チオール誘導体による自己組織単分子膜を用いた
生体機能解析

(株)同仁化学研究所  山口 淑久

 近年、固体表面に種々の分子を配向・集積させる方法の一つである自己組織化法は、簡便に高密度・高配向な自己組織化単分子膜(Self-Assembled Monolayer ; SAM)を構築させることができるため、様々な分野での研究、応用が行われている。特に、電気化学的、光学的特性を用いた生体関連物質のセンシングデバイスのみならず、タンパク質の電子伝達機能や構造の解明などの研究が、活発かつ広範囲に行われている1)
 本稿では、まず簡単な自己組織化単分子膜の説明と、チオール化合物による自己組織単分子膜を用いた生体機能の解析への応用例をいくつか紹介する。

[自己組織化単分子膜とは?]
 自己組織化単分子膜を構成する分子は、固体基板と結合するための官能基、アルキル鎖、機能性部位の3つから基本的に構成されており、種類としては、主に(a)有機シリコン誘導体、(b)本稿で取り上げるチオール誘導体、(c) 脂肪酸誘導体、(d)高分子電解質の多層吸着、が知られている2)(図2)
 チオール基を持つ分子は金と特異的に結合し、アルキル鎖間のvan der Waals力によって高密度・高配向な自己組織化単分子膜を形成する。基板としては、金の他に、銀、銅、白金、ITO(Indium Tin Oxide)などの酸化物、化合物半導体などが報告されている1〜2)
 自己組織化単分子膜の作製方法は、特殊な装置を必要とせず、チオール分子の溶液中に基板を浸漬するだけで容易に分子層を構築できる。種々の浸漬条件(溶媒・濃度・温度・浸漬時間)によって構造、配向を制御することも可能である。
 膜の形成過程や配向構造に関しては、水晶発振子マイクロバランス(QCM)法3,4)、走査プローブ顕微鏡(STM/AFM)5〜7)、FT-IRスペクトル8,9)、X線電子分光法(XPS)10,11)、エリプソメトリー12,13)などによって詳細に検討されている。また総合的な解説としては、Ulmanによる著作が有名である14)

[電気化学的手法による生体関連物質の検出]
 片山、前田らは、サイクリックAMP(cAMP)依存性酵素の構造を参考に、 cAMPを認識する簡単な分子として17個のアミノ酸からなり、末端にチオール基を有するペプチドを設計・合成した。これを金電極上に固定化し、cAMPを簡便で高選択的に検出することが可能であることを報告している15)(図3)
 J. Wangらは、鎖長の異なる種々のn-アルカンチオールを金電極上に固定化し、薬物と単分子膜との疎水性相互作用を利用して、ドーパミンやクロロプロマジンなどのアンペロメトリー測定を行っている16)。また、分子・イオン認識部位をもつチオール単分子膜を用いて、選択的検出を試みる研究も活発に行われている1)

[His-Tag技術を用いたタンパク質の機能解析]
 最近、タンパク質を固体表面に並べるための“His-Tag”と称される技術が注目されている。この手法は、ニトリロ三酢酸基をもつNTA誘導体を固体基板に固定化させ、さらにNi(II)を加えて錯形成させる。次に、6個のヒスチジン(His)を末端に発現させた融合タンパク質を加えると、ヒスチジン部分がNi(II)に配位するため、生理活性を保持したままで、特異的かつ一定方向にタンパク質を固体表面上に固定化することができる。
 このHis-Tag技術の応用として、表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance ; SPR)を用い、生体分子の検出や相互作用の解析が研究されている。SPRの測定原理は、金属薄膜に接する有機薄膜近傍の屈折率変化やピークシフトなどから情報を得る方法である。特徴としては、試料精製や標識導入などの前処理の必要がなく、生体分子間の結合-解離のリアルタイム測定が可能など様々な利点がある。詳細な原理等に関しては、参考文献を参照いただきたい17〜19)(図4)
 G. B. Signalらのグループ20)は、 末端チオール基をもつNTA誘導体を用い、ヒスチジンを末端に発現させたTリンパ球(scTCR)及び転写活性化因子Gal4をレセプターとして金基板上に自己集積させ、それぞれ二つのモノクローナル抗体C1とβ-F1、SRB2とmyc-αに対する抗体反応や反応速度を測定した。その結果、従来SPRのタンパク質固定化に用いられているデキストランゲル膜(アミノカップリング法)の場合より、His-Tag技術を用いたチオール膜の方が三次元的に抗体を認識するため高感度であると報告している(図5)
また、ヒトTATA box 結合タンパク(huTBP)、yeast RNAポリメラーゼIIホロ酵素のTFIIBとGal11などを同様にして固定化し、その結合様式についても検討している。このように結合速度論の詳細な解析とタンパク質の三次元構造データとを組み合わせることにより、レセプターとリガンドの探索に用いることができる。
 チオール基をもつNTA誘導体による研究例の他に、His-Tag技術を用いたタンパク質の固体表面への固定化の例をいくつか紹介する。
 D. J. Q'Shannessy21)らは、ビオチン基をもつNTA誘導体とストレプトアビジン-Horseradish Peroxidaseとの結合様式を、Western blots法とSPRを用いて解析している。また野地らは、ATP合成酵素のF1部分をNi(II)を介してガラス基板上に固定化し、ATPの加水分解に伴ってγ-サブユニットが回転する様子を捉えることに成功し、従来から提唱されてきた回転触媒説を実証した22)
  His-Tag技術は、これまで遺伝子組換えによって発現させたタンパク質の精製に利用されてきたが、タンパク質を固体表面に特異的かつ一定方向に、かつ生理活性を保持したまま固定することができることから、今後この技術の広範な利用が行われると予想される。

[SPRを用いたチオール単分子膜とタンパク質との相互作用の研究]
 表面プラズモン共鳴を用いたチオール単分子膜とタンパク質との相互作用の研究は、His-Tag技術にかぎらず数多く行われている。
 M. Mrksichら23,24)は、ベンゾスルホアミド基を結合部位にもつチオール単分子膜を作製し、ウシ由来のCarbonic Anhydrase(CA)との結合様式と速度論的解析について報告し、界面における生体分子認識への応用を研究している(図6)
 H. Ringsdorfら25)は、ビオチン基をもつチオール単分子膜にストレプトアビジンを結合し、さらにビオチン化した抗ヒト絨毛性性腺刺激ホルモンの抗原結合性フラグメント(anti-HCG-Fab fragment)を結合させた。このセンサーデバイスに対するヒト絨毛性性腺刺激ホルモンの動力学解析をSPRを用いて行っている(図7)
 SPRは、上記の研究例だけではなく、モノクローナル抗体のエピトープマッピングの探索、免疫応答、シグナル伝達、遺伝子発現の調節機構、タンパク工学、AIDS、病態の研究、新規医薬品のスクリーニングなど様々な分野での応用が行われている17〜19)。今後、分子設計や基板への固定化が容易なチオール誘導体を用いたセンサーデバイスへの展開が広がっていくと考えられる。

[チオール単分子膜を用いたタンパク質の電極への固定化と電子伝達機構の解明]
 金属タンパク質の電子移動反応を、固体基板である金属電極を用いて電気化学的に測定することは極めてむずかしい。しかしながら近年、種々のチオール単分子膜を用いて電極表面を修飾することで、シトクロムC(呼吸鎖末端で電子伝達を担う)やフェレドキシン(光合成での電子伝達を担う)、ミオグロビン(酸素貯蔵体)などの金属タンパク質の電極上での直接的な電子移動反応の解析や制御が可能であることが報告されている26〜28)
 例えば、E. F. Bowden29)や水谷30)らは、末端カルボキシル基をもつアルカンチオールとポリ-L-リジンの複合膜に、シトクロムb5及びグルコースオキシダーゼとが静電的相互作用によって吸着した時の電子移動反応について研究している。中嶋ら31)は、ポリエチレングリコール長鎖のチオール単分子膜を作製し、シトクロムCとの電子移動の制御について報告している。
 チオール誘導体による電極表面の機能化は、タンパク質などの電子伝達機能の解明だけではなく、既に、医療や食品分析用にグルコースセンサーが販売されているように、生体のもつ特異性と電気化学的手法を組み合わせたバイオセンサーデバイスとしての可能性も期待される32)

[水晶発振子マイクロバランス(QCM)法を用いたDNAの検出]
 水晶発振子は、電極上に脱吸着した物質をngレベルで振動数変化として検出できることから、センサーデバイスとして様々な用途で用いられている。
 岡畑らは、発振子の金電極上に、末端にチオール基を導入した一本鎖オリゴDNAを固定化すると相補的なターゲットDNAとの二本鎖形成を重量変化として検出できることから、 DNAセンサーとしての可能性を示唆している。彼らは、大腸菌由来の環状一本鎖M13ファージDNAをターゲットDNAとして、このDNAの塩基配列のうちで、制限酵素EcoRIによって認識される部位と相補的な塩基配列をもつ10量体DNAをプローブDNAとして合成し、さらに末端にチオール基を導入して電極上に固定化した。その結果、振動数の経時変化から脱吸着の速度論的解析や、DNA二本鎖を固定することでタンパク質(エキソヌクレアーゼII, DNase I)とDNAと相互作用の過程も追跡可能であることを報告している33〜35)(図8)
 QCM測定では、界面での粘性変化が振動数に影響を与えることから、他の手法との併用から定量性の検証が必要であるが36〜37)、水晶発振子を用いたDNAセンサーの研究は、従来のDNAプローブ法では、困難であったターゲットDNAハイブリダイゼーションを短時間で、簡便に検出することができることを示唆している。
 また、分子認識部位をもつチオール単分子膜を電極上に固定化することで、種々の生体関連物質の検出・定量に関する研究も行われている。

[チオール単分子膜による金微粒子表面の機能化]
 nmレベルの粒径の金属や半導体の超微粒子は、バルクの固体とは異なった性質を示すため、以前より様々な研究や応用が行われてきた38)。近年、チオール誘導体を用いて金属微粒子の配列や結晶形を制御できることが明らかになった。
 C. A. Mirkinら39,40)は、二種類のDNAオリゴマーの末端チオール誘導体を別々に金コロイド表面上に固定化し、それぞれのDNAオリゴマーと相補的な塩基配列を両末端にもつ二重鎖DNAを加えるとDNA同士が結合することで、粒子の凝集が起こり沈殿が生成する。透過型電子顕微鏡(TEM)像から、二次元の配列構造が観察されると報告している。またR. L. Whettenら41,42)は、メルカプトプロピオン酸を用いることで、特定サイズで一定配列の金微結晶の単離に成功している。これらの研究例は、単なる構造的な興味だけではなく、電子物性や光物性を明らかにすることで、省電力・超高速電子デバイスなどの応用に広がっていくものと期待される。
 金微粒子表面をチオール単分子膜で機能化させ、生体機能の解明や検出に用いる研究はまだ少ない。しかし、金微粒子自体は、抗原やタンパク質、その他の生体関連物質の検出や、細胞への遺伝情報物質の導入例など、既にバイオ関連分野への応用がなされていることから、チオール誘導体と金属微粒子との研究は今後興味深い分野であると考えられる。

[おわりに]
 本稿では、チオール誘導体による自己組織単分子膜を用いた生体機能の解明に関する研究例を中心に紹介した。
 固体表面上の自己組織単分子膜に関する研究・応用は、近年活発に行われており、バイオ関連分野のみならず、電子機能性材料(リソグラフィー技術43,44)、光-電気変換機能45〜46)、単分子デバイス構築)、積層型単分子膜の研究47,48)など、数多くの報告がある。チオール誘導体による自己組織単分子膜は、種々の分子設計・合成ができる点や作製の容易性からも、今後広範囲にわたって研究開発が行われていくものと考えられる。
※図は引用文献のものを一部変更しております。


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Self-Assembled Monolayer研究用試薬

11-Amino-1-undecanethiol
 アルキルチオール類を金表面に吸着させ自己組織化単分子膜 (Self-Assembled Monolayer)を形成する方法は、欠陥の少ない単分子膜を容易に作成できるため近年、金修飾電極、表面プラズモン共鳴(SPR;Surface Plasmon Resonance)、水晶発振子マイクロバランス(QCM;Quartz Crystal Microbalance)を利用した電気化学的な検出に利用され注目されている。
 いずれも表面に金を蒸着し、これにチオールあるいはジスルフィドを用いてプローブ分子を固定し、それぞれ電流変化、反射角、水晶発振子の振動数変化で検出する。これらの自己組織化膜の性質は、そのアルキル鎖の長さや末端の官能基の変更、主鎖の親水性などによって変えることができ、多彩な機能を持たせることができると期待される。既にSPRを用いた分析機器やQCMを利用した匂いセンサーはあるが、さらに分子認識性能を向上させたセンサーが期待されている49)。ここに紹介する11-Amino-1-undecanethiolは末端にアミノ基を有しており、例えばペプチドや蛋白、その他の分子認識サイトを導入する際に有用であると思われる。Takeharaらは金電極表面に11-Amino-1-undecanethiolの単分子膜を形成し、表面上に結合された電気化学活性種のredox応答における金電極上に形成した単分子膜の末端基の効果を検討している49)。またTanahashiらは11-Amino-1-undecanethiolを始めとする各種チオールの単分子膜を金表面に作成しヒト血漿モデル溶液中でアパタイト形成をQCMを用いて観察し、末端置換基による形成速度の違いについて検討している50)

参考文献


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