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連載
膜タンパク質の X 線結晶構造解析における界面活性剤の役割

青山 浩
大阪大学大学院薬学研究科

1. はじめに

 膜タンパク質は、細胞膜を介した情報伝達、物質輸送およびエネルギー生産など生体内できわめて重要な役割を担っている。さまざまな生物のゲノムにおいて全遺伝子の 30% 近くは膜タンパク質がコードされていると見積もられており 1) 、膜タンパク質の構造・機能の解明は生命現象の理解に不可欠である。また、上市されている医薬品の約 60% が G タンパク質共役受容体(GPCR)やイオンチャネルなどの膜タンパク質をターゲットにしているため 2) 、膜タンパク質の立体構造情報は、候補化合物の最適化による合理的な薬物設計を可能にする。1985 年に最初の膜タンパク質の X 線結晶構造が解明されて以来 3) 、立体構造の報告例が増加していることに疑いの余地はない 4) 。これは、組換え膜タンパク質の大量生産技術の開発、遺伝子工学的手法での変異や欠損による安定化、抗体や融合タンパク質による親水性領域の拡大、脂質を利用した結晶化法の開発、解析ソフトウエアの充実と計算機速度の向上、放射光施設ビームラインの改良など数多くの技術開発の賜物である。
 その一方で、細胞膜の脂質二重層に取り囲まれた膜タンパク質研究において、膜部分を模倣する界面活性剤がきわめて重要な役割を担っていることに変化はない。界面活性剤の選択は、膜タンパク質を取り囲んでいる細胞膜からの可溶化、精製そして結晶化と膜タンパク質研究のすべての段階で鍵を握る。そこで本連載第二回では、第一回の膜タンパク質の機能解析のための結晶構造解析の重要性に関する考察に引き続き膜タンパク質 X 線構造解析における界面活性剤の役割について記述する。

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2.  界面活性剤の性質

 界面活性剤とは「 2 物質間の界面に集まりやすい性質を持ち、その 2 物質間の界面の性質をいちじるしく変えるもの」と定義される 5) 。本来、界面活性剤は水系で使用されるため「界面の性質を変える」ということは、水と油の混ざらない物質同士を分離させず混ぜ合わせることができることを意味する。この性質は界面活性剤の分子構造に由来しており、油になじむ性質「疎水基」と水になじむ「親水基」の 2 つの相反する性質が、油と水が反発して分離してしまうのを防ぎ、両者をつなぎとめる役目を果たしている。
 界面活性剤を水に溶かすと疎水基と水の反発の少ない状態になろうとして、安定化するために 2 つの方法をとる。 1 つは、親水基を水中に残して疎水基だけを空気中に突き出す方法であり、もう 1 つは界面活性剤分子どうしで疎水基を寄せ合って、少しでも疎水基と水との接触面を減少させようとする方法である。前者は界面活性剤分子が水面へ吸着されて一定の方向に配向した単分子膜を作り、後者はミセルを形成する。ミセルは、最初はできかけの 2〜3 分子からなるが、濃度が増加すると完全に発達した球状ミセルを形成する。ミセルがほぼ完成すると考えられる最低の濃度を臨界ミセル濃度(critical micelle concentration, cmc)と呼ぶ。ミセルは中心部が疎水性であるため、水に溶けにくい物質をミセルの内部に取り込むことができる。この性質を利用して、疎水性領域を持ち水に不溶な膜タンパク質を可溶化することができる。

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3. 界面活性剤の種類

 界面活性剤は大きくイオン性界面活性剤と非イオン性界面活性剤に分けることができる。イオン性界面活性剤は、分子中に解離基をもち、陽イオン性、陰イオン性および両性のものがある。代表的な陰イオン界面活性剤である SDS(ドデシル硫酸ナトリウム、図 1a)は、タンパク質への結合力が強い(タンパク質 1g あたり 1.4 g)ため電気泳動に用いられる変性剤である。このような長鎖アルキル基をもつイオン性界面活性剤は、一般に可溶化させる能力は高いが、膜タンパク質の可溶化に用いる濃度ではほとんどのタンパク質を変性・失活させるため、可溶化・精製には不向きである。
 一方、ステロイド骨格を有するコール酸系のイオン性界面活性剤(コール酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウムなど)は、親水基が分子内に分散している。例えば、コール酸では、末端にカルボキシル基を有するともに、ステロイド骨格に 3 つのフェノール性水酸基がある(図 1b)。デオキシコール酸では水酸基が 2 つである(図 1c)ためコール酸より親水性が弱く、より強い界面活性作用を示す。一般にコール酸系統の界面活性剤のミセルサイズは小さいため、透析などにより除去しやすい。また直線型のイオン性界面活性剤よりは、タンパク質に対する作用は温和である。
 イオン性界面活性剤の使用には、以下の注意点がある。 1 つは、イオン性界面活性剤の作用は、共存するイオンの影響を受けることである。イオン性界面活性剤のミセル形成では、親水基の電荷の反発力が利用されているので、対イオンの存在がこの反発を弱め、cmc を低下させミセルサイズを増大させる 6) 。この効果は対イオンの種類により異なる。もう 1 つは、イオン性界面活性剤で可溶化した膜タンパク質標品は、イオン交換カラムクロマトグラフィーでの精製は困難となることである。逆に、界面活性剤を取り除きたい場合は、イオン性のものはイオン交換クロマトグラフィーによって除去しやすいという利点もある。また、膜タンパク質の結晶形成に必須な分子間相互作用を、イオン性界面活性剤の電荷が妨げることから、結晶化には好ましくないといわれている。両性イオン性界面活性剤は分子内に陽イオン、陰イオンの両方の電荷を持ち、イオン性界面活性剤よりは温和であると考えられている。しかし、後述する非イオン性界面活性剤と比較すると変性作用が強いためβ- バレル型膜タンパク質で用いられる場合が多く 7) 、α- へリックス型膜タンパク質での成功例はきわめて少ない 8)
 非イオン性界面活性剤は、水中でイオン解離しない水酸基やエーテル結合などを親水基として持つ界面活性剤のことである。しかし、水酸基やエーテル結合は水中でイオン解離しないために親水性がかなり弱く、それひとつだけで大きな疎水基を水に溶解させることはできない。たった 1 個の親水基で水溶性を確保したイオン性界面活性剤とは大きく異なる。そのため、複数の水酸基を有する糖(マルトシドやグルコシド)やエーテル結合を複数導入したポリオキシエチレンを親水基に用いる。このタイプの界面活性剤は、膜タンパク質に対する作用が温和であるため、可溶化、精製、安定化、結晶化、機能解析に最もよく使用されている。これは、タンパク質-タンパク質間の相互作用より、脂質-脂質間相互作用や膜タンパク質-脂質間相互作用に影響を及ぼす傾向が強いためだと考えられている 9) 。糖にアルキル基がついたアルキルグルコシド、アルキルマルトシド、アルキルチオグルコシドの類似体が合成されているが、アルキル基の短い(C7-C10n-オクチル-β- D-グルコシド(図 1d)などの界面活性剤では、目的の膜タンパク質が失活する場合がある 9) 。一方、n- ドデシル-β- D- マルトシド(β- DDM、図 1e)や n- デシル-β- D-マルトシド(β- DM、(図 1f)は温和で変性作用もないため最も多く使われている界面活性剤である。アルキルポリオキシエチレンエーテルは一般式 CnH2n+1(OCH2CH2xOH と表され、通常 CnEx と書く。この種の界面活性剤は、オキシエチレン鎖の長さが一定でないものもある。アルキル基とポリオキシエチレン基の間にフェニル基が入った Triton X-100(図 1g)のような界面活性剤は、多くの膜タンパク質を可溶化できるが、紫外部で吸収を示す欠点がある。280 nm の吸収でタンパク質の定量を行う場合、 Triton X-100 などが共存すると測定を妨害するため、別の定量法を用いる。 Triton 系の界面活性剤は cmc が低いので透析によって除去することが困難である。

4. 界面活性剤に含まれる不純物

 膜タンパク質研究において界面活性剤の種類はもちろんであるが純度も重要である。不純物の存在が、可溶化や精製には影響を及ぼさないが、結晶化に影響を及ぼす場合がある。例えば、市販のコール酸は不純物による着色がみられることがある。筆者も非イオン性界面活性剤へ置き換えているにもかかわらず膜からの可溶化に用いたコール酸の純度が結晶化に大きな影響を与えた経験を有する。アルキルオキシエチレン系の界面活性剤は空気酸化を受けやすく、不純物として疎水性アルコール、過酸化物などの存在が知られている 10) 。糖アルキルの界面活性剤では β- 型が α- 型より水溶性が高いためによく用いられているが、α- 型が混在すると結晶化を阻害することが報告されている 11) 。最近の市販品の純度は向上しているものの、調製後すぐのものをフィルター等にかけて遮光しての使用が望まれる。

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5. 膜タンパク質の結晶化と X 線回折実験

 膜タンパク質と界面活性剤のミセル複合体の結晶化では、界面活性剤が膜タンパク質に結合していない親水性領域の相互作用で結晶を形成する。このため、界面活性剤ミセルの存在は、タンパク質同士が分子間相互作用できる領域を減少させるため、結晶中で分子が規則正しく並ぶのに不利となる。結果として結晶中の溶媒領域も大きくなるため、 X 線による結晶の分解能はどうしても低くなるし、溶媒のバックグラウンドも高くなる欠点を持つ。最近では、脂質を利用した脂質メソフェーズ法 12) などの成功例も多くなってきているが、界面活性剤で可溶化してからの結晶化が最も一般的で成功例も多い。
 膜タンパク質の結晶構造解析の報告例は指数関数的に増加していることから 4) 、特に α- へリックス型膜タンパク質での結晶化の成功例がデータベース化されつつある 8) 。例えば、イオンチャネルではアルキル基の短いオクチルグルコシド、トランスポーターや呼吸鎖複合体では β- DDM、ATPase ではポリオキシエチレングリコールが成功例が多い。これは、それぞれの膜タンパク質に対して、変性させずに可溶化しタンパク質同士の分子間相互作用を阻害しない固有の界面活性剤の存在を示唆している。
 結晶化の方法は、水溶性タンパク質と同様に蒸気拡散法(sitting あるいは hanging)微量透析法、バッチ法(オイルを用いたマイクロバッチ法を含む)などが一般的である。また、水溶性タンパク質と同様に多くのパラメーター(緩衝液、沈殿剤、塩の種類と濃度、pH など)が存在するが、現在では膜タンパク質結晶化用のスクリーニングキットが各社から販売されている(Molecular Dimensions, Hampton Research, Jena Biosciences, Emerald Biostructures, Qiagen など)。結晶化に使用する沈殿剤は、用いた界面活性剤の種類に依存する。最も使用頻度の高いβ-DDM やβ-DM の場合、ポリエチレングリコール(PEG)での成功率が高い。その中でも、チャネルやトランスポーターでは分子量の小さい PEG(200-600)、呼吸鎖複合体では分子量の大きい PEG(3K-10K)での成功例が多い 8) ため、目的の膜タンパク質に応じて適切な条件を容易に絞り込むことも可能かもしれない。
 小さな両親媒性の化合物(ヘプタン-1, 2, 3- トリオール)の添加によるミセルのサイズの変化がタンパク質の分子間相互作用を増強して結晶作製に有効であるとの報告が膜タンパク質構造研究の初期では提唱されていた 13,14,15) 。使用されない時期もあったが、最近では多価イオン、塩、有機化合物の添加の効果が報告されている 8) 。初期スクリーニングで結晶を作製し、分解能が不十分な場合での添加が有効である。
 結晶ができれば、不凍剤に母液を置換して 100K などの低温下で X 線回折実験を行う。不凍剤の種類はグリセロールやエチレングリコールなど水溶性タンパク質と同様である。しかし、急激な溶媒環境の変化は結晶を壊す原因となるため、できるだけ温和な条件で不凍剤を導入するべきである。膜タンパク質結晶は水溶性タンパク質結晶に比べて溶媒領域が多いので、結晶を脱水させて分子間相互作用を強めることで分解能の向上が期待できる。古くには塩溶液を結晶の近くに置くことで脱水処理を行っていたが 16, 17) 、湿度を制御した気流を結晶に吹き付けることで、脱水処理を行う方法が開発されており、欧米の放射光施設のビームラインには設置されている 18, 19) 。特に、膜タンパク質の場合、結晶作製までに多くの時間、労力、費用を要しており、別の結晶化条件を見出すのは簡単ではないため、十分に検討の余地のある方法である。

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6.  まとめ

 膜タンパク質の X 線構造解析においてどの界面活性剤をどの段階で用いるかが実験成功の可否を決めると言っても過言ではない。動物や植物などの組織からの膜タンパク質を対象とする場合は、可溶化、精製、結晶化で界面活性剤を置き換えることがよく行われていたが、発現系を用いて生産させた組換え膜タンパク質では、いずれの段階でもβ- DDM やβ- DM のみで構造解析に至っている場合が多くなっている。解析例は少ないが、複数の界面活性剤を混合させる方法も利用され始めており、これまでにないミセルサイズと分子間相互作用をもたらす可能性を秘めている。またマルトースとアルキル基を 2 つにした複雑な界面活性剤が合成され、構造解析の報告例もあることから 20) 、新規界面活性剤の出現も期待される。膜タンパク質と界面活性剤の関係は古く新しいテーマであり、今後も膜タンパク質研究の主題の一つであろう。本連載では、膜タンパク質の界面活性剤について基礎的な概略の記述に留めた。次回の連載でターゲットを絞った界面活性剤の使用について記述する。

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著者プロフィール
氏名 青山 浩(Aoyama Hiroshi)
所属 大阪大学大学院薬学研究科
連絡先 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘 1-6
E-mail haoyama@phs.osaka-u.ac.jp
出身大学 大阪大学大学院理学研究科博士後期課程高分子学専攻
学位 博士(理学)
現在の研究テーマ X 線結晶解析に基づく生命現象の理解と薬学
(領域への展開)