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ビタミン B12 酵素機能をもつバイオインスパイアード触媒
Bioinspired Catalysts with Vitamin B12 Enzyme Functions

久枝 良雄
九州大学工学研究院 応用化学部門
教授

 

  The B12-dependent enzymes catalyze various molecular transformations. For example, the rearrangement reactions as typified by the conversion of methylmalonyl-CoA to succinyl-CoA, the methylation reaction as in the synthesis of methionine, and the dehalogenation reaction of perchloroethylene. An alkylated complex which has a cobalt-carbon bond is a key compound in such enzymic reactions. This cobalt-carbon bond is cleaved by the stimulus such as light, heat, or redox, and generates active species such as organic radicals. As part of a study directed toward design of good catalytic systems based upon a hydrophobic vitamin B12, heptamethyl cobyrinate perchlorate, the preparation and functions of various nanomaterials with the vitamin B12 derivative and photosensitizers are reported. Examples include a vesicle-type vitamin B12 artificial enzyme, a vitamin B12-Ru complex combined system, a vitamin B12-titanium dioxide hybrid catalyst, vitamin B12-hyperbranched polymers(HBP) , vitamin B12-metal-organic framework(MOF) system, and a vitamin B12-Rose Bengal combined system. These bioinspired materials have potential as catalytic systems for degradation of organic halide pollutants and for molecular transformations via radical intermediates under irradiation with UV or visible light, and offer scope for applications that are of great interest in terms of green chemistry.

1. はじめに

 バイオミメティクスとは、生体系の優れた機能を模倣し、人工的に再現する化学である。近年では生体系の機能を模範とした化学は、さらに工学的な発想を加味して、生体系の機能を凌駕する技術を目指すバイオインスパイアード化学へと進化している。この手法は、生体由来のタンパク質やアミノ酸に拘ることなく、その機能を代替、さらには凌駕できるものであれば、有機物・無機物・半導体など生体とは関係ない物質であっても様々に組み合わせて、優れた材料を開発しようとするものである。このようなコンセプトにより、生体機能を単に模倣する材料開発から脱却し、新しい材料や物質変換システムの開拓が可能となる。
 筆者らは図 1 に示すように、無機半導体・金属錯体・有機化合物・高分子化合物・タンパク質などの異種材料をハイブリッド化したバイオインスパイアード触媒の開発を行っている。天然の金属酵素は、高活性・高選択的であるが、構造安定性に欠け応用範囲が狭いなどの欠点も多い。そこで、ナノ空間材料と金属錯体等の組み合わせにより、天然酵素を凌駕する機能をもつ革新的触媒の開発を目指している。本稿では、ビタミン B12 酵素機能をもつバイオインスパイアード触媒の開発に焦点を当て、環境汚染物質の分解反応や物質変換反応への応用について述べる。

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2.ビタミン B12 依存性酵素と酵素反応

 ビタミン B12 は、生体内で葉酸とともに赤血球をつくりだす働きをもつ重要な栄養素の一つである。1948 年に悪性貧血の特効薬として発見され 1) 、後に Hodgkin らによるX線構造解析によりその複雑な構造が明らかにされた 2) 。コリン環部分のみでも不斉炭素を 9 個も含む複雑極まる構造は有機合成化学上最大のターゲットとなり、1972 年には Woodward や Eschenmoser らによる全合成が達成された 3)
 ビタミン B12 は、「中心金属コバルト」と「コリン環骨格」をもつ有機金属錯体であり、化学名はコバラミンである。図 2 に示すように、テトラピロール系の平面配位子であるコリン環内の 4 個の窒素原子にコバルトが配位した金属錯体である。ヘムタンパクの活性部位にあるヘムの配位子であるポルフィリンと構造は似ているが、配位子の塩基性が異なる。すなわち、コリン環はピロールの A 環と D 環が直結しており、モノアニオン性の配位子である。従って、低酸化状態のコバルト錯体の生成に有利な構造と言える。 また、周囲に多数の不斉炭素をもっておりキラルな反応場を与えている。通常ビタミン B12 の呼称は、生体から効率良く抽出される誘導体であるシアノコバラミンに対し用いられているが、生体内で実際に作用しているのはメチルコバラミンおよびアデノシルコバラミンである 4)

 このビタミン B12 の中心金属コバルトは通常 + 1〜+ 3 の酸化状態をとることができ、+ 1 価では灰緑色、+ 2 価では黄色〜橙色、+ 3 価では赤〜紫という色を示す 5) 。ビタミン B12 の酸化還元を伴う反応は、緑-黄-赤と反応により色が変わるので、「交通信号反応」に喩えられる。
 ビタミン B12 が関与する酵素反応は図 3 に示すように 3 つに大別される。1つはアデノシルコバラミン依存で炭素骨格の組み換えを伴う異性化反応であり、2 つ目はメチルコバラミン依存のメチル基転移反応であり、3 つ目は脱ハロゲン化反応である。


 アデノシルコバラミンは、炭素骨格の組み替えを伴う官能基転位反応の触媒として働く。たとえば、メチルマロニル- CoA ムターゼはメチルマロン酸骨格からコハク酸骨格への変換を行う。この反応においては、図 4 に示すようにコバルト-炭素結合の開裂が引き金となり酵素反応が開始する。補酵素 B12 のコバルト-炭素結合のホモリシス開裂により生成したアデノシルラジカルが基質の水素原子を引き抜き、そこで生成した基質ラジカルが中間体となり異性化反応が進行する。メチルマロニル -CoA ムターゼの X 線構造解析は 1996 年に報告されたが、下方配位子は分子内ジメチルベンズイミダゾール(DMBI)ではなく、タンパク質由来のヒスチジン残基のイミダゾールであった 6)


 メチルコバラミンは、生体内ではメチオニンの生合成を司る酵素中に存在する補酵素である。メチオニンシンターゼはホモシステインからメチオニンを生合成する過程において、メチル基転移の触媒として働いている 4) 。この反応においては、コバルト-炭素結合がイオン的に開裂する。すなわち、メチルコバラミンはグリニャール試薬のように作用し、ホモシステインをメチル化する。 この酵素については、1994 年に X 線結晶構造解析が報告され、タンパク質に結合したメチルコバラミンの構造が明らかにされた 7) 。コバラミンの下方配位子と考えられていたヌクレオチド部のジメチルベンズイミダゾール(DMBI)はコバルトに配位しておらず、あたかもコリン環から降ろされた錨のごとく、タンパク質鎖の中に突きささっていた。そのかわりにタンパク質由来のヒスチジン残基のイミダゾールがコバルトに配位していた。
 一方、嫌気性細菌中に見出された脱塩素化酵素の活性中心にも、これらコリン環を有する錯体(コバラミン)が存在することが、近年の研究で明らかになっている。この脱塩素化反応は、B12 依存性酵素の新しい機能としてその反応および機構解明が注目されている 8) 。嫌気性細菌中に見出された酵素には、コリノイド 1 分子と電子源である鉄・硫黄クラスターが 2 つ以上存在する。菌体中では Co (T) 体が活性種となり、テトラクロロエチレン(PCE)が 2 電子還元されトリクロロエチレン(TCE)への脱塩素化反応が進行する。酵素側から見ればこの反応はエネルギー物質である ATP の合成を行う脱塩素化呼吸に相当し、PCE を電子受容体、水素分子を電子供与体として用い、エネルギー生産を行っている。この脱塩素化反応は、環境汚染物質として社会問題になっている有機塩素化合物の分解に相当し、環境浄化触媒としての応用が期待されている 9)

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3.バイオインスパイアード触媒の開発と反応特性

 ビタミン B12 酵素反応の鍵はコバルト-炭素結合の生成と開裂にある。ここで、Co-C 結合の生成と開裂について説明する。図 5 に示すように、化学的には種々の方法で Co-C 結合を作ることができる。 Co (T) 種とハロゲン化アルキルのような求電子剤との反応、 Co(U) 種と有機ラジカルとの反応、 Co(V) 種とグリニャール試薬のような求核剤との反応により Co-C 結合は生成する 4) 。一方、Co-C 結合は光照射や熱によるホモリシス開裂、酸化還元による開裂などがある。すなわち、ビタミン B12 アルキル錯体の Co-C 結合は、外部刺激によりラジカル種やイオン種を発生させることができる感応性化学種である。

  天然ビタミン B12 は水以外の溶媒には難溶解性であるため、図 6 に示すようにこれを化学修飾し、構造的に安定な修飾体(疎水性ビタミン B12 )を合成することで、その応用を広げることができる 10) 。 この錯体は天然ビタミン B12 の骨格を保持しているため、中心コバルトの酸化還元電位、電子状態などは天然 B12 と類似している。また側鎖エステルの種類により多様な溶媒に高い溶解性をもつため、種々の有機溶媒中での反応やアポタンパクモデルへの取り込みに有利であり、天然酵素同様の高い反応性が期待できる。

 著者らのグループは本稿の最初に述べたような考え方で、バイオインスパイアード触媒の開発を行っている。これまで、天然タンパク質の一つであるヒト血清アルブミン(HSA) 11) 、合成二分子膜 12) 、分岐高分子 13) などのアポタンパクモデルとの組み合わせによりビタミン B12 人工酵素の構築に成功している。また、ゾル-ゲル法によりビタミン B12 誘導体をシリカゲル中に取り込んだり 14)、半導体である酸化チタンにビタミン B12 誘導体を結合させる 15) などして新しい触媒系の構築に成功している。以下では、いくつかの例を紹介したい。

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3.1.  合成二分子型ビタミン B12 人工酵素

 最初の例として、合成二分子膜と疎水性ビタミン B12 の組み合わせによるビタミン B12 人工酵素について説明する。ビタミン B12 酵素の X 線構造解析の結果をもとに、反応に重要な役割を果たしていると考えられるアルギニンやヒスチジン残基を含む合成ペプチド脂質を用いる 16) 。これらの合成ペプチド脂質は水中で安定な二分子膜構造を形成する。この合成二分子膜に、ビタミン B12 を疎水的に化学修飾した化合物を取り込ませることにより、二分子膜型ビタミン B12 人工酵素を構成できる。図 7 に二分子膜型ビタミン B12 人工酵素の模式図を示す。この人工酵素系では、合成二分子膜のミクロ環境効果によるアポタンパク機能が発現し、均一溶液中では進行しない官能基の 1, 2- 転位反応を効果的に進行させることができる。本人工酵素により、ジメチルマロン酸骨格からメチルコハク酸骨格への変換やメチルアスパラギン酸からグルタミン酸への骨格変換反応が可能である。同様な反応は、二分子膜の代わりに天然タンパク質である HSA をアポタンパクモデルとして用いた系でも可能である 11)

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3.2.  B12- Ru光増感剤による触媒システム

 ビタミン B12 誘導体の Co (T) 種は超求核剤であり、その生成には通常は化学的還元剤か、電気化学的還元を用いる。しかし、これらの手法は環境への負荷が小さくはない。そこで、クリーンな手法として光増感剤を用いる Co (T) 種の生成法を開発した。光増感剤として良く用いられるルテニウム(U) トリスビピリジン錯体に着目し、図 8 に示すような光駆動型電子移動反応を利用した触媒サイクルを構築した 17) 。Ru(U) トリスビピリジン錯体は可視光照射により励起され、犠牲還元剤(トリエタノールアミンなど)共存下では還元的消光を受け、高い還元力を有するRu(T) 錯体を与える(-1.35 V vs. Ag/AgCl)。この還元力を利用すればビタミン B12 錯体(E 1/2(CoU/ CoT)=-0.65 V vs. Ag/AgCl)を活性な Co (T)種へと還元することができる。光増感剤による Co(U) 錯体の Co (T) 錯体への還元は、電子スピン共鳴(ESR)による反応追跡により確認することができた。
 ビタミン B12 誘導体の Co (T) 種は高い求核性を示すために有機ハロゲン化合物と反応し脱ハロゲン化反応が速やかに進行する。ビタミン B12 類を含む脱塩素化酵素における活性種は Co (T) 種であり、この反応性は種々の有機ハロゲン化物の還元的脱ハロゲン化反応に応用できる。ジクロロジフェニルトリクロロエタン(DDT)やクロロホルムなどのトリハロメタン類を始めとした広範な有機ハロゲン化物に対し優れた脱塩素化能を示し、特に多置換塩素化合物には著しく高い反応性を示すことが明らかとなっている。このビタミン B12 誘導体による脱ハロゲン化反応における最大の特徴は、有機ハロゲン化合物中のハロゲン原子を、無害なハロゲンイオンの形で脱離できる点である。
 そこで、疎水性ビタミン B12 を触媒として用い、エタノール中 Ru 光増感剤および犠牲還元剤存在下で、環境汚染物質である DDT(有機塩素化合物)に可視光照射したところ、3 時間でほとんどの DDT が消失し、主生成物としてモノ脱塩素体である 1,1-ビス(4- クロロフェニル)-2,2- ジクロロエタン(DDD)が得られた。 暗所や疎水性ビタミン B12 不在の場合には反応はほとんど進行せず、光駆動型電子移動反応により生成する Co (T)種が活性種となり、反応が進行していると推察される。図 8 に示したような反応スキームで進行しており、可視光を照射するだけで、光誘起電子移動反応により疎水性ビタミン B12 が活性化し、環境汚染物質である DDT を分解できる 17)

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3.3.  B12- 酸化チタンハイブリッド触媒

 酸化チタン(TiO2)の光照射により生成する伝導帯の励起電子は、-0.5 V vs. NHE(pH7.0, H2O)の還元力を有し、理論上はビタミン B12 誘導体を Co (T) 種へと還元することが可能である。また酸化チタンは粉末や薄膜として用いるので、その表面にビタミン B12 誘導体を固定化すれば、不均一触媒として利用できる。そこで側鎖にカルボキシル基を有するビタミン B12 誘導体を合成し、酸化チタン表面に固定化したハイブリッド触媒を合成し、その反応特性を検討した(図 918)


 まず、紫外線照射下での酸化チタンのビタミン B12 誘導体との反応性を検討するため、反応を電子スペクトルにより追跡した。 疎水性ビタミン B12 をエタノールに溶解し、酸化チタンの粉末を加えた。最初は 470 nm に特徴的な吸収をもつオレンジ色の溶液であったが、脱酸素条件で紫外線照射すると 390 nm に吸収をもつ暗緑色の溶液へと変化した。 390 nm の吸収極大は Co (T) 種のビタミン B12 誘導体に特徴的なスペクトルであり、紫外線照射により酸化チタンの励起電子により還元されて Co (T) 種が生成したことが明らかになった。さらに、同様にこの反応を ESR スペクトルにより追跡した。 Co(U) 種の疎水性ビタミン B12 をエタノールに溶解し、酸化チタン粉末を加えた。この状態で ESR を測定すると、典型的な低スピン状態の Co(U) 種のシグナルが観測された。 脱酸素条件で紫外線照射すると、 Co(U) 種はほとんど消失した。 この化学種を空気酸化すると、再び Co(U) 種の ESR シグナルが表れた。この ESR による反応追跡からも、酸化チタンは紫外線照射下でビタミン B12 誘導体を Co (T) 種に還元活性化できることが明らかとなった。
 次に、電子移動を効率良く行うために、酸化チタン表面上に B12 誘導体を固定化した。これには、7 つの側鎖がすべてカルボン酸となったコビリン酸を用いた。コビリン酸をエタノールに溶解し、酸化チタン粉末を加えて 1 日撹拌すると、ピンク色の粉末が得られた。この B12- 酸化チタンハイブリッド触媒の同定は、 MALDI-TOF による質量分析、拡散反射スペクトルによる可視部の吸収測定、 IR スペクトルによるカルボキシレートの振動測定などにより行った。元素分析から見積もった B12 の固定化率は 7.0 x 10-11 mol/cm2 であり、比較的高密度で酸化チタン表面に固定化されていることが明らかになった。
 このように調製した B12- 酸化チタンハイブリッド触媒をエタノールに懸濁し、脱酸素条件で紫外線照射(ブラックライトを使用)すると、 Co (T) 種の生成を示す暗緑色へと変化した。アルコール溶媒を用いることは本反応の鍵であり、アセトニトリル中では本反応は進行しない。それはアセトニトリル中では光照射により発生した正孔(ホール)が励起電子と再結合するため、 Co (T) 種が生成できないためである。一方、エタノール中では溶媒のエタノール自身が正孔により酸化され(アセタールが生成)、再結合を防ぐことにより励起電子が Co(U) 種を Co (T) 種へと還元する。
 このように酸化チタンの光還元作用により Co (T) 種の生成が可能であるので、基質として DDT(有機塩素化合物)を加え、紫外線照射しながら反応させると、種々の脱塩素化物が得られた。反応時間を延ばすことにより、トリ脱塩素体(塩素が 3 つ脱離した化合物)を生成させることができる。酸素不在下では B12- 酸化チタンハイブリッド触媒は安定であり、優れた触媒であると言える。B12 誘導体を酸化チタン表面に固定化することで、好気条件でも Co (T) 種の生成が可能となり、酸素添加反応も進行した。
 この B12- 酸化チタンハイブリッド触媒は、有機ハロゲン化物の分解のみならず、有機ハロゲン化物からのラジカル生成反応にも利用できる 19, 20) 。従って、従来のスズ化合物を用いたラジカル反応の代替として用いることができ、環境調和型のグリーン触媒として魅力的である。更に、可視光応答型の酸化チタンを用いることにより、可視光で反応させることも可能である。

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3.4.  B12-HBP 触媒

 分岐高分子をアポタンパクモデルとして利用することができる。 機能性物質としてハイパーブランチポリマー(HBP)を用い、ビタミン B12 誘導体との組合せにより B12 修飾ハイパーブランチポリマー(B12-HBP)の創製に成功している 21) 。上述の酸化チタンとの組合せにより、環境適合型物質変換に応用できた。
 図 10 に示すように、ビタミン B12 誘導体を共有結合で HBP に固定化した B12-HBP を合成した。電子スペクトル、 ESR 、および NMR などにより分光学的性質を評価し、 B12-HBP が種々の有機溶媒に高い溶解性を有し、溶液中で HBP に固定化された B12 部位が溶媒和していることが明らかになった。更に、原子間力顕微鏡や透過型電子顕微鏡によりモルフォロジー観察を行い、 B12-HBP が HBP 本来の粒子性を保持していることも明らかになった。また、 B12-HBP の二座配位子に対する軸配位挙動から、ビタミン B12 誘導体が高密度に修飾されていることが明らかになった。
 この B12-HBP の触媒機能を検討したところ、選択的二量化反応に有用なことを見出した。具体的には、臭化フェネチルを含む B12-HBP メタノール溶液に酸化チタン共存下、紫外線照射を行うと B12-HBP が B12 単体と同等の転化率を示し、二量化反応選択性が向上した。高分子であるがその小さな粒子性のため粘度が低いので反応速度は速く、高密度修飾に起因するラジカル種の二量化反応選択性の向上が要因であると解釈できる 22)

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3.5.  B12-MOF 触媒

 近年、種々の多孔性錯体フレームワーク(MOF)が合成され、ガス吸着剤や高分子合成触媒としての応用が活発に研究されている。そこで、多孔性錯体フレームワークに新たに光増感機能を付与したものを創製し、可視光を駆動力とした固体触媒の開発を行った。光増感剤としてはルテニウム錯体を用い、触媒分子としては疎水性ビタミン B12 誘導体を用いた。多孔性錯体フレームワークを構成できる金属イオンとして亜鉛 (U) イオンを採用し、補助配位子、光増感能をもつルテニウム錯体の組み合わせにより、大きな空孔を有する多孔性錯体フレームワークを構築した。図 11 に示すように、多孔性錯体フレームワークに導入した光増感剤は可視光により励起され、疎水性ビタミン B12 誘導体を還元して活性な Co (T) 種を生成した。本固体触媒を用いた可視光照射による有機ハロゲン化物(環境汚染物質)の分解反応および官能基の 1, 2- 転位反応に成功している 23)


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3.6.  B12- 有機光増感剤による触媒システム

 ビタミン B12 誘導体を用いた貴金属フリー可視光駆動型物質変換システムの構築にも成功している。有機色素増感剤としてローズベンガル(RB)を用い、ビタミン B12 誘導体の光還元反応を行った。ごく少量の RB は犠牲還元剤であるトリエタノールアミン共存下で、可視光照射によりビタミン B12 誘導体を還元し Co (T) 種を生成した。この反応系を用いることにより、 DDT、アラクロール、ブロモ酢酸などの脱ハロゲン化反応が効率良く進行した。反応は図 12 に示すような機構で進行することを明らかにしている 24) 。さらに、本システムを有機ラジカル反応に応用し、アシル基の 1, 2- 転位による環拡大反応やラジカル付加による C-C 結合形成反応にも成功している。本システムも有効なスズ代替触媒として応用できる。


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4.メチル基転移反応を利用した無機ヒ素の無毒化反応

 ビタミン B12 依存性酵素の 1 つであるメチオニンシンターゼは、メチルコバラミンが補酵素として働き、ホモシステインからメチオニンを合成している。メチルコバラミンは生体内でのグリニャール試薬のような働きをしており、その応用として環境適合型のメチル化試薬としての利用が期待される。しかし、非酵素系でのモデル反応において効率的は触媒反応を達成した例はなかった。そこで、著者らのグループではビタミン B12 誘導体によるアルキルチオールや無機ヒ素のメチル化反応について検討した 25-27)
 このメチル基転移反応は重金属にも起こり、水銀がメチル化して有機水銀が生成し、水俣病の原因となったことは有名である。水銀はメチル化して有機水銀となると猛毒であるが、ヒ素はメチル化すると逆に毒性が著しく下がる。生体系におけるヒ素のメチル化については、以前はビタミン B12 酵素の作用であると考えられたこともあったが、現在では B12 酵素ではなく S- アデノシルメチオニンによりメチル化されることが明らかになっている。従って、有効なメチル化反応を見出せばヒ素の新規な無毒化法への応用が期待できる。そこでメチル化疎水性 B12 誘導体を用いて、無機ヒ素のメチル化反応を検討した。本研究は、北里大学および日本板硝子(株)との共同研究により行った。
 ヒ素化合物の急性毒性値は化学構造および酸化状態に依存する。 高酸化状態の 5 価のヒ素は低酸化状態の 3 価のヒ素より急性毒性は低い。また、水銀や鉛のような重金属とは異なり、図 13 に示すようにヒ素はメチル化されると毒性は著しく低下する 28) 。無機ヒ素をトリメチル化して更にアルセノベタイン(AB)に変換することにより、毒性は 1/300 になる。ヒ素化合物の中で、5 価のトリメチルヒ素であるアルセノベタイン(AB)は砂糖よりも毒性は低く、無毒と見なせる。従って無機ヒ素をトリメチル化し、さらにアルセノベタイン(AB)に変換することにより無毒化することができる。すなわち、無機ヒ素を効率よくトリメチル化することができれば、新規な無毒化方法の開発に繋がるものと期待される。

 そこで、グルタチオン(GSH)の存在下で無機ヒ素とビタミン B12 誘導体のメチル化錯体を反応させ、ヒ素のメチル化反応を検討した 26, 27)図 14 に示すように、メチル化疎水性 B12 の加水分解物であるメチルアココビリン酸過塩素酸塩をメチル供与体とした場合、100℃ の反応条件でヒ素がほぼ全てトリメチル体となることを見出した。
  B12 誘導体によるヒ素のメチル化は、新たなヒ素の無毒化法として有望であるが、よりマイルドな反応条件で反応が効率良く進行することが望まれる。また触媒的に反応を進行させる手法はいくつか考えられるが、効率の良い反応系の開発には至っていない。 今後の進展が期待される。


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5. おわりに

 近年、さまざまな分野で環境問題への注目度は大きく、化学の分野においても環境への配慮を組み入れたグリーンケミストリーへのアプローチが主流となっている。「バイオミメティクス」や「バイオインスパイアード」のような生体に学んだ手法は、その高効率と無駄のなさによって、環境への負荷を最大限に減らし、革新的な技術を産みだすことに大きく寄与すると考えられる。
 本稿で紹介したビタミン B12 酵素機能をもつバイオインスパイアード触媒は、その一つの試みである。ビタミン B12 酵素は、生体内において 10 数種類の反応に関与し、通常の有機化学や触媒化学では不可能な反応を可能にする優れた触媒である。そのようなビタミン B12 酵素の活性中心にヒントを得て、金属錯体と光増感反応をハイブリッドさせる手法は、環境汚染物質のクリーン分解など、環境の改善に大いに貢献できるグリーンケミストリーである 29) 。また、これらの反応系は官能基転位やメチル基転移を伴う有機合成にも応用できる。基本原理を生体系に学ぶことにより、環境との調和を保った新しい材料創製の道が拓けるものと確信する。
 本稿で紹介した研究は、九州大学での筆者の研究室のスタッフおよび学生の皆さんの協力のもとに行われたものである。この場を借りて御礼申し上げます。

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著者プロフィール
氏名 久枝 良雄(Hisaeda Yoshio)
所属 九州大学大学院工学研究院応用化学部門 教授
連絡先 〒819-0395 福岡市西区元岡 744
TEL:092-802-2826、FAX:092-802-2827
E-mail:yhisatcm@mail.cstm.kyushu-u.ac.jp
出身学校 九州大学大学院工学研究科合成化学専攻
学位 工学博士
専門 錯体化学、有機電子移動化学、生体機能関連化学

 

 

 

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