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エイズから見た感染症研究の最前線


その4 HIV感染と宿主因子
熊本大学大学院医学薬学研究部感染防御分野 前田洋助

1. はじめに

 ウイルス粒子には遺伝情報としての核酸とそれを保護する脂質膜や少数の酵素などの蛋白質が存在しているだけで、それ自身のみで増殖することはできない。ウイルス複製のためには細胞内に侵入して、細胞に存在している種々の酵素などの宿主由来の成分を利用する必要があり、したがって細胞にそのような成分が備わっていない場合は子孫ウイルスを産生できない。一般に、ある特定のウイルスの種特異性や細胞指向性はこのようなウイルス複製に関連する種々のウイルス複製補助因子の有無により決定されている。HIVを含めたレトロウイルスも同様に種々の宿主因子の有無がその種特異性や細胞指向性を決定していることが明らかと なっているが、最近、レトロウイルスの増殖を制御している宿主因子として、その増殖を積極的に抑えるような因子が同定され、このようなレトロウイルス感染抵抗性因子がその種特異性を決定していることが明らかとなってきた。本稿ではこのような感染抵抗性因子としての宿主因子に焦点を絞って解説する。

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2. TRIM5α

 HIVの起源はアフリカに生息しているアフリカミドリザルやアカゲザルなどの旧世界ザルに存在しているサル免疫不全ウイルス(SIV)であると考えられているが、SIVから進化したと考えられるHIVはサル由来細胞では増殖できないことが以前より報告されていた。このような種特異性は一般にそのウイルスの受容体分子の違いによって説明されることがよく知られている。しかしサルのCD4分子もHIVの受容体であるヒトCD4分子と同様にHIVの受容体として機能することがわかり、さらにHIVのウイルス侵入の効率を上げてもHIVの細胞内複製が阻害されていることが判明した。すなわちHIVの場合、サル細胞侵入後逆転写以前のレベルでその複製が阻害されていたのである。このようなウイルス複製の停止は一般的には前述のように何らかのウイルス複製に必須な細胞内に存在する宿主因子が欠如していることで説明されるが、大量のウイルス粒子で細胞を前処理しておくと感染が成立するようになることから、ウイルス蛋白質により飽和される感染抵抗性因子の関与が示唆された。そこでSodroskiらは、アカゲザル由来cDNAライブラリーをヒト細胞に導入しHIV抵抗性を付与する遺伝子を同定した。同定した分子はRING finger, B-box, Coiled-coilと呼ばれる3つのドメインを有するTripartiteファミリー に属しており、さらにそのC末端にSPRY (B30.2) と呼ばれるドメイン構造を有する分子、TRIM5αであった()。サルTRIM5αはHIVの感染を阻害することができるが、ヒトTRIM5αはHIVの感染を阻害することができず、種特異性を説明できる分子であることが示された。さらに種特異的感染抵抗性はそれぞれの種のSPRYドメインが決定していることが明らかとなった。

図 HIV-1の感染抵抗性因子APOBEC3G・TRIM5

(図)HIV-1の感染抵抗性因子APOBEC3G・TRIM5
ウイルス産生細胞にVif蛋白質が存在しているとAPOBEC3Gはユビキチン・プロテアソーム経路によって分解されるが、Vif蛋白質が存在しないとウイルス粒子にAPOBEC3Gが取り込まれる。標的細胞内にウイルスが侵入・脱殻した後、ウイルスRNA(赤)から逆転写されたマイナス鎖ウイルスDNA(青)のシトシン残基がAPOBEC3Gのシチジンデアミナーゼの活性によりウラシル残基への変換を受ける。その結果プラス鎖ウイルスDNA(青)にグアニンからアデニンへの変異が導入され、アミノ酸の変異や停止コドンの出現によりウイルス蛋白質合成が阻害される。また、ウラシルに変換されたDNAはウラシルDNA分解酵素により破壊され、両者の作用によりウイルスの複製が阻害される。一方、旧世界ザルTRIM5αはウイルス侵入後、ウイルスカプシド蛋白質と反応し、脱殻・逆転写・核移行を阻害していると考えられている。

 一方、以前よりカプシド蛋白質とサイクロフィリンAの結合を阻害する分子であるサイクロスポリンがHIV-1の感染を阻害することがわかっていた。これは標的細胞に存在する感染抵抗性因子から逃避するためにウイルスがそのカプシド蛋白質の立体構造をサイクロフィリンAとの結合により変化させているが、サイクロスポリンはその立体構造を感染抵抗性因子に反応できる形に戻すことによって感染を阻害していると考えられている。驚いたことに、一般的には新世界ザルはHIV-1に対して感染感受性であるが、新世界ザルの一種であるヨザルではHIV-1感染に抵抗性であることが示され、さらにサイクロスポリン添加により感染感受性が上 昇してくることがわかった。これはヨザルではTRIM5αのSPRYドメインの中に、レトロトランスポゾンによってサイクロフィリンA遺伝子が持ち込まれた結果、TripartiteモチーフとサイクロフィリンAの融合蛋白質(TRIM-Cyp)が発現しており、HIV-1のカプシド蛋白質とこの融合蛋白質が直接結合することが抗ウイルス活性に重要であることがわかった。同様にアカゲザルTRIM5αもSPRYドメインとHIV-1のカプシド蛋白質が相互作用することが抗ウイルス活性に重要であると想定されているが、直接的な結合は確認されておらず、その感染阻害機構の詳細については現時点ではよくわかっていない。またHIV-1カプシド蛋白質の一部をサイクロフィリン結合能のないSIVカプシド蛋白質に置換するとサル由来TRIM5αによるHIV-1感染阻害を回避することができるようになることから、サイクロスポリンに関連する感染抵抗性因 子としてヒトTRIM5αが考えられたが、現時点では否定的な報告が多い。TRIM5α以外の感染抵抗性因子が関与しているのか、TRIM5αと相互作用する分子が関与しているのかは現時点ではわからない。また最近、サルTRIM5αはHIV-1の脱殻を異常に促進しているとの報告があり、脱殻という現在よくわかっていない複製過程を知るきっかけとなるかもしれない。また、ヒトのTRIM5αはHIV-1に対してはほとんど感染阻害効果がないものの、マウスレトロウイルスの一部に対しては感染阻害効果があり、進化上何らかのレトロウイルスの侵入を防ぐために必要な因子であったのではないかと推測されている。

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3. APOBEC3G

 HIV-1にはvifと呼ばれるアクセサリー遺伝子が存在しているが、この遺伝子の役割についてはよくわかっていなかった。vif遺伝子欠損ウイルスでも増殖が可能な細胞と増殖できない細胞があり、増殖できない細胞ではウイルス侵入後逆転写のレベルで阻害がかかっていることが報告されていた。またこれらの感染非感受性細胞と感染感受細胞を細胞融合させてヘテロカリオンを作製してその形質をみてみると、感染非感受性細胞内に存在している何らかの宿主因子がvif遺伝子欠損ウイルスに対して感染抵抗性を付与していることがわかった。そこでMalimらは感染非感受性細胞と感染感受性細胞の発現を比較して、感染非感受性細胞にのみ発現している因子を同定したところ、この因子は核酸のシトシン残基を脱アミノ化してウラシル残基に変換するAPOBEC3Gというシチジンデアミナーゼという酵素だった。APOBEC3Gはvif遺伝子欠損ウイルスではウイルス粒子内に取り込まれ、標的細胞でウイルスRNAから逆転写されたマイナス鎖DNAのシトシンを脱アミノ化してウラシルに変換することにより、結果的にプラス鎖DNAに多数のグアニンからアデニンへの変異を導入し、アミノ酸の変異や停止コドンの出現によりウイルス蛋白質合成を阻害する()。また同時にDNA鎖に取り込まれたウラシルDNAはウラシルDNA分解酵素により分解されると考えられている()。Vif蛋白質はウイルス産生細胞内でAPOBEC3Gと結合することによりユビキチン・プロテアソーム系でAPOBEC3G分解を促進し、結果としてAPOBEC3Gの粒子内取り込みを阻害し、ウイルスは細胞内で変異を起こすことなく増殖できるようになる()。しかしながらAPOBEC3Gの活性中心に変異を導入してシチジンデアミナーゼの活性を失活させても感染阻害がかかるとの報告や、標的細胞に存在しているAPOBEC3GがVif非依存的にウイルス複製を阻害している報告もあり、その感染阻害メカニズムについてはまだ不明な点も多い。またAPOBEC3G以外にもAPOBEC3FやAPOBEC3Bなど他のヒトAPOBECファミリーや、ラット・マウスなどのAPOBECファミリーもHIV-1の感染を阻害することが次々と報告された。またマウスレトロウイルスなど他種のレトロウイルス感染もヒトAPOBEC3Gにより阻害できるなど、生物種とレトロウイルスの進化という観点へと拡がりを見せている。興味深いことはHIV-1のVif蛋白質はアフリカミドリザルAPOBEC3Gを中和することができない。逆にアフリカミドリザル由来サル免疫不全ウイルス(SIVagm)のVif蛋白質はヒトのAPOBEC3Gを中和できず、その種特異性はAPOBEC3Gの128番目のアミノ酸により決定されていた。これはAPOBEC3Gがバリアーとなり他の生物種のレトロウイルス侵入を防いでいることを意味しているのかもしれない。またウイルス側もvif遺伝子を獲得することにより生体の防御機構から逃れてウイルス複製を可能にしているとも考えられ、ウイルスと宿主のしのぎあいを垣間見ているのかもしれない。

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4. おわりに

 TRIM5αやAPOBEC3Gは上述のように他種のレトロウイルスからの感染を防御する役割を有しており、現在ではレトロウイルスに対する宿主の自然免疫の一部として考えられるようになってきている。今後このようなレトロウイルスの感染を阻害する宿主因子が新たに分離されることが予想され、さらにはレトロウイルス以外のウイルスに対する感染抵抗性因子も分離されてくるものと期待される。実際にAPOBEC3GはB型肝炎ウイルスの、TRIMファミリーの一部はヘルペスウイルスやインフルエンザウイルスなどの感染抵抗性に関与していることが報告されており、ウイルスに対する自然免疫の概念を大きく変える可能性がある。しかしながら外来性のウイルスに対してこれらの分子を宿主が本来の目的として備えているものなのか、単なる偶然なのかは議論が多い。最近APOBEC3Gがレトロトランスポゾンを抑制しているという報告があり、ウイルスに限らず細胞にとって不都合なイベントを抑制することが本来の目的なのかもしれない。またこのような感染抵抗性因子の作用機序を解析することにより新たな抗HIV-1戦略が生まれることを期待したい。

著者紹介
前田 洋助氏 写真 氏名:前田 洋助
所属:熊本大学大学院医学薬学研究部感染防御分野
住所:熊本市本荘1-1-1
研究テーマ:レトロウイルスの宿主細胞への侵入機構の解明
        HIVの抗HIV剤に対する耐性獲得機構の解明

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