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久保 喜平 (Kihei KUBO) 大阪府立大学農学部獣医学科放射線学講座 |
Summary
An abasic site (apurinic/apyrimidinic site; AP site) is the most common DNA lesion which is spontaneously created by the release of deaminated bases under physiological condition. The damage is also produced as an intermediate in the course of the base excision repair of physically or chemically damaged bases. We have recently developed a novel method for detection and quantitation of abasic (AP) sites in DNA, in which the biotinylated reagent called aldehyde reactive probe (ARP) specifically reacts with aldehyde group of AP sites and biotin-tagged damages can be detected by an ELISA-like assay. A linear relationship between DNA concentration and the signal intensity was observed. Thus, about 0.1 fmoles of AP sites(0.5 sites/105 nucleotides) in DNA derived from HeLa cells treated with sublethal dose (0.5 mM) of methylmethanesulfonate (MMS) could be detected. Using this system, a variety of base damages induced in the cellular DNA by various damaging agents can be estimated after converting damaged bases to AP sites by the specific glycosylase treatment. Possible applications and future development of new methods with the aid of ARP to detect the base damages are discussed.
キーワード:AP部位、ARP、塩基除去修復、グリコシラーゼ、DNA損傷
DNA中のプリンおよびピリミジン塩基が欠失した脱塩基部位(apurinic/apyrimidinic sites; AP部位)は突然変異や細胞死の原因となる1-4)。例えば、生理的な温度やpHのもとにおいても、生細胞DNA中のアデニンとシトシンのアミノ基は一定の速度で失われ、それぞれヒポキサンチンとウラシルが形成される。これらがそれぞれに特異的なDNA N-グリコシラーゼにより除去され、AP部位が形成される。シトシンの脱アミノ反応は、DNAの複製や転写が行われている単鎖部分では、二重鎖部分の100倍以上の速度で生成する2)。
また、DNAの複製や遺伝的組み換えに伴って起こる塩基のミスマッチ修復の際にも、グリコシラーゼによるミスマッチ塩基の除去を介する経路の存在が知られている5-7)。代謝の盛んな細胞では、活性酸素により形成されるAP部位の数も無視できない。LindahlとNyberg(1972)によると、大腸菌では、生理的条件下におけるAP部位の生成速度は毎秒10-11/ヌクレオチドに達する1)。これをもとに、生理的条件下で増殖中の1個の哺乳動物細胞中のDNAには1日に1万個以上のAP部位が生じると推定されている1,8)。
一方、AP部位は放射線や、アルキル化剤処理により生じる損傷塩基の除去修復の中間体としても形成される9-11)。このような種々の塩基損傷も、DNAが単鎖状態にある方が形成され易いと考えられる。AP部位そのものは、活発な生命現象を営む細胞においては、特に毒性の強い損傷ではなく、いわば「ありふれたもの」であり、これを修復することは日常的な作業である。しかしながら、問題はその「質」よりもむしろ「量」にあるといえる。何らかの理由で、その修復が妨げられたり、除去修復過程における生成と修復のバランスが崩れたりする場合、その圧倒的な数は細胞にとって重大な影響をもたらすことになる。
これまで、AP部位の生物学的重要性が指摘されながら、その直接的な定量法は Talpaert-Borle とLiuzzi(1983)による14C-メトキシアミン法の開発を待たねばならなかった12)。メトキシアミンとAP部位の反応は定量的であり13)、両者の結合は安定であった。しかしながら、14C-メトキシアミンの比活性が著しく低いためにAP部位の定量感度が低い欠点があった。しかしながら、この研究以来、メトキシアミンが、AP部位のアルデヒド基とほぼ 1:1 に反応することが注目されるようになり、多くの人が、この反応をAP部位を安定化するために利用してきた。(R-NH-NH2)型のヒドラジドの様な化合物は、DNA中のアルデヒドと結合する際に主鎖切断を引き起こすことが知られている13)。筆者らは、切断の起こらない(R-O-NH2)型の化合物 o-(carboxymethyl)hydroxylamine に biotin hydrazide を carbodiimide(EDC)存在下で結合させ、図1に示すようなプローブ化合物(Aldehyde reactive probe、ARP)を開発した14,15)。
ARPは分子量331.39の白色の水溶性の粉末で、その hydroxylamine moietyでAP部位を持ったDNAと定量的に結合する(図1)。定量法はマイクロプレートにAP部位を持つDNA(AP-DNA)を固相化し、ARPを反応させた後、ELISA法と同様にアビジン・ビオチン・ペルオキシダーゼ複合体を加えてから酵素基質溶液の吸光度の変化を測定する簡単で迅速なものである。この方法の概略を図2に示す。DNAの固相化法は、硫酸プロタミン(0.1~0.5%)をコートしたアッセイ用マイクロプレートを使用することを原則としているが、アミノプレートやニトロセルロース膜等による方法もあり、アッセイの多岐にわたる応用を可能にしている。このような固相化に伴う誤差は、比較的小さいが、われわれは酸性条件下(pH 5)、70℃で熱処理した子牛胸腺DNAをスタンダードとして用いている。ARP法の感度は、専ら固相化されたDNA量に依存する(図3)16,17)。したがって、ヌクレオチドあたりのAP部位の数に応じて、DNA濃度を調整すれば、非常に広い損傷濃度範囲を取り扱うことができる。
アルキル化剤 methylmethanesulfonate(MMS)処理により、細胞DNA中にはメチル化塩基とともに、多くのAP部位が形成される。このAP部位は、上述のごとくメチルプリンDNAグリコシラーゼによるものの他に、メチル化塩基自身のN-グリコシド結合が不安定になるために起こる化学的分解によるものを含む18)。MMSによるメチル化塩基のほとんどは、7-メチルグアニン(7-mG)と3-メチルアデニン(3-mA)であり、全体の約90%を占める7-mGは、3-mAに比して細胞毒性が低く、化学的にも安定である。このようにMMSは、その産物のスペクトルが明らかであることより、AP部位の生成と修復の研究のためには好適な薬剤である。
図4は、HeLa細胞(RC-355株)をMMSで処理した時の細胞生残率とAP部位の形成を示したものである。AP部位の形成はMMSの濃度に比例しており、1mMの処理で105ヌクレオチド(NTD)あたりほぼ1個のAP部位が形成される(図中0h)。したがって、生存率にほとんど影響のない濃度で、十分なシグナルが得られている。ヒトのゲノムサイズを109塩基対とすると1日に生理的条件下で細胞に生じるレベルのAP部位でもこの方法で検出可能である。一方、MMS処理後、薬剤を除いて24時間培養した細胞のDNA中のAP部位は修復により有意に減少していた(図中24h)。
上述のMMS処理後に観察されたAP部位は、アルキル化損傷が化学的または酵素的に脱離した結果として観察されたものである。実際には、MMS損傷の修復を調べる場合は、DNA中に残っているメチル化損傷の数を調べる必要がある。図5は、MMS処理細胞より抽出したDNA中のAP部位数を測定後に、80℃で一晩加熱してメチル化塩基を脱離後に再びAP部位数を測定した結果である。MMS処理直後では、メチル化損傷の約10%が脱離していることが分かる。
ARPは、アルデヒド基に特異的であるので、AP部位をNaBH4で還元すると、反応しなくなる14)。ARP法はAP部位に特異性の高い定量法で多岐にわたる応用が可能であるが、電離放射線損傷を定量する場合にはアルデヒドを有する生成物が含まれるので注意を要する。幸いなことに、ARPは生成量の多い formylamidopyrimidine の窒素と結合したアルデヒド基とは反応しない15)。一方、formyluracil 等の炭素と結合したアルデヒド基は検出される15)。したがって、このような formyluracil はARP法ではシグナルを与えることになるが、その収量が少ないために、ARPの電離放射線照射DNAとの反応の大部分は、AP部位との結合に由来するものと思われる。
上述の通り、細胞中の塩基損傷の塩基除去修復の中間産物として形成されるAP部位は、グリコシラーゼによる「きれいな」AP部位であり、図6に示すようないくつかの経路のいずれかにより修復されると考えられる。種々の損傷塩基は、それぞれ特有なグリコシラーゼ(図中、E1)により除去されて形成されたAP部位の修復の機構で、最も効率がよい場合には、(1)APエンドヌクレアーゼ(図中、E2a)が、AP部位の5'側を切断し、切断の3'側の5'-deoxyribose phosphate(5'-dRp)が、deoxyribophosphodiesterase(dRpase)により除かれて産物Aを生じ、1 nucleotide gap が形成される、(2)ある型のグリコシラーゼ(FaPy- または thymine glycol-glycosylase など)に付随したAP lyase 活性や9,10)、細胞内のポリアミン類により、3'側が切断され(β-elimination)、その結果生じる3'-dRpが、加水分解されて(大腸菌 endo IVなどによる)19)、産物Bが形成される。または、(3)図6に示したように、β-elimination とδ-elimination の組合わせによって産物Cが形成されるのいずれかの反応が起こると考えられる20)。いずれの場合においても、ARP法によってAP部位が検出されるのは、E1の反応からE3が働くまでの間である。
産物AおよびBが生じる場合、DNA中には3'-OHと5'-phosphate 末端が残り、1ヌクレオチドの挿入により修復は完了する。産物Cが形成されるような場合では、DNA中には3'-phosphate と5'-phosphate末端が残るので、phosphatase により3'-OH / 5'-phosphate の形に変換されてから、正しいヌクレオチドが1個挿入される。なお、上述した以外の経路の詳細な検討やAPエンドヌクレアーゼおよびβ-elimination catalysts の反応機構の解説は、Doeutch と Cunningham(1990)が既に行っているので、参照されたい21)。
塩基除去修復の経路を考えるとき、細胞にとってAP部位は、扱い慣れた損傷であり、損傷塩基を、このより毒性の低い損傷に変換するようにみえる。確かに細胞は、DNA中のA・U対にくらべて、G・U対のウラシルを選択的に除去したり22)、MMS損傷の中でも毒性の強い3-mAを優先的に除くなど18)、損傷の重篤度に対する選択性を有するように思われる。最近、Elder らはMPGノックアウトマウス由来のTリンパ球をMMS処理した場合、A・T から T・A および G・C から T・A のトランスバージョンが増加すると報告している23)。後者は3-メチルグアニンに由来すると考えられるが、3-mAが前者の原因であることはあり得ないことではあるが考えにくい。3-mAは強いDNA合成阻害能を有する細胞致死性損傷であることが知られているからである。したがって、DNA合成が開始された後に、化学的に3-mAが脱離して生じたAP部位が原因である可能性はきわめて高いと思われる。塩基除去修復は、動的な過程であり、AP部位の生成と消失が繰り返される。したがって、塩基除去修復の解明には、損傷塩基の除去のみならず、その結果生じるAP部位の除去の過程が明らかにならなければならない。
大腸菌では、3'-dRpおよび5'-dRpのいずれも除去するdRpase 活性が知られてきたが24)、後に RecJ 産物が5'-dRpase を有することが明らかにされた25)。一方、哺乳動物においても、PriceとLindahl(1991)によりその活性が見いだされた26)。近年、pol βの dRpase 活性が発見されてから、この酸素がBER経路における dRp 除去と修復合成を担っていると考えられるようになった27)。事実、pol β欠損株は、アルキル化剤に高感受性を示す28)。しかしながら、pol β非依存性PCNA依存性の修復経路や polδやεによるバックアップ系の存在などが次々に報告され、AP部位という単純な損傷は、数多くの経路で修復されることが示唆される。このような多重修復機構の存在は、AP部位の生物学的意義の大きさを示すと言えよう。
最後に、将来のARP法の新たな応用や改良法の開発について展望してみたい。1992年にARP法に関する初の報告を、また、1993年にその合成法を発表して以来、多くの研究者より分与の希望が寄せられた。近年、同仁化学研究所がARPの合成販売を開始し、世界中の多くの研究者が入手可能になった。ARP法は、原理的にはサンプルDNA量を増加させることにより、生理的条件下で形成される105-106 NTDに1個程度のAP部位の検出も可能である。Nakamura らは、アッセイプレートに比べての固相化DNA量の遙かに多いメンブレン法を用いて、このレベルの検出感度を報告している29)。Mikrigiorgos らは FITC-ARP(FARP)を用いた高感度定量法を報告している30)。
ARP法を行う場合、化学的に不安定な損傷を対象とすることが多いため、通常の proteinase K 法によるDNA抽出はあまり適しているとは考えられない。われわれもグアニジンチオシアネートを用いた迅速抽出法を早くから採用している。最近、各種DNA抽出キットも利用できるようになり、専門家でなくてもARP法に使用可能なサンプルDNAを容易に調製できるようになった。しかしながら、細胞学的手法を主とするラボでは、その設備や手法の点で、直ちにこの方法を利用することが困難な場合は多い。そこで、筆者らは個々の細胞中のAP部位の定量にARPを応用する方法を検討している。図7はMMS処理した細胞をARPで修飾後に avidin-FITC で蛍光染色したものである。対照は撮影時の露出時間を倍にしている。最近、同仁化学研究所により開発された蛍光ARP(FARP-1)を用いた場合は、さらに迅速で高感度の検出が可能であった。目下、このようなARP蛍光ARPの利用によりフローサイトメトリーや蛍光分光法によるAP部位の定量法の開発を行っている。これらの種々の方法の開発により、DNA損傷の超高感度アッセイはもちろん、多方面にわたる一層の応用拡大が期待される。
参考文献
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氏 名 | 久保 喜平(Kihei KUBO) |
役職名・学位 | 大阪府立大学農学部獣医学科放射線学講座 |
経 歴 | 北海道大学獣医学部卒業(獣医学博士) |
専 門 | 放射線生物学 |
連絡先 | 〒599-8531 堺市学園町1-1 |