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漢方診療・再発見


1 漢方医学 / 医療の必要性
熊本大学医学部附属病院医療情報経営企画部 宇宿 功市郎


1.はじめに

 漢方医学を医療の現場に生かすことが必要であると認識され、かつ声高に言われるようになってかなりの年月が経っているように思われる。筆者が医学部を卒業し、医師になった頃からであるから、既に30年弱である。何故このようになっているかと問われると判然とはしないが、漢方診療における診察方法にその理由を求められるかもしれない。筆者の経験からすると、低く抑えられた医師の技術料と検査技術の著しい進歩から、勢い検査に頼る医療が拡がり、その反面として、まず患者の訴えを聞き、腹診、脈診を中心とする診療形態が発達している漢方医療に期待が集まっているように感じられるのである。今回の連載では、日本で何故漢方医学・医療がこのように変遷してきたか、医学教育や実地診療の中で今後どのように取り扱われていくか、基礎・臨床研究の中でどのような課題があり、そして取り組まれているかを紹介できればと考えている。

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2.日本における漢方診療の歴史

 日本での漢方診療は当然のことながら、明治期に西洋医学、特にドイツ医学の導入が決定される以前には、医療の中心であり、また江戸時期には日本独自の漢方診療として発達してきている歴史がある。日本での漢方診療の詳細な歴史については他書に譲り、ここではその衰退と再認識の時代背景だけを簡単に触れる。先にも述べたが、江戸時代まで盛んであった漢方診療は明治期に一度否定されている。これについては、1875年の医術開業試験通達と漢方医学の試験科目からの削除、1895年第8回帝国議会での漢方医の免許剥奪が決定的に重要であった。その後は西洋医学を修めた医師が伝統の漢方医学を学び、広めていくという形になり、医学部で漢方医学が教えられることはほぼ100年近くなくなったわけである。この間も漢方診療、漢方医学研究は少なからず続けられてきており、戦後1950年の日本東洋医学会設立、1960〜70年代に和漢薬研究所等の設置、同時期の漢方エキス製剤の保険適用と相俟って、今日のように漢方診療、漢方医学教育の重要性が盛んに唱えられるようになっている。

 また、海外からの影響も今日の漢方診療、研究が盛んになるきっかけとなっていることも否定できない。特に米国での代替医療の見直し、Chinese Herb Medicineへの関心は高く、日本国内の漢方診療を行う医師にとって大きな影響を及ぼしている。

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3.近年の医学教育の変遷と漢方医学教育

 ここで日本での医師養成の仕組みに簡単に触れておく。日本国内で医療行為を行うためには医師免許が必要であり、この免許を得るためには医師国家試験に合格する必要がある。この医師国家試験の管轄は厚生労働省であり、受験資格に、学校教育法(昭和 22年法律第 26号)に基づく大学において、医学の正規の課程を修めて卒業した者との規定されており、6年制の各大学医学部、医科大学を卒業することが必要である。各大学医学部、医科大学は附属病院も含め文部科学省管轄で、独自のカリキュラムのもとに医師国家試験受験有資格者を養成していたわけであるが、知識偏重で、卒業時の基本的臨床能力養成が不十分と長年指摘されていた。そこで当時の文部省では、「21世紀に向けた医師・歯科医師の育成体制の在り方について(21世紀医学・医療懇談会)」の議論を 1996〜1999年に行い、医学部医学科カリキュラムを大幅に見直し、2001年3月27日に「21世紀における医学・歯学教育の改善方法について―学部教育再構築のために―」をまとめ、医学教育モデルコアカリキュラムが導入されることとなった。各大学医学部、医科大学では、全カリキュラムの約 2/3はこのモデルコアカリキュラムに基づき、他は各大学の特色を出すカリキュラムを組むように求められている。このモデルコアカリキュラムの中に、E診療の基本 2基本的診療知識 (1)薬物治療の基本原理 17)和漢薬を概説できる という項目が設けられ、医学科 6年の履修中に必ず和漢薬を中心とした漢方医学教育が求められるようになったわけである。加えて、このモデルコアカリキュラムに基づいた学習で、必要な医学知識、臨床技能が身についているかを確かめるために平成17年からは各大学においては臨床実習前に共用試験 CBT(computer based test)、OSCE(客観的臨床技能試験 objective structured clinical examination)の受験実施と学生指導が求められている。

 以上のように日本の医学教育はここ10年ほどで大きく様変わりしてきており、そのなかで漢方医学教育も再度取り入れられるようになったわけであるが、では具体的にはどのような漢方医学教育が各大学で行われているのであろうか。言うまでもなく、日本の大学医学部、医科大学は現代医学を実践する医師の養成がその基本であり、漢方医養成が主眼ではないので、余り多くの時間を漢方医学教育のために使えないのは自明であるが、将来に亘って自学自習ができる基盤を作るための基本は学習すべきものと考えている。このため、現在日本で行われている漢方診療や日常診療での漢方の利用方法、現在の医学的観点からみた漢方製剤の効果解明を中心とした講義が各大学なりの工夫で行われているようである。熊本大学では、医学科4年に9コマの講義を行っている (表 1)。

表 1 熊本大学における講義内容

表1

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4.漢方への取り組み方、効果がみられる病態は何か

 では、現在の日本で行われている漢方診療はどのようなものであろうか。大きく分けて3つの流れがあるように思われる。中国や韓国の伝統的な方法に近いと考えられる「弁証論治」を中心にした診療の流れ、江戸時代に日本で発達した腹診を軸とした「方証相対」に基づく診療の流れ、現代医学の病態の理解に基づく診療の流れである。

 筆者は、自身の診療経験、漢方エキス製剤における最近の知見などから、末梢の循環血流改善、免疫抑制状態改善、ケミカルメディエイター産生・遊離抑制、炎症性もしくは抗炎症性サイトカインのバランス調整により効果が表れているものと考えているのであるが、漢方診療で重視される「お血」が静脈の鬱滞がその基本であることを考え併せると、漢方診療は、動脈血が臓器に流れ込んだ後の、「細静脈からあとの静脈系」を中心に診る医療体系のように思えてくるのである(図 1)。このように考えて、漢方製剤が効果を持つ病態をあらためて見直してみると理解が進むことが少なからずある。

 ただ、学生に将来の自学自習の基盤を身に付けてもらいたいと考えると、やはり伝統的な漢方の考え方や、日本で江戸時代に発達した診療形態である腹診、これらに加えて鍼灸を多少でも学んでもらいたく、表1のカリキュラムを組み、県内の漢方診療を行っている先生方の協力を得て講義を行っているのである。

図1

図 1


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5.漢方診療の経済効果

 漢方診療では、ある特定の病名に対して製剤を処方することはなく、症状や病態に対して処方することが治療の中心であり、このために1つの漢方製剤が複数の疾患での同様の病態に効果をあらわす場合がみられること、日常で使用する漢方エキス製剤の薬価はさほど高くないことなどから、医療経済によい効果を及ぼすことが指摘されている。

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6.最後に

 漢方製剤を日常診療で使用する医師は約70%という統計もあり、また医学教育でも漢方医学教育が求められるようになってきている現在、製剤の使い方に習熟することはもちろん、基礎臨床的にその効果の機序を解明することが求められている。次回からは、日本における漢方医学、麦門冬湯と咳、エイズと漢方、五苓散と水分代謝、中医・韓医と日本漢方、外科と漢方などについて、各分野の専門の先生に連載をお願いすることにしている。漢方診療や漢方医学研究を見直すきっかけとしていただければと考えている。


筆者紹介
木村 哲也氏 写真
氏名 宇宿 功市郎
所属 熊本大学医学部附属病院 医療情報経営企画部 教授
住所 860-0811 熊本市本荘 1-1-1
略歴
1981年 鹿児島大学医学部医学科卒業 附属病院第 3内科
1983年 宮崎県立宮崎病院神経内科
1985年 鹿児島大学医学部附属病院第 3内科
1988年 国立精神神経センター神経研究所疾病研究第 6部
1990年 ハーバード大学マサチューセッツ総合病院神経内科
カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部神経内科
1993年 鹿児島大学助手 医学部附属病院第 3内科
1994年 鹿児島県立姶良病院神経内科
1996年 鹿児島大学医学部助教授 医学部医療情報管理学、附属病院医療情報部
1999年 鹿児島大学医学部医学教育計画室 室長代理
2000年 鹿児島大学医学部附属病院 卒後臨床研修部 副部長
2003年 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科助教授
人間環境学講座医療システム情報学
2006年 熊本大学教授、医学部附属病院医療情報経営企画部長

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