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生体内ホルムアルデヒドを検出するための蛍光プローブ

株式会社同仁化学研究所 大内 雄也

 ホルムアルデヒドはシックハウス症候群の原因物質として知られる“毒”であり、癌や糖尿病、アルツハイマー病など多くの疾患にも関連していることがわかっている。生体内ではエピジェネティクスを調節している脱アセチル化酵素 LSD1 やその他の酸化酵素によってホルムアルデヒドは産生され(図 1)、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ/S- ニトロソグルタチオンレダクターゼやアルデヒドデヒドロゲナーゼなどの酵素によって分解されることで生体内のホルムアルデヒド濃度は 100〜 400 μM に調節されている。このようなホルムアルデヒドの産生/代謝バランスの異常や外的要因による生体内のホルムアルデヒド量の増加は、多くの疾病につながることが確認されており、アルツハイマー病モデルマウスの脳組織では高濃度のホルムアルデヒドが検出されている。τタンパク質の過剰リン酸化やポリマー化、あるいはβアミロイドタンパク質のミスフォールディングや凝集がホルムアルデヒドの主な作用と考えられている。

 ホルムアルデヒドを検出するには、ガスクロマトグラフィー、放射性同位体を用いたトレース法、HPLC やマススペクトロメトリーなど、いくつかの方法が挙げられる。しかしこれらの方法ではサンプルを処理する必要があり、生体内のホルムアルデヒドを直接観察することはできない。
 そこで本トピックでは、非侵襲的に生体内のホルムアルデヒドを検出するための蛍光プローブについて紹介する。
 A. Roth らが開発した蛍光プローブ(FP1)は、silicon rhodol を蛍光色素の基本骨格としており、その構造内に消光基であるニトロベンジル基を有している。そのため、 FP1 自体はほとんど蛍光を発しないが、ホルムアルデヒドと反応してニトロベンジル基が脱離すると蛍光を発することとなる(図 2)。 FP1 はホルムアルデヒド 250μM に対して 3 時間で約 7 倍、ホルムアルデヒド 5mM に対しては 33.5 倍の蛍光増加を示す。 
 一方、T. F. Brewer らが開発した蛍光プローブ(FAP-1)は、蛍光色素として silicon rhodamine を用いており、スピロ環の開裂に基づく発光システムを利用している。 FAP-1 自体はスピロ環構造をしているため、その蛍光は非常に弱い。しかし、ホルムアルデヒドが FAP-1 と反応して、スピロ環形成に関わるアミノ基が脱離するとスピロ環化が解消され、強い蛍光を発するのである(図 2)。 FAP-1 は FA 100 μM に対して 1 時間で約 8 倍の蛍光増加を示すことから、 FP1 よりも反応性が高いと考えられる。


 いずれの蛍光プローブも選択性は高く、アセトアルデヒドなどの他のアルデヒド類や生体内に mMオーダーで存在するグルタチオンや主な活性酸素種である過酸化水素には反応しないことが確認されている。このような高い選択性はその反応機構に起因しており、いずれのプローブにおいてもホルムアルデヒドとの反応に加え、2-aza-cope 転位反応を介した多段階の反応を利用している(図 3)。

 これらのプローブは細胞イメージングへの適用も可能であり、生体内濃度のホルムアルデヒドを検出できることが示されている。 さらに FAP-1 を用いた実験においては、 LSD1 過剰発現によってホルムアルデヒド量が増加している MCF7 (ヒト乳癌細胞)内で蛍光増加が観察され、この蛍光増加は LSD1 阻害剤によって低減されることが確認されている。これらの結果は、FAP-1 は生細胞内のホルムアルデヒド量を可視化できるプローブであることを支持するものである。
 ホルムアルデヒドは長年にわたって多くの疾病に関連していることが示唆されているが、そのメカニズムに関しては未だ不明な点が残されている。またエピジェネティクスとの関連も示唆されており、ホルムアルデヒドと疾病あるいはエピジェネティクスとの関連を調査する上でこのような蛍光プローブは強力なツールとなりうる。今回紹介したプローブには反応速度や感度の面で課題が残されているが、今後さらなる改良によって実用的なプローブ開発への展開が期待できる。

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参考文献

1) Y. Shi et al., “Histone Demethylation Mediated by the Nuclear Amine Oxidase Homolog LSD1”, Cell, 2004, 119, 941.

2) J. Lu, J. Miao, T. Su, Y. Liu and R. He, “Formaldehyde induces hyperphosphorylation and polymerization of Tau protein both in vitro and in vivo”, Biochem. Biophys. Acta., 2013, 1830, 4102.

3) K. Chen, J. Maley and PH. Yu, “Potential implication of endogenous aldehydes in beta-amyloid misfolding, oligomerization and fibrillogenesis”, J. Neurochem., 2006, 99, 1413.

4) A. Roth, H. Li, C. Anorma and J. Chan, “A Reaction-Based Fluorescent Probe for Imaging of Formaldehyde in Living Cells”, J. Am. Chem. Soc., 2015, 137, 10890.

5) T. F. Brewer and C. J. Chang, “An Aza-Cope Reactivity-Based Fluorescent Probe for Imaging Formaldehyde in Living Cells”, J. Am. Chem. Soc., 2015, 137, 10886.