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SAMをゲート絶縁膜に用いた有機トランジスタの開発

株式会社同仁化学研究所  栢多 利博

 最近、急速に発展してきた有機エレクトロニクスの分野において、有機EL(organic electro-luminescence)、太陽電池などと並んで注目すべきもののひとつに、有機トランジスタがある。 トランジスタとは、“ transfer + resistor (電気を伝える抵抗素子)”という言葉からつけられた名前で、半導体によって作られた固体増幅素子のことである。 トランジスタには、小さな入力信号を忠実に拡大する「増幅器」としての役割と外部からの電圧により電流を流す・流さないといった「スイッチ」の役割がある。 トランジスタは、現在のエレクトロニクス製品の殆どすべてに組み込まれており、電子回路の基礎を成す最も主要なパーツのひとつである。

 トランジスタといえば、通常シリコンやアモルファスシリコンといった無機材料を用いたものが主流である。 しかし、その無機物トランジスタの製造は、シリコン系の基板上に、熱酸化法、化学気相成長法(CVD)、物理気相法(PVD)などの方法で成膜する「成膜工程」、フォトレジスト塗布、露光、現像といった操作でパターンニングを行う「リソグラフィ工程」、化学反応を利用して薄膜を形状加工する「エッチング工程」、これらの工程により作られた薄膜の表面に、ホウ素(B)、リン(P)、ヒ素(As)などの不純物を添加する「ドーピング工程」などの複雑で多数の工程が必要である。そのため、大規模なクリーンルームや真空装置などの製造設備を必要とし、また、その製造工程に最大300℃の高温工程を含むため、使用できる基板に制限があるといった課題がある。 それに対して、有機トランジスタは、有機物の特長を活かし、溶媒に溶かすことにより、インクジェットなどの印刷技術を用い、無機物トランジスタより低温の工程でガラスやプラスチックなどの様々な基板上に容易に電子回路を製造することができる。 そのため、軽量、薄型、大面積、屈曲可能などといった特徴を持ち、電子ペーパーや有機ELディスプレイの制御回路、または、RFID(radio-frequency identifi cation)タグなどの次世代エレクトロニクスディバイスとしての活躍が期待される。 しかしながら、有機トランジスタの性能(電子移動度)は、無機物トランジスタにはるかに及ばず、電子移動度をあげるための有機半導体材料の開発はもとより、高移動度を達成するためのチャンネル長を短くする試みやリーク電流を抑えながら薄膜化への試みなど実用化への課題は多い。 このような背景の中、本稿では、ゲート絶縁膜の薄膜化のために自己組織化単分子膜(self-assembled monolayer; SAM)を使い、チャンネル長を短くするためにインクジェット技術を用いた有機トランジスタ開発への取り組みを紹介する。

 Hagen Klaukらは、ゲート絶縁膜に酸化アルミニウム(Al2O3)薄膜とn-オクタデシルホスホン酸のSAMを用い、非常に薄い絶縁膜で高いキャパシタンスと低いリーク電流を実現し、消費電力の非常に低い有機電子回路を作製した1)

 これまで、シリコンを用いた無機物トランジスタのゲート絶縁膜にはシリコンの酸化膜である酸化ケイ素(SiO2)が用いられてきた(Fig.1 a)。 SiO2は、化学的に安定で絶縁性も良好、何よりシリコン上に作製しやすいという利点がある。 しかし、微細化が進むにつれて、絶縁膜の厚さが極端に小さくなっていくと、量子効果により絶縁膜を電子が通り抜けるトンネル現象が起こり、リーク電流が増えるため、消費電力が増えるといった問題がでてきた。 有機トランジスタにおいても無機物の絶縁膜を用いるのと同じような問題が起こる。そこで、SAMを用いた絶縁膜の開発が行われた。

Fig.1 a) 従来型トランジスタの構造模式図 b) 有機薄膜トランジスタの構造模式図

 ガラスや曲げやすいプラスチックなどの基板上にシャドウマスクによりゲート電極としてアルミニウム薄膜の電極パターンを形成し、その表面の一部を短時間の酸素プラズマ処理により酸化して厚さ3.6nmの酸化アルミニウム絶縁薄膜を形成する。 次に、室温で2-プロパノール溶媒中でn-オクタデシルホスホン酸のSAMを酸化アルミニウム絶縁薄膜上に厚さ2.1nmで形成し、厚さ6nmの酸化アルミニウムとSAMの絶縁薄膜が作製される。

 今までシラン基を持つSAMがシリコンやインジウムスズ酸化物(ITO)上で絶縁膜として用いられていた。しかし、低駆動電圧を実現するため導電性の高いアルミニウムがゲート電極に用いられた。 アルミニウム上でn-オクタデシルホスホン酸SAMの密度は、n-オクタデシルトリクロロシランSAMの密度の2.5倍以上であった。 また、リーク電流もホスホン酸のSAMの方がアルキルシランより一桁低く、2Vの電圧で(5±1)×10-8A/cm2であり、ゲートキャパシタンスは0.7±0.05μF/cm2であった。 これらの結果より、アルミニウム上で自己組織化するためホスホニル基を持つSAMが選ばれ、n-オクタデシルホスホン酸SAMの優れた絶縁性が証明された。

 このSAM 絶縁膜を用い、p-チャンネルとn-チャンネルの有機トランジスタを組み合わせた相補的な回路は、スイッチングの間以外は伝導していない状態で、静止消費電力が常に100pA以下と小さく、静止消費電力の散逸が非常に少ない超低消費電力有機電子回路を実現した。

図1

 東京大学の染谷隆夫らのグループは、この有機トランジスタにサブフェムトリットル・インクジェット技術を組み合わせることにより、銀電極の線幅1μm、チャンネル長2μm、絶縁膜厚6nmのトップコンタクト型の有機トランジスタを作製した(Fig.1 b)2)。 すなわち、酸化アルミニウム薄膜とn-オクタデシルホスホン酸のSAMをゲート絶縁膜に用い、P型有機半導体としてペンタセン、N型有機半導体としてヘキサデカフルオロ銅フタロシアニン(F16CuPc)を蒸着法により絶縁膜上に成膜し、銀ナノ粒子のインクをインクジェットで吐出し、有機半導体上に1〜2μmの銀電極をパターンニングし、130℃の熱処理を行いトップコンタクト型の有機トランジスタが作製された。これによって、3Vという低駆動電圧で移動度0.3cm2/Vsを実現することができた。

 本研究に用いられたインクジェットは、フェムトリットルを再現性よく吐出することができる。インクジェットノズルから吐出された銀ナノ粒子の小滴は0.7±0.2fLの量であり、空中で直径0.1μm以下である。 小さな液滴量により有機半導体上に1〜2μmの銀電極をパターンニングできる。 液滴量をサブフェムトリットルにすることで、飛翔中にほとんどの有機溶剤は揮発してしまうため、インク着弾後の溶剤による有機半導体膜のダメージを最小にすることができる。 また、サブフェムトリットル・インクジェットでは、130℃という低い焼成温度で25μΩ・cmのライン抵抗を保持することができる。 有機半導体は、150℃以上の温度では不可逆的なダメージを受けるため、この低い焼成温度は、トップコンタクトディバイスの製造にとって重要である。

 このようにして、フォトリソグラフィ・プレパターンニングや表面前処理を必要としないインククジェット技術により有機トランジスタの微細化、低電圧化、低消費電力化が実現された。

 有機トランジスタの分野は、まだ基礎研究段階であり、実用化には乗り越えなければならない課題が数多く残されている。 今回のSAMを絶縁膜に用いる試みにもあるように、有機ディバイスの性能は、界面現象に依存することが多い。そのため、いかに良好な界面を実現するかが、素子性能の改善には不可避の問題であり、SAMは有機ディバイスの性能向上にまだまだ貢献できる可能性を秘めている。

 これからのトランジスタを含む半導体の研究は、電子工学だけに目を向けていては先には進めない。電子工学に、化学や物理、またはバイオテクノロジーといった様々な分野の研究が融合し、進化して新しいテクノロジーが生み出されることを期待したい。

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参考文献

1)H. Klauk, U. Zschieschang, J. Pfl aum, M. Halik, Nature , 2007, 445 , 745

2)T. Someya, T. Sekitani, Y. Noguchi, U. Zschieschang, H. Klauk, Proc. Natl. Acad.Sci. USA , 2008, 105 , 4976

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