生体内における亜鉛イオンの役割

(株)同仁化学研究所 竹迫和浩


 亜鉛は、ヒトの体内において、鉄に次いで含量の多い必須微量金属元素であり、その存在量は28.5μg/g体重と報告されている。しかし、細胞内でフリーの亜鉛イオン(Zn2+)として検出されるのは、組織によって差異はあるものの通常μMレベル以下であり、細胞内の殆どのZn2+は主にタンパクと強固な結合を作っている。その働きは重要であり、タンパクの構造の維持、酵素活性の制御などが挙げられる。また、転写因子等のDNA結合タンパクはzinc fingerやzinc twist、ring finger、zinc cluster等と呼ばれる亜鉛イオン結合性のモチーフを有し、それを介してDNAに結合していると言われている。Zn2+の欠乏はDNAの複写などに影響を与え、発癌に関与している可能性が示唆されている。また、味覚や性機能にも関与していると考えられている。
 しかし、その重要性の割に、Zn2+の動態・作用については、未知の部分が多いと言ってよい。であるが故に、現在、Zn2+検出試薬(後述)を用いた多くの研究がなされている。今回は、筆者の目にした最近の報告の一部を紹介したい。

【NOによる酵素活性への影響】
 Zn2+イオンは正四面体型の4つの配位座を持つ2価陽イオンである。亜鉛酵素の活性中心には通常ヒスチジン残基やシステイン残基が含まれており、それぞれ、前者はイミダゾール環窒素で、後者はスルフヒドリル基の硫黄でZn2+に配位する。これらのアミノ酸残基がZn2+の配位座のうち3箇所を占め、残った1箇所に水分子が配位しているのが通常である。Zn2+はLewis酸として働き、基質の分極を助け、あるいは置換反応を行い、あるいは水分子から水酸化物イオンを生成して酵素反応を行っている。アルコール脱水素酵素(ADH)においては、2個のシステイン残基と1個のヒスチジン残基がZn2+の3つの配位座を占め、残りの1つの配位座に水分子が配位している。
 NOがスルフヒドリル基と反応してニトロソチオールを生成することはよく知られている。ADHにおいても、NOの作用によってニトロソチオールが生成するが、それがまず酵素の活性中心において生成しているとの報告がなされている。
 Gergelら2)は、肝細胞やその細胞質抽出液のADH活性が、NO発生剤SNAPによって阻害を受けることを示した。更に誘導型NO合成酵素(iNOS)を誘導しても同様の酵素阻害が起こり、しかもそれがNOS阻害剤であるL-NAMEによって抑制されることを示している。Western Blotの結果からは、ADH自体の量には変化が無かった。また、ニトロソチオールの生成をGriess法を利用して確認、更に比色金属指示薬であるPARを用いて遊離Zn2+の濃度が上昇していることを見出している。更に驚くべきは、酵素活性を失ったADHに還元剤DTT(1,4-Dithiothreitol)を作用させ、Zn2+を加えると酵素活性の回復が認められたのである。
 この結果は何を示しているのか。NOによって、酵素活性部位であるZn2+結合部のスルフヒドリル基が修飾を受けてニトロソチオールが生成している。ADHの活性中心は、およそ図1のような構造を有している。この構造中のスルフヒドリル基は、プロトンが外れ、NOに対する反応性が高まっていると考えられる。そしてNOの攻撃を受けると、Zn2+に対するアフィニティーを失い、そのためにZn2+が遊離していると考えられる。DTTとZn2+によって酵素活性が回復することは、NOの攻撃を受ける最初の部位が、まさにこの活性中心であることを示唆している。アルコールを継続して投与すると、肝臓において、iNOS誘導能を持つリポポリ多糖などの産生が増加することが報告されており、生体内でも実際にこのような反応が起こっていることが予想される。興味深い報告である。
 Gergelらの報告以外にも、NOによって酵素阻害が起こるという報告がある。それらにZn2+は関与しているのであろうか。また、酵素活性を担うZn2+結合部位ではなく、構造保持やDNA結合の役割を担っているZn2+結合部位は、障害を受けないのであろうか。これらの問いに対する答えについては、今後の研究の進展を待ちたいと思う。

【細胞死・apoptosis】
 細胞死、殊にapoptosisとZn2+との相関は、以前より取り沙汰されてきた4)。細胞内Zn2+をキレート剤でマスクすることによってapoptosisが誘導されるという多数の報告に始まり、最近でもZn2+と細胞死に関する報告は後を立たない。
 虚血再潅流等の刺激を与えた後に、Zn2+の局在に変化が起こるという報告がある。Zn2+含量の多い脳に関するものが多く、Zn2+蛍光プローブであるTSQ5〜9)やZinquin ethyl ester10)がスライス切片の染色に用いられている。その結果、脳におけるZn2+の局在が変化し、しかもZn2+濃度の上昇した細胞が選択的に死に至ることが示されている。Zn2+の濃度上昇が細胞死を惹き起すことを示唆する結果である。この濃度上昇は陽イオンチャンネルであるAMPA(α-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazole propionic acid)レセプター等を介した外部からのZn2+の流入によるものと考えられている。最近では、これらの細胞にZn2+を細胞外に運び出すためのZnT-1タンパクが発現していることも示されており10)、更に類似タンパクのZnT-2もZn2+からの保護のために機能している可能性が示唆されている11)
 数多くの報告によってapoptosisの誘導過程はかなり解明されてきた。一般的に言われているカスケードは、TNF(腫瘍壊死因子)レセプターファミリー等へのシグナルがICE(IL-1βconverting enzyme)ファミリープロテアーゼに伝わり、最終的にエンドヌクレアーゼの活性化が惹起されDNAフラグメンテーションが起こるというものである。しかし、カスケードの解明は未だ十分とは言えない。その一つに、apoptosisの一つの証拠とされているミトコンドリアの機能障害が、apoptosisの極めて早いステージで起こることが挙げられる。上記のカスケードには時間が掛かり、刺激後長い時間をおいて初めて、DNAフラグメンテーションが起こる。ミトコンドリア機能障害は、それよりも早く起こる現象であり、上記のシグナル伝達経路一つだけでは、説明が付かないのである。
 Manevら12)は、ニューロンのプライマリ・カルチャーを利用して、培地に一時的にZn2+を加えることでapoptosisを誘導している。TUNEL法やtrypan blue色素排除法、PIを用いた染色によってapoptosisを確認し、同時にMTTによってミトコンドリアの機能を評価している。その結果によると、死細胞やTUNEL陽性細胞が確認されるより以前に、ミトコンドリアの機能障害が有意に観測されている。細胞外から流入したZn2+によって、最初にミトコンドリアの傷害が起こり、それによってapoptosisが誘導されている可能性を示唆する結果である。
 一方、apoptosisに関与するシグナル伝達物質に対するZn2+の影響を述べた報告もある。Ca2+/Mg2+-依存性エンドヌクレアーゼを、Zn2+がCa2+と置き換わることで不活性化しているとの報告がある13〜15)。Zalewskiら16)は、apoptosisの早期に細胞質中のZn2+濃度が上昇することを見出した。これを、核内のエンドヌクレアーゼを不活性化していたZn2+が外れ、細胞質中に漏れ出したものと解釈している。
 更に、最近、apoptosisにおいて中心的な役割を果たすICEファミリーのシステインプロテアーゼcaspase-3の活性をも、Zn2+が制御していると報告されている。Perryら18)は、poly(ADP-ribose)polymeraseを基質として利用し、caspase-3の活性を議論している。それによって、Zn2+のみが濃度依存的にcaspase-3を不活性化し、その IC50が約100nMであることを示している。この濃度は、通常の細胞内Zn2+濃度に非常に近い値であり、極めて興味深いものである。
 これらの報告を見ると、Zn2+が細胞死に関与しており、しかもそれがカスケードの途中で作用していることは否定し難い。既報の中には、Zn2+によって細胞死が誘導されるというものや、逆にZn2+によって細胞死が阻害されるというものがあり、一見矛盾しているように見える。しかし、この点も、細胞死の様式、Zn2+濃度,Zn2+が外因性か内在性かを考慮することにより、徐々に解明されていくであろう。

【Zn2+蛍光プローブ】
 これらの亜鉛動態研究に頻用されている、Zn2+蛍光プローブを紹介したい。これらは、いずれも高いZn2+選択性を有し、錯形成に伴って蛍光強度が増強する化合物である。各々の構造と蛍光特性を記す。
 TSQ22)は、その脂溶性のために、主として組織染色に利用されているプローブである。Zn2+と1対1及び2対1錯体を形成する。DMSO溶液を適当な緩衝液に分散させ、それに組織切片を浸漬させるなどして使用する。


λex/nm
λex/nm
Densylaminoethyl-cyclen
323
528
Zinquin ethyl ester
368
490
TSQ
367
495

 Zinquin ethyl ester10,16,17)は、TSQを元に考案された化合物であり、錯形成によって蛍光強度が約30倍に増強する。DMSO等の有機溶媒に溶解し、それを培地に加えて細胞内へ導入する。一旦細胞内に導入すると、細胞内エステラーゼによってエステル結合が加水分解を受け、水溶性が増し細胞外へ漏れにくくなると言われている。
 最新のプローブである Dansylaminoethyl-cyclen23,24)は、強い蛍光強度を有することと、水溶性であることが大きな特長である。また、Zn2+と1対1錯体のみを形成し、蛍光強度がZn2+濃度の上昇につれ直線的に増強することから、これまで困難であった定量への応用が期待されている。
 各Zn2+蛍光プローブの特徴を十分に理解され、適切な化合物を選択し、ご利用戴きたい。
参考文献
1)日本化学会編、微量金属の生体作用、学会出版センター (1995).
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