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漢方診療・再発見


6  漢方薬の水分代謝調節作用
礒濱 洋一郎
熊本大学大学院生命科学研究部
薬物活性学分野

1.はじめに

 漢方薬は、永い使用経験の中でその効果が検証され、現在の我が国の医療の中で、様々な疾患の治療手段として一定の役割を果たしている。漢方薬の多くは現代医学的な薬物とは異なった作用性をもつが、浮腫など種々の疾患に伴う症状として生じる水分代謝の異常の是正は、漢方薬が最も有効な使用法かも知れない。しかし、漢方薬による水分代謝調節の基礎となる薬理学的機序については、未だ不明な部分が多い。例えば、代表的な水分代謝調節作用をもつ漢方薬である五苓散などは、尿量増加作用の強い方剤であるが、これらは西洋医学的な利尿薬と異なり、血漿中の電解質濃度への影響が少ない1)。すなわち、この方剤は西洋医学的な利尿薬とは異なる機序によって尿量を増やしている可能性が高い。一方、近年になって、細胞膜の水透過性を調節するアクアポリン(aquaporin:AQP)と呼ばれる水チャネルが見出され、現在までに13種類のアイソフォームが同定されている(表1)。各AQPの欠損マウスが作製され、その表現型の解析が進み、腎臓に存在するAQP1,AQP2およびAQP3の欠損で尿量の著明な増加が生じることや2-4)、脳のアストログリアにあるAQP4の欠損では脳浮腫の形成が抑制されることなどが分かってきた5)。すなわち、従来、浸透圧や静水圧といった物理化学的ポテンシャルだけで説明されてきた生体内の水の代謝は、AQPにより調節される細胞膜の透過性によって、その効率に大きな影響が出るのである。

 我々は、漢方薬のユニークな水代謝調節作用は、このAQPの機能調節ではないかと考え、基礎薬理学的に検討している。本稿では、これまでに明らかにした漢方薬によるAQP類に対する作用の一端を紹介したい。

2.五苓散およびその構成生薬によるAQP阻害作用

 AQP活性に対する薬物の作用は、AQP類を発現する細胞の細胞膜水透過性を調べることで評価できる。細胞懸濁液をストップト・フロー分光光度計という装置の中で、急速に高浸透圧あるいは低浸透圧溶液と混合し、その後の細胞容積の変化を経時間的に測定し、変化速度の初速度から透過性を算出する6)。まずは、AQP5を発現するマウス肺上皮細胞株MLE-12細胞を用いて、細胞膜水透過性に対する五苓散の作用を調べた。その結果、五苓散は、処理濃度(0.03-3mg/ml)依存的に本細胞の細胞膜水透過性を抑制し、1mg/ml以上の濃度では、代表的AQP阻害物質のHgCl2(500μM)と同程度の抑制作用を示した(図1-A)。

図1 肺上皮細胞の細胞膜水透過性に対する五苓散およびその構成生薬の作用

 五苓散を構成する各生薬エキスの中で、同様の細胞膜水透過性の抑制作用は、蒼朮および猪苓に認められ(図1-B)、これらの生薬が主として関わっていると考えられた。なお、五苓散および蒼朮は細胞膜電位には影響せず、さらに、in vitro で合成したAQP5タンパク質を含むプロテオリポソームの水透過性も抑制した。すなわち、五苓散および蒼朮による細胞膜水透過性抑制作用は、電解質の移動や、脂質膜の自然拡散に影響したのではなく、AQPの水チャネル機能の抑制に基づくことが確認された。

 五苓散および蒼朮のAQP阻害作用に関わる活性成分についても追求したが、含有される金属成分が主な活性成分であると考えている。ICP-MS分析で蒼朮エキス中の金属を調べると、マンガン、クロムおよび銅が豊富に含まれることが分かり、さらに、MnCl2に五苓散と同様のAQP抑制作用が認められた。従って、これらの生薬成分に含まれるマンガンイオンに依存すると推定している。

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3.蒼朮および種々の金属によるAQP阻害のアイソフォーム選択性

 興味深いことに、五苓散、蒼朮およびそれらの活性成分であると考えられるマンガンによるAQP阻害作用には、AQP類のアイソフォーム選択性が認められた。アフリカツメガエルの卵母細胞にAQP1〜5の各AQP類を発現させ、これらの水透過性に対する作用を調べると、マンガンを含む薬物はAQP3,AQP4およびAQP5を阻害し、AQP1およびAQP2には著明な作用を示さないことが分かった(図2)。従来、AQP類の阻害物質としては、HgCl2がよく知られている。しかし、HgCl2はAQP4を除く全てのアイソフォームを阻害し、マンガンを含む薬物によるAQP類の阻害作用はHgCl2とは明らかにアイソフォーム選択性が異なっていた。

図2 水銀とマンガンのAQP 阻害作用の比較

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4.五苓散の水分透過抑制作用のin vivo での効果

 AQP4の欠損マウスでは、脳浮腫が著明に抑制されることが報告されている7)。すなわち、AQP4の抑制物質には脳浮腫抑制作用が期待できる。そこで、五苓散によるAQP抑制作用の実効性をin vivoで評価するために、マウス水中毒モデルを用いて脳浮腫抑制作用を調べた。マウスの腹腔内に体重の20%の蒸留水および抗利尿ホルモンを投与して脳浮腫を誘発した。本実験において、五苓散を与えないコントロールのマウスは、全て蒸留水の腹腔内投与後2時間以内にけいれんを生じた後に死亡した。しかし、五苓散(1g/kg)を30分前に経口投与したマウスでは、24時間以内での死亡が5匹中わずかに1匹であり、他の4匹にも著明な中枢神経の興奮症状は認められなかった(図3)。この結果を五苓散に含まれるマンガンによるAQP4抑制と直接結びつけるためには、マンガンを含まない五苓散の作用など、さらに注意深い検討が必要である。しかし、これらのマウスでは、投与した高用量の抗利尿ホルモンのために、尿量の増加は生じなかった。すなわちこれらの結果は、五苓散の抗脳浮腫薬としての有効性を示唆するとともに、五苓散の抗浮腫作用(利水作用)の機序が利尿作用ではなく、脳浮腫の形成を防ぐ作用であることを示唆する興味深い成績と考えている。

図3 急性水中毒マウスの生存率に対する五苓散の作用

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5.おわりに

 漢方薬は多成分系の薬物であり、その作用は含有する多くの活性物質の薬理作用が相乗的、相加的あるいは拮抗的に緩衝しあう複合作用の結果として現れる。また、経口投与を原則とするため、生薬そのものに含まれる成分だけでなく、活性代謝物の存在も意識する必要があろう。従って、漢方薬の薬効を評価し、その特性を明らかにするためには、ヒトあるいは特定の疾患モデルの動物を用いたin vivoの試験が重要なことは云うまでもない。しかしその一方で、本研究のように、特定のタンパク質の機能に着目して漢方薬の作用を調べてみると、新たな作用が見えてくることがある。漢方薬のAQPの調節作用については、本稿で述べた五苓散による抑制作用の他にも、滋潤作用をもつとされる方剤が、分泌腺型のAQP5の一酸化窒素による阻害を抑制して7)、その機能を促進することや、皮膚科領域でよく用いられる方剤に含まれる生薬エキスは皮膚型のAQP3の発現を亢進することなども最近になって分かってきている。

 先述のように、AQP類は新たな水分代謝調節薬の開発のための新たな標的分子として近年、注目を集め、2002年にはその発見者であるP.Agre博士がノーベル化学賞を受賞している。1800年前の書物「傷寒論」に掲載されている漢方薬に、この最新の標的分子の調節作用があるとは、先人の知恵に改めて驚かされるばかりである。

筆者プロフィール
礒濱 洋一郎 顔写真
氏名 礒濱 洋一郎
年齢 45歳
所属 熊本大学大学院
生命科学研究部・薬物活性学分野 准教授
連絡先 〒862-0973 熊本市大江本町5-1
096-371-4182
isohama@gpo.kumamoto-u.ac.jp
略歴 熊本大学薬学部卒,熊本大学大学院薬学研究科・博士
前期課程修了
博士(薬学)
熊本大学薬学部教務員(平成3 年),助手(平成9 年),
助教授(平成12 年)を経て現職へ
研究テーマ 呼吸器系の薬理学
アクアポリンの発現と機能調節
趣味 釣り

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