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植物バイオマスを原料とした大腸菌によるバイオディーゼル生産

株式会社同仁化学研究所 前田 雄一

  現在、化石燃料の枯渇が危惧されている。また、化石燃料の使用による二酸化炭素の増加が地球温暖化の要因の1つとして指摘されている。その解決策として、環境にやさしいクリーンエネルギーが求められている。
 クリーンエネルギーには、代表的なものに太陽光、風力、水力、バイオマスなどがあり、それぞれに長所と短所がある。
 太陽光では、太陽電池を用いて光エネルギーを電気エネルギーに変換する。日光が当たる場所であればどこでもエネルギーが得られ、野外のみならず、建築物の屋根や壁面にも太陽電池を設置することができ、設置する場所の制約が少ない。しかし、エネルギー源が太陽光であることから、夜間にはエネルギーを生産できず、天候や季節によっても日照量が変化するため、エネルギー生産量が変動するという問題がある。
 風力では、風の力を利用して風車を回転させ、その回転運動を発電機に伝えることで電気エネルギーを得る。風力エネルギーは、小規模で導入しやすく、分散型である( 1つ1つ独立している)ため、メンテナンスが容易で、稼働率が高く、採算性も高い。しかし、風速の変動に伴い、出力電力が需要と関係なく変動してしまうことや騒音の問題がある。
 水力では、発電用水車を水の力によって回転させることで電気エネルギーを得る。大規模水力発電では、ダムなどに貯水した水でタービンを回し発電する。安定した出力が得られ、需要の変化に対応しやすいが、建設に伴う環境負荷・費用が大きいという問題がある。
 それに比べ、バイオマスは、植物が光合成により、太陽エネルギーを有機化合物として蓄えたエネルギーである。バイオマスは燃焼してエネルギーを得るため二酸化炭素が排出されるが、再び光合成により二酸化炭素は吸収されるので、その環境への実効排出量はゼロと考えてよい(この考え方をカーボンニュートラルという)。
 バイオマスのユニークな特徴として、種々の工程を経ることにより、固体、液体、気体と様々な形態で取り出すことが可能で、燃料として貯蔵できることが挙げられる。特に輸送用燃料としてのガソリンやディーゼル油(軽油)の代替燃料としてバイオエタノールやバイオディーゼルが生産されている。これらは、主要な移動手段の一つである自動車のシステムを変更することなく使用できることや、既存のガソリンスタンドを使用できるためインフラストラクチャーの整備の必要がなく、クリーンな燃料として今後も需要が高まることが予想される。
 バイオエタノールの原料には、糖質原料とデンプン質原料の2種類がある。サトウキビの精糖を分離した後のモラセス(廃糖蜜)は糖質原料の一つで、発酵によってバイオエタノールを得ることができるが、モラセスから得られるバイオエタノールだけでは、増大する需要を満たすことはできない。その不足分を補うために、デンプン質原料のバイオエタノールも生産されている。デンプン質原料は主にトウモロコシやイモ類であるが、食糧との競合が実用化の上で問題となる。
 バイオディーゼルは主に植物油脂から作られており、菜種油、ヒマワリ油、大豆油、パーム油などがその原料油脂としてよく知られている。その成分は、脂肪酸メチルエステルや脂肪酸エチルエステルであり、その多くは化学的エステル交換により製造されている。この製造工程の問題点は、加熱するためのエネルギーを必要とすることや、副生するグリセリンを除去しなければならないことである。副生したグリセリンは、食品添加物、石鹸や化粧品などに用いられるが、供給過剰となっている。
 現在のバイオエタノールやバイオディーゼルの生産では、前述のような様々な問題がある。原料については、植物の主要成分であるセルロースやへミセルロースを利用できれば、問題の解決に大きく寄与できると考えられる。しかし、現状では、これらを分解するために高価な酵素(セルラーゼ、ヘミセルラーゼ)を添加することや、粉砕、熱処理などの前処理が必要となるなどの問題がある。そこで本稿では、大腸菌に遺伝子を導入することにより種々の酵素を発現させ、グルコースやヘミセルロースから、バイオディーゼルの生産に成功した成果について紹介する 1)。(図1
 Steenらはバイオディーゼル生産の第一段階として、バイオディーゼルの原料となる脂肪酸を多く産生する大腸菌株作製を目指した。
 脂肪酸の産生を高めるためには、チオエステラーゼを細胞質内で高発現させれば良いことが既に知られている 2, 3)。脂肪酸は、アシル-ACP(アシルキャリアータンパク質)複合体を経由して合成されるが、この複合体が蓄積されると脂肪酸の合成が阻害される。 チオエステラーゼは、この複合体を分解し、脂肪酸の合成を促進し産生量を増大させる。細胞内膜と外膜の間に存在するチオエステラーゼTesAを細胞質内で発現させることにより、グルコースから脂肪酸を最大で0.32g/L産生する大腸菌株が得られた。さらに、脂肪酸産生を高めるために、脂肪酸のβ酸化に関与する酵素をコードする遺伝子fadE を除去した。fadE を除去し、同時にTesAを細胞質内で発現させた株では、TesAのみを細胞質内で発現させた株の3倍以上となる1.2g/Lの脂肪酸を産生した。
 次に、大腸菌からバイオディーゼルである脂肪酸エチルエステルを直接生産するため、アシネトバクター菌由来の脂肪酸エステル合成酵素をコードする遺伝子atfA を導入し、グルコースとエタノールから脂肪酸エチルエステルを産生する大腸菌株を作製した。この株は、400mg/Lの脂肪酸エチルエステルを産生した。
 脂肪酸エチルエステル生産工程を簡単にするために、ザイモモナス菌由来のピルビン酸デカルボキシラーゼをコードするpdc 遺伝子と、同じ細菌由来のアルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子adhB を大腸菌に導入した。ピルビン酸デカルボキシラーゼは解糖系の最終産物であるピルビン酸を二酸化炭素とアセトアルデヒドに分解し、アルコールデヒドロゲナーゼは、アセトアルデヒドからエタノールを生成する。したがって、これらの遺伝子の導入により、エタノールを加えることなく、グルコースのみから脂肪酸エチルエステルを37mg/L産生する株が得られた。
 一般的に、ディーゼル油は自己着火性が高いほどアンチノック性が高く、燃料としての性能が高いとされる。その性能は、セタン価で表される。セタンは炭素鎖長16の直鎖炭化水素であり、この炭素鎖長に近いほどセタン価が高く、ディーゼル油の性能が良いとされる。バイオディーゼルの性能を向上させるために、炭素鎖長に対する特異性の異なるチオエステラーゼを導入することにより、脂肪酸の炭素鎖長分布をセタンの炭素鎖長である16に近づけた。TesAを細胞質内で発現させた株では、脂肪酸の炭素数が12〜18の脂肪酸エチルエステルが得られ、脂肪酸炭素鎖長16の脂肪酸エチルエステルは約40% しか得られなかった。一方、TesAの代わりに植物(シロイヌナズナ) 由来のチオエステラーゼAtFatA3を発現させた株では、脂肪酸炭素鎖長が16と18の脂肪酸エチルエステルが得られた。そのうち脂肪酸炭素鎖長16の脂肪酸エチルエステルが約75% とチオエステラーゼTesA導入株と比較して炭素鎖長16の高い比率が得られ、バイオディーゼルとしての性能が向上した。このように、大腸菌を用いて、グルコースから実用的にバイオディーゼルを生産する工程が確立された。
 次に、Steenらはヘミセルロースの1種であるキシランから、脂肪酸エチルエステルを産生する大腸菌株を作製した。グルコースから脂肪酸エチルエステルを産生する株に、クロストリジウム菌由来のエンドキシラナーゼ触媒ドメインをコードする遺伝子xyn10B と、バクテロイデス菌由来のキシラナーゼをコードする遺伝子xsa を導入した。キシランは、β1-4結合したキシロースを主鎖とする多糖類で、エンドキシラナーゼとキシラーゼは、キシランのβ1-4結合を切断し、キシロースを生成する酵素である。したがって、この2つの酵素の働きによってキシランから生成したキシロースは、大腸菌の解糖系に入ってピルビン酸にまで分解され、ピルビン酸は導入されたピルビン酸デカルボキシラーゼとアルコールデヒドロゲナーゼによってエタノールに変換される。この大腸菌株では、0.2% グルコースを含む培地で脂肪酸エチルエステルを3.5mg/L産生した。0.2% グルコースを含む培地に、さらに2% キシランを加えることにより、11.6mg/Lの脂肪酸エチルエステルを産生した。グルコースのみを培地に加えた場合と比較して3倍以上の脂肪酸エチルエステルを得ることができた。これによって、培地中にヘミセルロースの分解酵素を加えることなく、有用で低コストな、へミセルロースを原料としたバイオディーゼル生産が可能となった。
 以上のように、大腸菌に適切な酵素遺伝子を導入し、それらを発現させることによって、バイオディーゼルの生産性や性能を向上させた。また、ヘミセルラーゼを分泌する大腸菌を作製し、へミセルロースを原料として、バイオディーゼルを生産することにも成功した。この結果は、植物の主要成分で豊富なバイオマス資源であるが、有効利用されていないヘミセルロースからバイオディーゼルの生産が可能であることを示しており、今後の応用が期待される。さらに、これまでの化学的製法と違い、副生成物であるグリセリンの生成がなく、高価な酵素であるヘミセルラーゼを加える必要もないため、有用で低コストの製造工程であると考えられる。
 種々の環境に優しいクリーンエネルギーは、今後益々重用されていくであろう。そのクリーンエネルギーの一翼として、この研究の大腸菌によるヘミセルロースを原料としたバイオディーゼルが大いに貢献していくことを期待したい。また、この研究によって、ヘミセルロースよりも多く存在するセルロースがバイオディーゼルの原料となる可能性も視野に入って来たと言ってよい。

図1 大腸菌によるバイオディーゼル生産過程

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参考文献

1) E. J. Steen, Y. Kang, G. Bokinsky, Z. Hu, A. Schirmer, A. McClure, S. B. del Cardayre, J. D. Keasling, Nature, 2010, 463.

2) P. Jiang, J. E. Cronan, Jr., J. Bacteriol., 1994, 176.

3) H. Cho, J. E. Cronan, Jr., J. Biol. Chem., 1995, 270.

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