清中モノ置換グアニジノ化合物のHPLC定量である(M. Kai, et al., J. Chromatogr., 317, 257 (1984).)ヒト血清中のグアニジノ化合物のうち、グアニジノコハク酸(図10−3、ピーク1の成分)、タウロシアミン(1-グアニジノエタン-2-スルホン酸;図10−3、ピーク2の成分)及びメチルグアニジン(図10−3、ピーク8)は毒性が強いことが知られており、これらは腎臓障害時に血中濃度が上昇するものである。
図10−1に示すように、血清に内標準物質としてフェニルグアニジンを加え、塩酸酸性とする。これをアミコンUM05メンブラン(分画分子量500;ミリポア社)を用いて減圧による限外濾過を行う。濾液の一部を用いてベンゾインによる特異的な蛍光誘導体化反応を行う(図10−2)。逆相フェニルカラムを用いるHPLC・蛍光検出を行う。試料に正常ヒト血清及び腎障害患者血清を用いて得られるクロマトグラムを図10−3、A及びBにそれぞれ示す。
(天津にて)