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漢方診療・再発見

8  消化器外科と漢方
太田 惠一朗
国際医療福祉大学 三田病院
外科・消化器センター

1.はじめに

 消化器外科、とりわけ消化器癌の手術療法が局所療法であることは言うまでもない。しかし、われわれは術前術後の周術期はもちろんのこと、遠隔時においても常に患者の全身状態を十分に観察しながら診療に当たっている。こうした診療態度は、心身一如を基本とする漢方診療の基本姿勢と大いに共通点があり、消化器外科医は漢方診療に溶け込みやすい1) 2)
 本稿では、消化器外科と漢方治療の特徴について述べ、よく用いられている方剤について解説する。

2.消化器外科領域での漢方治療の特徴

 漢方治療は、手術により固定あるいは慢性化した状態に応用されることが多い。また、手術による直接あるいは間接的な臓器の機能異常に対して補助的に使用される場合もある。
 術前術後の全身状態の改善、術後愁訴や合併症に対する治療、術前術後の補助化学療法、あるいは放射線治療などの有害事象の防止と軽減といった支持療法が漢方の良い適応となる。しかも、漢方薬による治療は西洋薬と違い画一的な治療ではなく、各々の患者の状態に応じて処方できるという特徴がある。特に体力や抵抗力の低下した、東洋医学で言う虚証の患者にも十分対応できるのも特徴である。
 診断は西洋医学的に行い、有効な外科的処置や薬物療法が存在する場合はそちらを優先するのは当然であるが、根本的な治療法がないか効果が少ないと考えられる場合に漢方治療を選択することになる。
 漢方医学的に悪性腫瘍の進行した病態は「陰虚証」の状態であり、そのために体力低下を補う人参、黄耆、乾姜、附子などの「補剤」により体力や免疫力を高めることが可能であり、また代謝を促進させる「温熱薬」が使用される。
 東洋医学の「気、血、水」の中で最も高次のものが「気」であり、他を支配すると考えられている。「気」は生命エネルギーであり、生体の機能的活動を制御する。漢方治療では消化器機能を改善することを最優先に考え、生命活動のエネルギーを供給しようとする。補剤の構成の中核を担う生薬は人参と黄耆であり、人参は「脾肺」すなわち消化吸収機能および全身の気の流れを促進する。黄耆は気を全身に供給する働きを持つ。補剤は消化吸収機能を改善し、全身の栄養状態を改善し免疫機能を高め、生体防御機構の回復と治癒促進を促す。

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3.消化管癌手術に用いられる代表的方剤

3.1 大建中湯

 消化器外科で最も使用されている方剤である。構成生薬の人参は消化管の消化吸収を促す働きを有し、山椒は弛緩した組織に活力を与え、腸管を温めて停滞ガスを促進し、乾姜にも腸管を温める作用がある。Endo等は胃全摘、空腸間置再建術後患者における消化管排出能や運動能に対する大建中湯の改善効果を報告した3)
著者等は開腹胃癌症例連続40症例を対象とし、前期10例の大建中湯非投与群と後期30例の大建中湯投与群(第1病日から7.5g分3経口投与)との比較を行った。大建中湯の開腹術後排ガス促進効果は少ないものの、全粥摂取まで順調に食事内容を上げることが可能であり、入院期間短縮に有用であることが示された。これを胃癌術後のクリニカルパスに採用している(表1)。
 久保等や大藪等の腹部手術後の癒着性イレウスに対して、大建中湯が安全で有用な方剤であることがRCTで示され4) 5)、高木等は大腸癌術後イレウス発症そのものは減少しなかったが、術後の腹痛や便通異常の発症を減少させたと報告した6)。永嶋等は大腸癌術後の腸管麻痺の改善に有用であると報告した7)。今津や壁島等は、大建中湯の投与により、大腸癌術後の入院日短縮効果を示した8) 9)
 今後、大建中湯に関しては、DKTフォーラムにより行われる胃癌、大腸癌術後のプラセボ対照多施設二重盲検群間比較試験により、信頼性の高い臨床的エビデンスが得られることになるであろう。

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3.2 六君子湯

 水野等は胃切除後の消化器症状を有する46例を対象とし、六君子湯投与群(25例)と非投与群(21例)の無作為化比較試験を行い、六君子湯が術後の逆流性食道炎に有用であり、術後平均在院日数の短縮にも寄与したと報告した10)。西田、Takahashi等は幽門保存胃切除術後、六君子湯による排泄促進によって停滞症状を改善することを報告した11) 12)
 六君子湯には消化管運動促進作用や胃排出能促進作用が明らかにされており、上部消化管手術後の食欲不振や上腹部不快感などに使用される。さらに最近、グレリンの分泌促進作用が明らかとなり、食欲増進のメカニズムが解明されてきており、術後の化学療法などによる副作用予防としても六君子湯は頻用される13)

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3.3 参耆剤

 胃切除後の骨代謝障害を抑制し、改善作用を持つと報告されたものに補中益気湯がある。この方剤は術後や病後の体力低下時や衰弱時にも用いられてきた。斎藤等は進行胃癌、大腸癌症例に術前の補中益気湯投与で手術侵襲の軽減効果あることを示した14)。 大原等は胃癌や大腸癌を含むテガフール製剤による化学療法を受けている症例に対する補中益気湯または人参養栄湯併用の有用性を報告した15)。阿部等も同様に術後化学療法の副作用を補中益気湯が軽減することを症例集積研究で示した16)
 十全大補湯も術後の体力低下や疲労倦怠感などに用いられてきたが、上部消化管術後は貧血傾向になりやすく、血虚に合う十全大補湯は理に叶った方剤である。山田等は食道癌、胃癌、大腸癌術後の抗癌剤併用時の免疫抑制を十全大補湯が改善することを報告した17)。黒川等も同様に胃癌、大腸癌を含む悪性腫瘍術後の抗癌剤による副作用に対する十全大補湯の効果を報告した18)。著者らは根治切除が施行されたStageIIからIVまでの進行胃癌症例を対象として、十全大補湯の投与の有無による術後一年目のQOLを比較する無作為化比較試験を多施設共同で行った。詳細なデータ解析を行い、近く結果を公表する予定である。
 戸田等は大腸癌術前術後にフッ化ピリミジン系経口抗癌剤投与された症例を対象とし、十全大補湯により腫瘍組織内の5-FU濃度が上昇し正常組織内では低下することを報告した19)。佐々木等は大腸癌術後補助化学療法に十全大補湯を併用することで、転移抑制作用の可能性を示唆した20)。さらに小柴胡湯が大腸癌術後患者の免疫機能賦活化と肝転移抑制効果を持つことを報告し21)、荒木等は人参養栄湯22)が、西村等は補中益気湯が大腸癌術後の免疫能や栄養状態改善効果を示すことを報告した23)

表1 大建中湯が導入された胃癌患者のクリニカルパス

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4.おわりに

 消化器外科と漢方治療の特徴につき述べ、消化管癌手術で頻用される方剤について解説した。術後の「証」は必ずしも解明されておらず、随証治療を行うには困難を伴うことが予想される。しかし、可能な限り漢方的診察を行い、その努力をしなければならない。一方で大規模な臨床研究の推進と高いエビデンスの構築に期待が寄せられている。

筆者紹介
太田 惠一朗
氏名 太田 惠一朗 (おおた けいいちろう)
所属 国際医療福祉大学 教授
三田病院 医療相談・支援・緩和ケアセンター長(兼任)

略歴
昭和29年 2月25日生まれ(熊本市)
昭和47年3月 熊本県立濟々黌高等学校卒業
昭和53年3月 鹿児島大学医学部卒業
昭和53年4月
〜昭和57年5月
虎の門病院外科病棟医
昭和57年6月
〜昭和60年5月
国立がんセンターレジデント(外科)
昭和60年6月
〜平成15年5月
(財)癌研究会附属病院外科
平成15年6月〜 筑波大学臨床医学系外科
平成16年4月〜 筑波大学大学院人間総合科学研究科臨床医学系外科
平成18年1月〜 国際医療福祉大学三田病院外科・消化器センター
現在に至る

役職
日本胃癌学会評議員
日本臨床外科学会評議員
日本外科学会指導医、専門医、認定医
日本消化器外科学会指導医、専門医、認定医、
消化器がん外科治療認定医
日本外科系連合学会フェロー会員、評議員
日本癌治療学会臨床試験登録医
日本がん治療認定医機構認定医、暫定教育医
日本リンパ学会評議員
日本緩和医療学会理事、代議員、ガイドライン作成委員、暫定指導医
日本東洋医学会専門医、指導医
日本死の臨床研究会世話人
癌とリンパ節研究会幹事
CART研究会代表世話人
外科漢方研究会幹事
港区在宅緩和ケア・ホスピスケア支援推進協議会委員、中核病院部会長

学位
医学博士(日本大学第5820号)
胃癌におけるCisplatinの腹腔内投与時の薬物動態に関する検討。

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