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おしらせ

22nd フォーラム・イン・ドージン開催報告
RNAの識別と管理 −自己、異常な自己、そして非自己−

 本年度の第 22 回フォーラム・イン・ドージンでは、2005 年の第 16 回の「RNA 干渉− その可能性」、第 17 回の「生命活動を支える RNA プログラム」に次いで、三度目の RNA に関するテーマが取り上げられた。この背景には、RNA にはまだまだ未知の領域があって、次々と新たな世界が広がっている、という世話人の一致した認識があった。同じヌクレオチドでありながら、糖(リボース)部分の 2’- 位が水素(DNA)であるか、ヒドロキシル基(RNA)であるか、というだけの違いによって、DNA と RNA はそれぞれ異なる化学的特性をもち、互いに異なる役割へと進化した。この微細な構造的相違から、より安定な DNA が主として遺伝情報の格納に使われるのに対して、より不安定な(反応性に富む) RNA は、様々な機能をもつばかりでなく、外来性の非自己 RNA や、自己(正常) RNA が変貌した異常な自己 RNA が個体の生命活動を脅かしかねない。ここに、RNA の識別と品質管理が個体にとって極めて重要な課題である理由がある。このような観点から、世話人の間で議論を重ねて「RNA の識別と管理−自己、異常な自己、そして非自己−」というテーマを設定した。今回も国内のみならず、国際的に第一線でご活躍の著名な先生方をご招待することができた。本フォーラムのために、ご講演を快く引き受けて下さった先生方には、改めてお礼を申し上げたい。
 講演のトップバッターの稲田利文先生(東北大学薬学研究科)は、講演の冒頭に、この分野のオーバービューを兼ねて、詳しい解説を行って下さった。専門外の人達への細やかな配慮であった。続いて、稲田先生は異常 RNA の分類と、それらに対して、様々な段階/レベル (mRNA、翻訳過程、新生タンパク質)における品質管理機構を、特異的な因子の関与とともに解説された。次いで、大野睦人先生(京都大学ウイルス研究所)は、RNA の核外輸送因子が RNA の長さを認識していること、その長さの意味、核外輸送因子とは別の因子の関与などに基づいて精緻な核外輸送機構を紹介された。また、リボソーム RNA の品質管理には、完成リボソームレベルにおける、ユビキチン-プロテアソーム系が関与することについても言及された。吉久徹先生(名古屋大学物質科学国際センター)のご講演では、RNA の通常のスプライシングが核内で行われるのに対して、出芽酵母では、核外(細胞質)でスプライシングが進行し、関与する酵素系の局在からミトコンドリアが積極的な役割を果たすことを明らかにされ、さらに、スプライシングを受けた成熟 RNA が核内と細胞質を行き来しながら品質管理を受ける機構についても言及された。谷時雄先生(熊本大学自然科学研究科)は、真核細胞の核内にあって、遺伝子発現制御に重要な役割を担う構造体の一つである核スペックルの形成を阻害する 4 種の化合物を、放線菌培養上清からスクリーニングによって同定された。これらの化合物による核スペックル形成阻害の詳しい解析から、前駆体 mRNA の選択的スプライシングの制御に対する核スペックルの役割、制御機構について論じられた。最後のセッションでは、ウイルス由来の非自己 RNA の認識・対処機構について三人の先生方のご講演があった。最初の演者の米山光俊先生(千葉大学真菌医学研究センター)は、高等脊椎動物(ヒトを含む)の自然免疫系の中で、侵入ウイルスに特徴的な二本鎖 RNA を認識するヘリカーゼ分子種による、非自己 RNA 認識機構や、細胞内局在変化から、自然免疫系の分子機構や獲得免疫との連携について述べられた。小糸厚先生(熊本大学生命科学研究部)は、ほ乳類 RNA エディティングに関わるシチジン脱アミノ化酵素 APOBEC ファミリーによる、HIVなどの外来性レトロウイルスの制御機構、進化の過程で組み込まれた内在性レトロウイルス・レトロエレメントの制御機構について解説され、これらの制御機構の考察から APOBEC ファミリーが自然免疫の担い手であることにも触れられた。最後の演者の高田賢蔵先生(北海道大学遺伝子制御研究所)は、EB ウイルス関連のがん細胞に共通して発現されている EBER(タンパク質に翻訳されない二本鎖 RNA 様構造をとる小 RNA)の発癌に対する役割が、ウイルス RNA を認識する RIG-I 分子を介した自然免疫系を巧みに利用したものであることを明らかにされた。
 このように、本フォーラムでは、非自己 RNA 、異常な自己 RNA を認識する仕組みは、極めて多様性に富むことが明らかにされた。一方で RNA に対する校正・修復・排除を担う機構が進化し、他方ではウイルスが巧みにそれを利用しながらすりぬける仕掛けを身につけてきたのであろう。この多様性は、RNA の種類・構造の多様性に起因するばかりではなく、RNA の反応性の多様性によるものでもあろう。DNA-RNA-タンパク質というセントラルドグマの中で、DNA とタンパク質の品質管理の機構は、比較的早く検証されてきたのに対し、RNA の品質管理の検証が遅れたのは、その多様性故であろうか。 RNA ワールドは元来、DNA-RNA-タンパク質の生命系が確立される前にあったとされる、RNA だけで成り立つ生命系を意味する造語であるが、本フォーラムで明らかにされたように、RNA ワールドは、別の意味でこれからさらに発展する領域である、との確信を強くした。その発展には、現在タンパク質研究で進んでいるレベルの RNA の立体構造解析が必要だと思われるが、ご講演を引き受けて下さった演者の先生方がその中心的な役割を果たされることであろう。フォーラムの企画に携わった一人として、頼もしく感じた次第である。
 それぞれの講演の後には、フロアから演者の先生方と活発な討論が行われ、しばしば討論を打ち切らざるを得ないほどであった。今回、初の試みとして、講演後のミキサーの時間にポスターセッションを設けてみた。熊本大学の若手の研究者や大学院学生のみなさんから 6 題に及ぶ RNA 関連のポスター発表をしていただいた。これを通して、これまでより多くの若い人達が演者の先生方と個別に交換することができたようである。世話人として、喜ばしいことであった。最後になったが、同仁化学研究所の開発部の部員を始め関係者の裏方としての尽力によって、フォーラムの円滑な運営・進行ができた。感謝申し上げたい。世話人は、直ちに来年の第 23 回フォーラム・イン・ドージンの企画に取りかかる。それに関して、ご希望、参考意見などお寄せいただければ幸いである。それらを参考に、例年のように魅力あるプログラムを企画したい。

(文責 同仁化学研究所 三浦 洌)