(株)同仁化学研究所
大倉洋甫
これまでの1〜6項で、有機化合物分析における試料の前処理について、その基本事項と微量分析における汚染対策を述べた。7項から各論に入り、液・液抽出の解説に入っている。
7.液・液抽出 (続き)
l.前述(7.c)したようにイオン性物質の水溶液を低極性溶媒で抽出するとき、当然のことながら酸性物質であれば、そのpKa値よりできれば2以上低いpHで、塩基性物質では逆にできるだけ2以上高いpHで、遊離酸あるいは遊離塩基として行う。
これで抽出できない強酸(スルホン酸など)や強塩基(第四アンモニウムなど)の水溶液については、疎水性基を有するイオン対試薬を加えて、低極性溶媒に易溶な疎水性塩を作って抽出する。この原理を利用したのがイオン対クロマトグラフィーである。酸に用いるイオン対試薬はテトラアルキル(C3〜C6程度)アンモニウムクロリド、塩基用のそれはアルキル(C6〜C8程度)スルホン酸や安価なベンゼンスルホン酸などのナトリウム塩である。
m.試料水溶液を固定化して液体固定相とし、液・液抽出を行う方法がある。これには水溶液を保持する程度の巨大細孔を持つ顆粒状ケイソウ土(市販品がある)を、水や適当な物質の水溶液に懸濁してカラム(例えば0.5ml程度から数十mlの注射筒)に充てんしたもの(市販品もある)を用いる。このカラムに試料水溶液を注ぎ、分析目的物質と共に保持させる。適当な水難溶性溶媒を通して不要物質や妨害物質をできるだけ洗浄除去する。ついで適当な有機溶媒で低極性目的物質の溶出を行う。
液体固定相に残存する物質は濃厚食塩水で押し出すようにして溶出させる。複数の残存物質の極性や解離度が異なる場合、pH1〜13の緩衝液やこれとメタノールなどの水溶性溶媒との混液を用いて、分別溶出させることも可能であろう。
この方法は血漿、血清、尿、ずい液などの生体試料に直接適用できる。
8.吸着と脱着(固・液抽出)
固体試料中の物質あるいは吸着剤に吸着された(または吸着させた)物質の抽出(脱着)を行うことも多い。さらに吸着剤などを充てんした小カラム(カートリッジ)で吸着と脱着を行って試料の前処理を行う固相抽出法が繁用されるようになった。
a.固体試料を適当な液性の水溶液や有機溶媒で抽出する際、試料を粉砕し、抽出媒体との接触面積を大きくする。粉砕しにくいときは、無関係塩(食塩、無水硫酸ナトリウムなど)の適量(試料と同量程度)を加えると粉砕できるようになることもある。抽出時の留意事項は液・液抽出の場合のそれと同じである。テフロン容器を使用して密閉系で抽出する方法(7.液・液抽出 eおよびf参照;加圧および加熱可能な抽出器の市販品がある)は微量試料に適用できる。
抽出液と固相の分離に静置で長時間を要するときは遠心を用いる。
b.試料溶液に吸着剤(固相)を加えて分析目的物質を吸着させる方法で使用される吸着剤はシリカゲル、アルミナ、活性炭、ケイソウ土、多孔性合成ポリマー類などである。吸着を行う際に留意すべきことは、試料溶液の液性、吸着時の温度、振盪時間などである。これは液・液抽出におけるそれと同じである。
固相は通常遠心によって沈殿させる。液相はデカンテーションや吸引によって取り去る。沈殿した固相を洗浄して妨害物質を除去する場合は、溶媒に分散して行う。
固相を上記aで述べたように処理して分析目的物質を抽出する。
活性炭を吸着剤に使用した例をあげよう。ヒト血清中のプロカインアミドとリドカイン(図8−1,ともに抗不整脈治療剤,経口投与)の定量である。前処理操作は図8−2に示すとおりである。内標準物質にプロカイン(図8−1)を用いる。逆相HPLCにおけるクロマトグラムを図8−3に示す。(天津にて)