アポトーシスの研究における細胞染色


(株)同仁化学研究所 大瀬戸 文夫


 アポトーシスに関する研究は、1972年、Kerrらが細胞の死には壊死(ネクロシース)と異なる形態をした細胞死があることを発見し、それをアポトーシスと命名したことに始まる1)。その後しばらくは日の目を見なかったアポトーシスに関する研究も、bcl-2p53などのアポトーシス関連遺伝子2)、Fas/FasLやTNF/TNFRなどの誘導因子3)、Caspase(ICEファミリープロテアーゼ)などの発見4)により、アポトーシスが生命維持のために重要な、統制された細胞死であることが解明され始めてから盛んに研究されるようになった。現在では発生過程、免疫、ホルモンの作用、正常細胞の交替などの生理的現象の発現に関与する細胞死、また、放射線や化学療法剤、ウィルスなどの病理的要因に対する生体防御機構としての細胞死として、アポトーシスの重要性が少しずつ明らかになってきている5)。更に、癌細胞の不死化6)、AIDS7)などアポトーシスの異常に起因する疾患が相次いで見つかり、また、アルツハイマー症とアポトーシスの関連が疑われるなど、アポトーシスに関する研究は急速な展開を見せている。


【アポトーシス及びネクローシスの形態学的相異点】

 細胞死の形態は大きくアポトーシスとネクローシスに分けられる5)。アポトーシスは核内構造の変化とそれに伴う細胞の縮小を第一の特徴としている。アポトーシス初期段階では細胞表面微絨毛が消失し、更に細胞が縮小して周辺細胞から剥離してくる。クロマチンが正常の網膜構造を失い核膜周辺に凝集し、核の断片化が起こる。その後、細胞の表面に突起が出現し(blebbing)、細胞膜構造を維持したままちぎれてアポトーシス小体を形成し、最後には周辺細胞やマクロファージに貪食されて消化される。アポトーシスでは膜構造を保持したアポトーシス小体のまま貪食されることから、細胞内容物によって周りが汚染されることはなく、したがって炎症などの影響はほとんどない。アポトーシスは、ネクローシスと異なり組織内で散発的に起こり、一旦開始すると急速に進行する。そのため、通常の組織ではアポトーシス像を捉えにくい。一方、ネクローシスでは、まず、ミトコンドリアなどの細胞内小器官の膨大化が起こり、細胞が徐々に膨化する。最後には浸透圧を制御できなくなり細胞溶解が起こり破裂する。それに伴い細胞内容物が周りを汚染し、したがって、炎症を引き起こす。ネクローシスの場合には、損傷を受けた細胞群が一様に変化するため、はっきりと区別することができる。


【アポトーシスの検出方法】8)

 アポトーシスは形態学的変化から見い出された細胞の死の過程である。したがって、アポトーシスかネクローシスかの区別は、電子顕微鏡あるいは光学顕微鏡による形態観察による判断がまず必要である。特に電子顕微鏡下での観察は、最もアポトーシス細胞を見分ける最良の方法であると言われている。例えば、アポトーシス細胞の表面微絨毛の消失などは走査電子顕微鏡でしか観察できない。また、核内のクロマチンの凝集、細胞内微細構造の変化など電子顕微鏡下での観察が有効な場合が非常に多い。しかしながら、電子顕微鏡は光学顕微鏡に比較して簡便性および汎用性に欠け、また、正確な観察のためには高度な技術や装置が必要であるなど、一般的にはなかなか用いられない。
 その他、アポトーシスの検出には様々な方法が用いられている8b)。DNAのヌクレオソーム単位で切断された断片を「DNAラダー」として検出するアガロースゲル電気泳動法、50〜300kbpの高分子DNA断片を生じるアポトーシスを検出するパルスフィード電気泳動法、組織内のアポトーシス検出のためにDNA切断端を検出する in situ end labeling 法(TUNEL法)、蛍光色素を用いて細胞染色後、細胞サイズの変化やDNA含量低下細胞の検出、あるいは生死細胞の検出などをフローサイトメトリーで行う方法などが開発されている。更に、細胞の生死判定法として細胞染色色素を用いて生死細胞を染め分ける分染法、酵素活性測定法、MTT法、細胞からの遊離51Crを測定するラジオアイソトープ法、あるいはコロニー形成法なども用いられている。


【生死細胞の染色】

 アポトーシス細胞の検出は、まず形態学的観察を行うことが必要であるが、その他、アガロースゲル電気泳動によるDNAラダー像の検出、TUNEL法などを併用して行った方がよい。ここでは、光学顕微鏡あるいは蛍光顕微鏡を使用した細胞の形態観察、あるいはフローサイトメトリーにおいて使用される細胞染色色素を使用した生死細胞の染色について述べる。アポトーシスあるいはネクローシスを問わず生細胞および死細胞を染め分けることができるが、アポトーシス研究において細胞の生死を区別することは、研究の初期段階として重要である。
 細胞死の一般的な判定法として古くから用いられている方法が Trypan Blue や Erythrosin B などの色素を用いる分染法(dye exclusion test-色素排除試験)である8)。これらの色素は、生きている細胞の膜は透過しないが、死細胞では膜の透過性が変化することにより透過し、その結果、その細胞を染色する。したがって、これらの色素によって染色される細胞は死んだ細胞であると判断される。Trypan Blue は死細胞を青く染色するが、高濃度で使用するとバックグラウンドが高くなり、また染色後細胞が膨化し、消失して数えにくくなることがある。むしろ低濃度で使用する方がバックグラウンドを低く抑えることができるため測定しやすい。蛋白質との結合性が強いので、染色前にPBS緩衝液で洗い、血清を除いておく必要がある。Erythrosin B も同様の目的で使用できるが、Trypan Blue より感度が高いため早期の細胞死を検出することができる。しかしながら、染色後の測定に時間がかかると死細胞以外の細胞まで染色するため、染色後はただちに計数する必要がある。
 Calcein-AM9)、FDA(Fluorescein diacetate)10)、CFSE11)、あるいはBCECF-AM12)などの蛍光色素を用いた蛍光顕微鏡下での観察も行われている。これらの蛍光色素は、fluorescein 骨格のフェノール性水酸基が脂溶性の高いアセルトキシメチル基などで保護されているため細胞膜を容易に透過することができる。一旦細胞内に浸透すると、エステラーゼの働きにより加水分解を受け、fluorescein の緑色の蛍光を示すようになる。すなわち、これらの蛍光性色素は生細胞を染色することができる。また、初期のアポトーシス細胞は、まだ細胞内にエステラーゼを保持していることからこれらの蛍光性色素により染色されることがある。
 一方、Propidium iodide (PI)、Ethidium bromide (EB)などの蛍光色素は一般的に生細胞の細胞膜を透過しない。しかしながら、死細胞では、細胞膜構造の変化に伴い細胞膜を透過し、核酸にインターカレートすることにより赤色の蛍光を発するようになる。すなわち、これらの色素は死細胞の蛍光染色に使用される13),14)
 また、Hoechst 3334215)やDAPI16)などの蛍光色素を使用すると、アポトーシス細胞のクロマチンの凝集を蛍光顕微鏡下で観察することができる。Hoechst 33342は、生細胞でもリポソーム輸送により細胞内に入り、細胞内の核酸と結合し強い青色の蛍光を発する蛍光色素である。生細胞をこの色素を用いて観測すると、核は網目状に青色蛍光染色されているが、アポトーシス細胞では、はっきりとクロマチンの凝集部分に色素が集まり、強い青色蛍光染色が認められる。DAPIも同様アポトーシス細胞のクロマチン凝集を青色蛍光に染色することができる。
 このように、働きの違う蛍光色素を用いることで、生細胞、死細胞を異なった色で染め分けることができる。また、染色後の蛍光顕微鏡観察から、クロマチンの凝集などアポトーシス特有の形態変化を捉えることも可能である。色素を用いた細胞染色は、アポトーシス検出の初期段階として容易に行える方法である。次に、これらの色素を同時に用いた、生細胞および死細胞の二重染色について述べる。


【生死細胞の二重染色】8,17)

 Calcein-AM、FDAあるいはCFSEなどのエステラーゼ活性に基づく生細胞染色色素と、PIあるいはEBなどの核酸にインターカレートする死細胞染色色素を同時に用いることで、培養液中の生死細胞を異なる色で染め分けることができる。生細胞の染色色素として、その他に膜輸送により細胞内に運搬される核染色色素、Hoechst 33342やAO、ミトコンドリアに濃縮されるRh12318)などを使用することができる。FDAとEB、Hoechst 33342とPI、AOとEBなどを組み合わせて生死細胞の同時二重染色が行われいる。ちなみに、これら蛍光性の色素を用いることでフローサイトメトリーでの測定が可能である。
 弊社では、生細胞染色用蛍光色素、Calcein-AMと、死細胞染色用蛍光色素、PIを組み合わせ、生細胞及び死細胞を同時に染色することができる-Cellstain-Double Staining Kit (-セルスティン-細胞二重染色キット)を新たに発売した。このキットは、Calcein-AM 1mg/ml DMSO 溶液、およびPI 1mg/ml水溶液をセットしたものである。Calcein-AMは、蛍光色素Calceinの四つのカルボキシル基をアセトキシメチル(AM)化して脂溶性を高め細胞膜透過性としたものである。それ自体蛍光を示さないが、生細胞内に入ると、細胞内各種エステラーゼにより加水分解され黄緑色の強い蛍光を示すようになる。一方、核酸染色色素の一つであるPIは、死細胞内に入り込み、細胞内のDNAの二重らせん構造にインターカレートすることにより特有の強い赤色蛍光を示す。この作用の異なる二つの色素を用いることにより、生細胞は黄緑色に、死細胞は赤色に染め分けることができ、蛍光顕微鏡下の細胞観察はもちろん、更にはフローサイトメトリーあるいはプレートリーダーへの応用が可能である。
 -Cellstain-Double Staining Kitを使用した例2点を以下に示す。例1は、MHD-1細胞を使用し、488nmで励起し、3,500倍で蛍光観察した像である。(この写真は、広島大学医学部、山本正夫先生よりご提供頂きました。)例2は、小脳顆粒細胞をグルタメート処理し、細胞死を誘発させたものを共焦点レーザー顕微鏡にて観察した二次元像である。(この写真は、静岡県立大学環境化学研究室、鈴木睦昭先生、同薬学部 石井康子先生よりご提供頂きました。)


【終わりに】

 ここでは、細胞染色について簡単に紹介した。染色剤を用いる生細胞および死細胞の染め分けは、アポトーシス研究の初期段階として重要である。アポトーシス関連の検出法については、その他、数々の方法が開発されているが、それらについては成書を参考にされたい。
 細胞の死には、外的要因によって起こる死の他に、遺伝情報の中に組み込まれた個体が生きるための死、すなわちアポトーシスが存在する。これまでの死のシグナル伝達経路が徐々に解明され、また老化や不死化に対するアポトーシスの役割とその分子機構が徐々に明らかにされてきた。今後、さらに解明が進むことにより、アポトーシスを促進あるいは阻害する因子や薬剤の開発により、癌やその他アポトーシス異常に起因する疾病の治療に応用されるなど、医学の発展に大いに影響を与えるだろう。これからのこの分野の発展が期待される。

【参考文献】

1)J. F. R. Kerr, et al., Brit. J. Cancer, 68,251(1972).
2)M. O. Hengartner,H. R. Horvitz, Cell, 76,665(1994).
3)S. Yonehara, et al., J. Exp. Med., 169,1747(1989).
4)M. Miura, et al., Cell,75,635(1995).
5)a)山田武、大山ハルミ、日本臨床、54,1731(1996).b)山田武、大山ハルミ、現代医療、29,2(1996).
6)a)A. H. Wyllie, Cancer Metastasis Rev., 11,95(1992).b)L. Sachs and J. Lotem, Blood, 82,15(1993).
7)L. Meyaard, S. A., Otto, R. R. Jonker, M. J. Keet, R. P. M. Keet,F. Miedema, Science, 275,217(1992).
8)a)辻本賀英、刀祢重信、山田武著、最新アポトーシス実験法、羊土社、東京、1995.b)T. Yamada, H. Ohyama, Surgery Frontier, 3,119(1996).
9)L. S. De Clerck, C. H. Bridts, A. M. Mertens, M. M. Moens, W. J. Stevens, J. Immunol. Methods, 172,115(1994).
10)K. H. Jones,J. A. Senft, J. Histochem. Cytochem., 33,77(1985).
11)S. A. Weston, C. R. Parish, J. Immunol. Methods, 133,87(1990).
12)S. A. Wetson, C. R. Parish, Cytometry, 13,739(1992).
13)I. Vollenweider, P. Groscurth, J.Immunol. Methods, 149,133(1992).
14)C. M. Davies, Lett. Appl. Microbiol., 13,58(1991).
15)C. A. Wallen, R. Higashikubu, J. L. Roti, Cell Tissue Kinet., 16,357(1983).
16)J. Laurence, D. Mitra, M. Steiner, L. Staiano-Coico, E. Jaffe, Blood, 87,3245(1996).
17)Z. Darzynkiewicz, X. Li, J. Gong, Methods Cell Biol., 41,15(1994).
18)Z. Darzynkiewicz, F. Traganos, L. Staiano-Coico, J. Kapuscinski, M. R. Melamed, Cancer Res., 42,799(1992).