前回までの「実用的蛍光誘導体化」において、通常用いられて いる蛍光誘導体化について述べてきた。最近、この通常の蛍光誘 導体化に、時間分解や蛍光偏光などの種々の蛍光特性を積極的に 取り込み、感度や選択性の向上を図る試みがなされている。筆者 らは、通常の蛍光誘導体化にエキシマー蛍光現象を導入し、エキ シマー蛍光誘導体化という新しい概念に基づく方法論を考案した。 本法が、生体実試料中の生体成分分析に極めて有効かつ実用性の 高い方法であることを実証したので、本稿で述べる。
一般に蛍光測定は比較的低濃度(1μmol/L以下)で行うので、蛍 光分子同士の相互作用が観測されることは少ない。しかし、特定 の条件下において蛍光分子(基)が近接すると、互いに相互作用 して蛍光の消光(原因は多種)、蛍光共鳴エネルギー移動、励起会 合体の形成・発光などがおこる。これらの蛍光分子間の相互作用 は互いが近接しないと観測されないことから、高分子化合物(蛋 白質、核酸、生体膜など)等及びそれらと相互作用する物質をそ れぞれ蛍光修飾して、形態、動態の解析に用いられてきた。著者 らはこれらの蛍光分子間の相互作用を低分子生理活性物質の誘導 体化と組み合わせて高選択的かつ高感度な分析法の開発を試みて いる。
ピレンなどの多環芳香族が互いに近接するとき、一方が光を吸 収して励起状態となると、他方の基底状態のピレンと会合して励 起会合体(エキシマー)を形成する。このエキシマーからの発光 をエキシマー蛍光という(図1)。エキシマー蛍光は2個のピレン 分子の間でおこる分子間エキシマー蛍光と1,3-ジピレンプロパン のように同一分子内に存在する2個のピレン基の間でおこる分子 内エキシマー蛍光があり、前者は高濃度(一般に1mM以上)でし か観測されないが、後者は低濃度でも観測される。ピレンの場合、 通常のモノマーからの蛍光は375 nm付近に発光極大波長があるのに対して、エキシマー蛍光における極大波長は475 nmへと長波長シフトする。このように、エキシマー蛍光はストークスシフト(励 起極大波長と発光極大波長の差)が大きいという好ましい蛍光特 性がある。これに加えて、従来の蛍光誘導体化では困難であった 対象物質1分子あたり一個の蛍光基が導入された誘導体と複数個 導入された誘導体を分光学的に識別できるであろうことに着目し、 生体ポリアミンをモデルにエキシマー蛍光誘導体化法の開発を試 みた(図2)。この方法では、複数のピレンが導入された目的成分 をエキシマー蛍光検出するとき、試薬自身やモノアミンの誘導体 はモノマー蛍光しか発しないので妨害とならない。
生体ポリアミン(Chart 1参照)は、分子内に2〜4個のアミノ基を有している。従来の蛍光誘導体化法では、生体中の多くのモ ノアミン類(アミノ酸類を含む)も同時に誘導体化されて同様の 蛍光を与えるので、これらとの分離のため試料の前処理やHPLC 分離条件が煩雑にならざるをえなかった。そこで上記のエキシ マー誘導体化を試みた。
誘導体化操作をChart 1に示す。アミノ基用ピレンラベル試薬としてはPSEが市販されており、それをそのまま用いている。この 条件で誘導体化を行った場合に、一級、二級アミンを問わず、全 てのアミノ基にピレンが導入されていることをLC-MSにより確認 している。また、これらの誘導体は全てエキシマー蛍光を発する ことも確認された。
この方法の選択性を検証するために、ポリアミンとモノアミン をそれぞれChart 1に従って誘導体化してHPLCに付し、エキシマー蛍光検出及び比較のためにモノマー蛍光検出したときに得ら れるクロマトグラムを図3に示す。本法で用いるエキシマー蛍光 検出を行った場合には、ポリアミンのピークが観測されているの に対して、モノアミンのピークは観測されず、試薬ピークも比較 的小さくなる(試薬は極めて高濃度であるので、分子間エキシマー 蛍光によるピークが出現している)。それに対してモノマー蛍光検 出では、モノアミンのピークは観測されるが、多くのブランクピー クが出現するので高感度な分析は困難と思われる。以上の高い選 択性に加えて、この方法はオンカラムでfmolレベルの感度も有し ているので、従来法より簡便な前処理で生体試料(血液、尿)中 ポリアミンの定量に適用できると考えている。
塩基性アミノ酸[オルニチン(Orn)、リジン(Lys)]も、ポリア ミンと同様に分子内にある二つのアミノ基をPSEでピレンラベル することによりエキシマー蛍光検出できる。誘導体化は、ポリア ミンの場合より緩和な条件で進行する。高い選択性を活かして、希 釈尿をそのまま誘導体化するだけで、健常人の尿中塩基性アミノ 酸が定量できる(Chart 2、図4)。これら以外のアミノ酸のピークは観測されない。
本法は、ポリアミンや塩基性アミン以外に、基本的には同一分 子内に複数個のアミノ基を有する生体アミン(ヒスタミンなど)や 医薬品(トリエンチンなど)にも適用可能で、すでに実用されて いる。
さらに、アミノ基以外の多くの官能基にも適用できる。次回は、 ジカルボン酸、ポリフェノールなどについて述べる。
参考文献
1) H. Nohta et al., Anal. Chem., 72, 4199(2000) .
2) H. Yoshida et al., Anal. Sci., 17, 107(2001) .
追記)
前回の「実用的蛍光誘導体化8」において、重要な参考文献の記述 を忘れていましたので、ここで改めて紹介させていただきます。
11.2. 糖
1) p-MOED:Y.Umegae et al., J. Chromatogr., 515, 495 (1990).
2) OMB-COCl:H. Nagaoka et al., Anal. Sci., 5, 525 (1989).
11.4. グアニンヌクレオチ(シ)ド
3) PGO:M. Kai et al., Anal. Chim. Acta, 207, 243 (1988).
11.5. ピリジンヌクレオチ(シ)ド
4) Br-DMEQ:M. Yamaguchi et al., Anal. Sci., 3, 75 (1987).
他の項目については、次の文献(総説)を参照いただきたい。
5) Y. Ohkura et al., J. Chromatogr. B, 659, 85 (1984).