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連載
界面活性剤による膜タンパク質 X 線結晶構造の分解能向上
〜ウシ心筋チトクロム酸化酵素を例として〜

青山 浩
大阪大学大学院薬学研究科

1. はじめに

 第 1 回の本連載(No.152)では、ピコバイオロジーの概念と現状について、ウシ心筋チトクロム酸化酵素(Cytochrome c Oxidase、以下 CcO )の研究事例を取り上げて概説した。 CcO は、ミトコンドリア内膜に位置し呼吸鎖複合体の一つで細胞呼吸の末端酸化酵素として機能し分子状酸素を水にまで還元するとともに、プロトンを内膜の内側から外側に能動輸送する。この 2 つの反応により生じたプロトン濃度勾配が ATP 合成酵素による ATP 合成に利用される。ウシ心筋 CcO は 13 種類の異なるサブユニットからなる分子量 20 万の膜タンパク質複合体である。この酵素の分子状酸素還元機構、電子移動反応とプロトン輸送反応の共役機構を解明するためには、振動分光法によってもたらされるピコメートル(10-12 m)の精度での化学結合距離と X 線結晶構造解析法によってもたらされる全原子の空間的位置情報の融合が求められる。 これにより明らかになると期待される「既存の化学の言葉だけでは説明できない生命現象との出会い」のためには、膜タンパク質の高分解能 X 線結晶構造は不可欠である。そこで、第 2 回の連載ではピコバイオロジーの中核を担う膜タンパク質の X 線結晶構造解析において主要な因子の一つである界面活性剤について基礎的な概略を述べた。最終回の本連載では、ウシ心筋 CcO の X 線結晶構造の分解能向上に界面活性剤の選択がいかに重要であったかを考察する。

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2.  ウシ心筋 CcO 酸化酵素の精製、結晶化における界面活性剤

2.1. ウシ心筋 CcO の選択

 酸素呼吸を行うほとんどの生物は CcO をもっており、現在までに数十種の生物種から単離・同定されている。生物種が変わっても触媒する反応や酸化還元反応を担う金属中心の構造もほとんど共通であるが、サブユニット組成は哺乳動物の 13 個から細菌の 2 個まで大きく異なる 1) 。我々は、これら生物種の中からウシ心筋 CcO を X 線結晶構造解析の材料として選択した。その第 1 の理由は、生物科学の目標の一つはヒトを理解することにある。そのため、ヒトと同じサブユニット組成で我が国で新鮮な材料の供給の最も容易な哺乳動物の組織としてウシ心筋を選択した。第 2 の理由は、図 1 に示したように界面活性剤に可溶化された膜タンパク質では、界面活性剤が結合していない親水性領域の相互作用で結晶を形成するため、大きな親水性領域をもつウシ心筋 CcO の方が有利なためである。同時期に発表された細菌 CcO では抗体を結合させることで親水性領域の拡大を図っており、今では膜タンパク質結晶化の常法の 1 つとなっている 2)

2.2. ウシ心筋 CcO の精製

 膜タンパク質の精製の一般的な方法はまだなく、膜タンパク質の種類が違うと別世界といえるほど条件が異なる。それでも、ある膜タンパク質の精製のとき注意しなければならなかったことが他の膜タンパク質にも必要であることが多いと思われる。以下に我々が行っているウシ心筋 CcO の精製の手順を記述する。

2.2.1. コール酸ナトリウムによるミトコンドリア内膜からの CcO の可溶化 

 ウシ心筋 800 g からミトコンドリア内膜を分画し、コール酸ナトリウムと硫酸アンモニウムにより CcO を可溶化する。次にコール酸ナトリウム濃度を透析によって低下させると大部分のチトクロム bc 1 複合体や可溶性タンパク質を除去することができる。 残余の不純タンパク質はコール酸存在下で硫酸アンモニウム分画により除去する。イオン性界面活性剤であるコール酸を用いたこの方法は 1941 年に開発されたものであるが、今でも最も有効なミトコンドリア内膜からの可溶化法である 3)

2.2.2. 非イオン性界面活性剤による可溶化

 動物の消化液に含まれているコール酸やデオキシコール酸は、特に動物組織の膜タンパク質の可溶化には有効であることが多い。一方、酵素の活性を阻害したり、変性を引き起こす可能性がある。そこで、非イオン性界面活性剤の存在下で硫酸アンモニウム分画を繰り返しコール酸ナトリウムと交換するとともに、さらに純化を進める。このようにして得られた標品を限外ろ過膜で濃縮すると、微結晶が非晶質の沈殿を伴わずに生じる。微結晶化によって、硫酸アンモニウム分画では除去できない微量の不純タンパク質を取り除くことができる。この方法で 4 日間で 0.5 g の微結晶標品を得ることができる 4)

2.2.3. 非イオン界面活性剤の種類

  ウシ心筋 CcO の結晶化では、前項の非イオン性界面活性剤の種類が高分解能 X 線結晶構造解析の実現に最も重要であった。以下にその概略を示す。
 当初は、非イオン性界面活性剤としてポリオキシエチレンアルキルエーテル(AE)を選択した。まず、Brij-35(C12E23)を用いることで六方晶系の結晶を作製し、高等生物の膜タンパク質の結晶として初の回折像を得た 5)。しかし、 X 線による分解能は 8Åであり原子レベルでの構造解析にはかけ離れていた。さらに、当時は室温での X 線回折実験が通常であったが、ガラスキャピラリーに封入はできるものの回折能を示す結晶が得られる頻度が少ないという問題があった。Brij-35 は疎水性であるアルキル基の炭素数は 12 であるが、親水性領域のオキシエチレン鎖の数は 23±n であり均一ではない。この親水性領域の多分散性や長さは、結晶を形成する親水性領域の分子間相互作用を不安定化すると考えられた。そこでアルキル基の炭素数は 12 のままで、オキシエチレン鎖の長さが 8 のオクタエチレングリコールモノドデシルエーテル(BL-8SY)を用いて微結晶標品を作製し、硫酸アンモニウム分画を沈殿剤として結晶化したところ 5Å 分解能の回折像を与え、物理的衝撃にも安定な結晶が得られた 6)。その後の検索の結果、炭素数 10 のアルキル基とマルトースが β-グリコシド結合した n-デシル-β-D-マルトシドを(β-DM)用いることで 2.8Å 分解能の X 線結晶構造解析に成功した 7) ,8)。この場合、結晶化の沈殿剤にポリエチレングリコール(PEG)4000 を用いており界面活性剤の構造変化に応じて結晶化条件の最適化を図った。

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3. X 線回折実験条件の検討による分解能の向上

 上述の 2.8Å分解能の X 線結晶構造は、つくば市のフォトンファクトリーにてビームラインの実験ハッチ全体を約 10℃ に設定した測定によって得られた。次に複数の結晶を利用することで X 線の露光時間を延ばして 2.3Å 分解能の構造を決定した 9)。その後、第三世代放射光施設(SPring-8)での実験が可能となったため、さらに分解能向上が期待された。しかし、強い光源による放射線損傷を低下させるため 100 K 付近での低温測定は必須である。 そのためには、結晶の溶媒をグリセロールなどのクライオプロテクタントに置換する必要がある。我々は、粘性の低いエチレングリコールもしくはプロピレングリコールを選択した。 CcO 結晶の場合、高分解能データ収集には最大辺が 1 mm 程度の大きさの結晶が必要となる。また結晶内では分子量 20 万の分子が中央部分を界面活性剤に覆われて残りの親水性部分の相互作用のみで結晶構造を維持している。そのため、急激な溶媒条件の変化は見た目でも明らかな損傷を与える。 35% のクライオプロテクタントが必要であるが、結晶を直接この溶液に浸透させると直ちに結晶は壊れる。そこで、1%、3%、5%、10%、15%、20%、25%、30% のクライオプロテクタント溶液を準備して 30 分以上時間をおいてから濃度を上げていく方法を採用した。また結晶を液体窒素に直接投入する方法と 100 K の窒素気流下で最初に凍結させてから液体窒素に保存する方法があるが、結晶の同型性を維持するには後者の方法が適していた。このようにして、低温条件で SPring-8 の大阪大学蛋白質研究所ビームライン(BL44XU)に於いて X 線回折データを収集したところ 1.8Å 分解能の構造決定に成功した 10)。また凍結結晶の同型性が確保できれば、X 線の露光時間を延ばして複数の結晶からの X 線回折データを収集し、それらを 1 本化することで更に分解能の向上が期待できるし、放射線損傷の少ない X 線構造も決定できると予想される。しかし、CcO は低温下では酸素還元中心が X 線照射によって還元されることが結晶の吸収スペクトル測定から明らかにされた。そこで、約 200 個の結晶を使用して X 線還元をできるだけ抑えた X 線構造を決定しヘム a3-CuB 複核中心の間に過酸化物の存在を決定することができた 11)

 

4. X 線結晶構造における界面活性剤

4.1. 非イオン性界面活性剤の種類による結晶中の分子パッキングの変化

 Brij-35 、BL-8SY 及び β-DM の 3 つの非イオン性界面活性剤が結晶中の分子のパッキングにどのような影響を与えたかを X 線結晶構造から考察する。 β-DM で可溶化した CcO 標品から得られた結晶は、界面活性剤に覆われている疎水性領域は結晶形成に関与せず 2 量体のウシ心筋 CcO (図 2、赤色)の親水性領域を四方から対角線上に隣接分子が取り囲むことで(図 3、水色)、分子全体の動きを最小限に抑えた理想的な分子パッキングであった。一方、Brij-35 と BL-8SY で可溶化した標品から得られた結晶の X 線構造では、隙間の多い分子パッキングのため結晶中の分子は不安定であり低分解能の原因となっていた 12)。 AE のオキシエチレン鎖の繰り返し構造は運動性が高く、結晶形成の鍵となる親水性領域の相互作用にも影響を与えたのに対し、β-DM のマルトシドの運動性は低いため親水性領域の相互作用に影響はなく結晶形成に最適の分子間相互作用が得られたと考えられた。

4.2.脂質と界面活性剤の立体構造解析

  界面活性剤は、膜タンパク質と脂質二重層の間を切り離して代わりの疎水結合を提供するため、膜タンパク質-脂質間の立体構造を含めた相互作用解析は困難なように思われる。しかし、1.8Å まで X 線構造の分解能を高めると脂質の明瞭な電子密度が観測された(図 3)。各単量体には、カルジオリピン 2 分子、ホスファチジルコリン 1 分子、ホスファチジルエタノールアミン 3 分子、ホスファチジルグリセロール 4 分子、トリアシルグリセロール 3 分子が X 線構造で検出された(図 4)。これらの脂質の種類、脂肪酸の鎖長などは質量分析やリン定量などで得られた結果とよく一致した。また脂質の役割については、サブユニットVに含まれる 3 分子のリン脂質( 2 分子のホスファチジルグリセロールと 1 分子のホスファチジルエタノールアミン)は活性中心への酸素供給を制御していること、他の 10 分子はサブユニット間もしくは二量体間で構造の安定化に寄与していることが明らかとなった 13), 14)。 膜タンパク質では、固有の脂質の役割について古くから議論があるが、界面活性剤の適切な選択によって精密に化学構造と立体構造を決定し、その機能を提唱することが可能となった。さらに、可溶化に使用したコール酸と β-DM の電子密度も観測された(図 5)。同定された 4 分子のコール酸は膜タンパク質の親水性領域と疎水性領域の界面付近に位置する傾向があるのに対して、2 分子の β-DM は疎水性領域の真ん中に位置していた(図 4)。前者の結果は膜タンパク質を生体膜から可溶化するためには生体膜を構成するリン脂質と膜タンパク質の相互作用を弱めることが必要であるため、コール酸のようなイオン性界面活性剤が有効であったことを示している。しかし、安定化には当該膜タンパク質の水との直接の接触を防ぐ(そのためにはコール酸で十分であるはずである。)だけでは不十分であり、β-DM への交換が必須であることを後者の結果は示している。このような界面活性剤の 2 つの異なる役割に注目した界面活性剤の探索はほとんど行われていない。このような視点の導入により膜タンパク質結晶化条件探索の可能性は飛躍的に向上すると考えられる。

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5. 新しい界面活性剤による分解能の向上

 2 章で述べたように β-DM の使用はこの酵素の構造解明に最も重要な因子であったが、その他の界面活性剤が更なる分解能向上につながる可能性は十分にある。そこで 1997 年当時に市販で入手可能なすべての界面活性剤で検討を行ったが β-DM 以上の良質の結晶は得られなかった。そこで、β-DM をリード化合物とした新しい界面活性剤の合成に着手した。まず β-DM の構造を単純化して二糖であるマルトースを単糖であるグルコースにしたデシル- β-D- グルコシドを合成した。しかし、親水部の水酸基の数が半分になったためか水溶性が大幅に減少した。そこで、水溶性を向上させるために炭素数 10 のアルキル基とグルコースの間にエチレングリコールを一つ導入した 3- オキサトリデシル-α-マンノシドを合成し、CcO 結晶を作製したところ 1.8Å 分解能以上の X 線回折データの収集に成功した(未発表データ)。図 6 にこれまでに得られた結晶の写真と非イオン性界面活性剤の構造を示す。

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6.  まとめ

 放射光実験施設の充実、解析ソフトウエアの開発や汎用性の向上などの X 線解析技術の開発は目を見張るものがあるものの、X 線結晶解析の成否は結晶化によって決まるし、結晶化の成否は目的のタンパク質をいかに立体構造を損なうことなく精製するかにかかっている。これまでの結果から、膜タンパク質の場合は、どの界面活性剤をどの段階で用いるかが実験成功の可否を決めることが明らかとなった。ウシ心筋 CcO の場合、ミトコンドリア内膜からの可溶化はコール酸で行い、その後の非イオン性界面活性剤のアルキル基の炭素数は 10 で親水部は糖であることが適切であるように思われる。しかし、糖の異性体は数多く存在するためその他の界面活性剤をデザインすれば分解能が向上する可能性は否定できないであろう。我々は構造の単純化を目指した分子をデザインしたが、そのため界面活性剤のミセル形成時における水溶性の問題を克服せねばならなかった。逆にマルトースとアルキル基を 2 つにした複雑な界面活性剤が合成され、細菌の末端酸化酵素では精製標品の安定化に寄与したとの報告例もあるため 15)、まだまだ開発の余地はあるであろう。

 本稿で紹介した内容は、兵庫県立大学大学院理学研究科吉川信也、月原冨武両教授のグループとの長年の共同研究の成果である。また界面活性剤の合成は、兵庫県立大学大学院理学研究科杉村高志教授の指導の下で行われた。各グループ所属の多くの方々に厚く感謝する。

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著者プロフィール
氏名 青山 浩(Aoyama Hiroshi)
所属 大阪大学大学院薬学研究科
連絡先 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘 1-6
E-mail haoyama@phs.osaka-u.ac.jp
学位 博士 (理学)
現在の研究テーマ X 線結晶解析に基づく生命現象の理解と薬学領域への展開