試料の前処理10

(株)同仁化学研究所  大倉 洋甫

 この連載では、生体試料中などの微量有機化合物分析を主にHPLCで行うときの試料の前処理の方法を概観している。1〜6項で基礎的考察、7項で液・液抽出、8項で固相抽出を含む固・液抽出、9項で透析、10項で限外濾過についてお話しした。

11.除たんぱく

 試料中にたんぱく質が共存すると、低分子物質の測定妨害となることが多い。この妨害を排除するための伝統的方法の1つが除たんぱく法である。これには除たんぱく剤を使う方法、水と混和可能な有機溶媒による変性法、加熱または冷却による熱変性法などがある。
 除たんぱく剤は陽イオン性除たんぱく剤と陰イオン性除たんぱく剤に分類できる。
 陽イオン性除たんぱく剤はアルカリ性域で使用する。試料に水酸化ナトリウム液と硫酸亜鉛液を加えて100℃に加熱する。水酸化バリウム液と硫酸亜鉛液を使うと加熱は不要となる。ただし水酸化バリウム液の調整と保存がめんどうである。これはSomogyi(ソモジー)法と言われ、血液中の尿酸、グルタチオン、グルクロン酸などの還元性物質をたんぱく質と共沈させるので、血中の還元糖をその還元力で測定するときに繁用された。水酸化ナトリウムまたは水酸化バリウムに硫酸銅を組み合わせて使う方法も同様に用いられて来た。沈殿たんぱく質は遠心あるいは濾過して除去する。
 陰イオン性除たんぱく剤として酸が使用される。また酸性で行われる。実験室でよく使われる過塩素酸は最終濃度が約0.4Mとなるように、通常1〜4M溶液として試料に加える。遠心して得た上清中の過剰の酸は濃厚な(5M程度がよく使われる)炭酸カリウム液を加えて難溶性の過塩素酸カリウムとし、遠心除去する。トリクロロ酢酸は通常10%溶液として試料に加え、最終濃度を2〜5%とする。上清中の酸が分析を妨害するときはジエチルエーテルで抽出して除く。メタリン酸はアスコルビン酸などの測定などの際の除たんぱくに用いる。スルホサリチル酸は尿中たんぱく質の検出に使用された。
 陰イオン性除たんぱく剤として硫酸あるいは硫酸ナトリウムアルミニウム(ミョウバン、水溶液は強酸性)とタングステン酸ナトリウムの組合せも使用されてきた。ミョウバンとの組合せを使う方法は、ミョウバン溶液の調製と取り扱いが容易で、便利である。
 牛乳に4〜5倍量のアセトンを加えるとたんぱく質のカゼインが変性して沈殿する(因みにその上清を放置するとアセトンラクトースの美しい結晶が析出する)。このように水と混和する有機溶媒のアセトン、アセトニトリル、エタノール、メタノールなどは試料と混和したときの最終濃度が50〜80%でたんぱく質を沈殿させる。50%エタノールの噴霧で器具の消毒ができることから分かるように、溶媒の最終濃度が低くてもたんぱく質の変性は一般的に起きる。しかし触媒にもよるが、消毒用エタノール濃度(70%)より少し高い溶媒最終濃度(約80%)とするのが無難である。
 アセトニトリルで血清を除たんぱくし、還元糖類を測定した例をあげよう。還元糖は水酸化カリウムアルカリ性で4-メトキシベンズアミジン(図11-1)と加熱すると速やかに(100℃では2〜3分で反応終結)蛍光物質を与える。シリカゲルカラムを用いアセトニトリルとテトラエチレンペンタミン−タウリン水溶液の混液を移動相とする還元糖のHPLCがある。このHPLCにおける検出系に上記の反応を適用したポストカラム蛍光誘導化LCシステムを作った。このシステムに、ヒト血清50μlをアセトニトリル200μlと混合し、1,000×gで10分間遠心して得た上清100μlを注入した。正常ヒト血清で得られるクロマトグラムの例を図11-2に示す。詳細は文献(甲斐雅亮他、分析化学38、568(1989))をご参照戴きたい。
 水に難溶のクロロホルムにメタノールを加えた混液はたんぱく質の沈殿と脂質の抽出に用いられて来た。
 たんぱく質は等電点のpHで疎水性が最大となり、沈殿し易い。通常試料には多種のたんぱく質が含まれている。これらの等電点を考慮せず、また試薬も使用しないで、これらのたんぱく質を変性沈殿させるには加熱または冷却を行う。加熱は100℃で数分間行うのが普通である。このとき熱による目的物質の変化に注意が必要である。冷却は試料液が凍結しない適当な温度とし、放置して行う。加熱、冷却いずれの場合も沈殿たんぱく質は遠心分離して除く。
 なお、除たんぱくは固相抽出(ドージンニュースNo.84 8項c参照)、限外濾過(ドージンニュースNo.86 10項参照)、あるいはゲル濾過クロマトグラフィー(水系のサイズ排除クロマトグラフィー)によっても微量試料で行うことができる。
 また、除たんぱく操作を表面ウシ血清アルブミンコーティング型ODSカラム(自製可能)、内面逆相型ODSカラム(ピンカートンカラム)、ゲル濾過用充てん剤の小カラムなどのプレカラム(前処理カラム)を使用して行うHPLCが実用されている。これは生体試料中の生理活性成分や薬物などを自動カラムスイッチング法で省力的かつ迅速にルーチン分析するのに適している。自動化した固相抽出装置とHPLCを結合し、生体試料の微量ルーチン分析に活用することも行われている。
(天津にて)